東公先生 牛を語る
東公先生桃を求めんとて街を出ず。
ある富農のありて門前を東公先生過ぐるを見つけ茶を献ぜんと屋敷に招き入れる。
東公先生と富農暫し茶を楽しむ。
話半ばにして富農、東公先生に問う。
東公先生、昨今面白きことありしかと。
東公先生じっと富農の貌を見入りたる後いわく。
東公先日山に赴きしおり、牛に出会うと。
富農問いていわく。
その牛東公先生に何か話せしかと。
東公先生答えていわく。
然り。
その牛東公に話しかけていわく。
我主人に仕え田畑懸命に耕し重荷必死に牽くこと数十年。年老い力足らざるに至る。なれど力の限り働きたり。
されど我が主人それをよしとせず我怠けるとて幾たたびも打擲す。
我悲しと主人の元を逃げ出しぬ。
東公我を捕らえて主人に引き渡すかと。
富農、東公先生に問う。
東公先生牛を捕らえたるかと。
東公先生答えていわく。
否。東公これを捕らえず。汝の主人、汝の悲しみを解して汝に礼を尽くして迎えに来たらば汝帰るが良しとのみ言いしと。
富農いわく。数月前、我、我が下人の働き悪しとしてこれを打ちたり。下人我が元を去る。
東公先生の出会いし者は真に牛なるかと。
東公先生唯微笑して答えず。