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東公先生 面を語る
ある時街に旅の一座来たりて劇を演ず。
街人大いに興じて皆話す。
ある人演者の巧みを褒め、またある人演者のつけし面の凄みを褒める。
やがて人々役者の巧みとする者と面の凄みとする者に分かれて争論始む。
ある商人、東公先生の元に品を届くる時街人の大いに論ずることを話す。これを聞きて東公先生いわく。
演者を褒める者は演者の巧みがゆえに面の凄み出でるとする者か。
また面を褒める者は面の凄みゆえに演者が巧みとなるとする者かと。
商人これを聞きて街人に伝う。
街人答えんとて再び三度観劇す。
後皆いう。
演者の巧み面の凄み相俟ち相補いて劇を優とすと。
一座やがて次の街に移らんとせし時に一座の長、東公先生の元を訪れ良酒を献じて謝す。
我聞く、東公先生の言を。これにより街人繰り返して我らが劇を観ぜしと。我らが多くの観衆を得て長くこの街に留まれたるは、東公先生の一言のおかげなりと。
東公先生良酒を楽しみていわく。
物事に多面あり。一面のみを観て他を味わわぬは下なり。我もこれによりて良酒を味わえるなりと。