東公先生 落とし物を語る
東公先生、街にて筆を買い求るに、途上にて落とす。
家に帰りて気づきていわく。
東公新しき筆を何処にか落とし来たり。
それを聞きてある人いわく。
東公先生、店まで戻るべし。途上にそれあらば拾うべし。なくば戻りし店にて別の筆を求むべしと。
東公先生得心して店に向かう。
途上にて筆を見出したり。
東公先生いわく。
これ東公の落としたる筆に似たり。
されど確信できず。
もし異なるに東公持ち去れば東公筆盗人とならん。
されど筆ここに落ちたるまま筆の異同を確かむるには文房店の主人をこれに連れてこざるを得ず。その間、筆盗人現れて持ち去るかもしれず。いかんせんと。
東公先生ふと見渡し人の通るに気付く。しこうしていわく。
筆の見張りを頼むべしと。
東公先生落とし物をしたるを恥じて情を言わず筆の見張りのみを頼みて店より店主連れて戻る。
筆の周り多くの人々集いて興を持て筆を見る。
口々にいわく。
東公先生この筆を見よと言いて立ち去る。必ずこの筆に面白きこと起こるべし。皆見よと。
東公先生いわく。
東公の落としたるは筆ならず。名なりしかと。
東公先生人々に向かい情を話す。
皆人おおいに笑いて散ず。
路上の筆は東公先生のものなり。