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第三話 見逃すと後々面倒くさくなるフラグは折っちまえ


 千を越える魔物の軍勢。

 古くから数は力と言われる通り、俺一人ではこの数と戦う何てことは限りなく不可能だ。ましてや、体こそイザーグではあるが、中身の俺自身はただのド素人であり、その証拠に膝がガクガクと震えそうになっている。


「ふッ……凍血の刃サングィス・グラキエスとも呼ばれるお前でも、この軍勢の前では肝を冷やすか」

「……これは武者震いだ。俺の刃が、貴様らの血を啜りたいと震えておるのよ」


 俺は背中に担いでいた二本の大剣を抜く。

 大剣は一般的な成人男性であっても三人がかりでようやく持ち上げられるものであり、それが二本。イザーグという男がどれだけチート級の力を持っているのかがわかる。こんなんによく立ち向かったな、フレイアは。


「ここより先に進みたくば、俺の屍を越えて行けッ!! ただし、通行料は貴様らの命で払ってもらうぞッ!!」


 咆哮にも似た俺の叫びに、魔物達は呼応して突撃してくる。

 ゲーム最序盤の敵なので一体一体は弱いものの、それでも牙や爪が鋭く、ギラギラと光る目は見る者の心を折りに来る。

 だが、その程度で引く俺でもない。

 もしもこの世界が、イザーグが元のゲームそのままであれば……この勝負、既に結果は見えている。


「うおぉおぉおおぉおおッッ!!!」


 俺は構えや技なんか関係ないと、無茶苦茶に大剣を振り回す。相手の数が多い事もあり、剣は迫り来る魔物を一体、二体と切り捨てていく。そもそもイザーグがプレイアブルキャラになったこともないので、構えも技の出し方もよくわからないし、これはやむ無し。

 そんな隙だらけの俺に、背後から攻撃を仕掛けてきた魔物の牙が襲いかかる。


「モラッタァ!!」

「ふんッ! 効かんわッ!!」

「!?」


 魔物の牙は、正確に俺の首筋に突き刺さ……らなかった。


「ナニッ!? ナゼ、キカナイッ!! ギャァァア!!」


 驚愕に目を見開いた魔物が、胴を別たれて地面に落ちる。


「ふッ……解らぬだろうな。我々サガ民が散々苦しめられた、この【スーパーアーマー】の性能をッ!!」


 【オリンポス・サーガ】はもう二十五年以上も昔のゲームであるが、その人気もあって多くのファンがいまだプレイをしている。

 このゲームの魅力にとり憑かれ、ひたすらプレイする人たちをサガ民と呼ぶのだが、中でもゲームをいかに効率よく、それでいて完璧にプレイしようとする、解析サガ民という者達がいた。

 普通のプレイでは手に入らないアイテムをどうにか入手できないだろうか。死亡フラグを回避する隠しシナリオはないだろうか。解析サガ民は、日夜ゲームソフト内にあるブラックボックスを解析し続けているのだ。

 なお、現代に至っても100%の解析は出来ておらず、恐ろしい事に発売から二十年経った五年前に新たな隠しフラグが見つかるという事件もあった。


 さて、そんなオリンポス・サーガであるが、俺が目標にしたように、当然ながらイザーグとアンネの死亡フラグをどうにか解決出来ないかと解析した人は多数いた。

 詳しいことは省くが、結局は一部を除いて不可だとわかっている。それは、イザーグが最後の戦闘を除いて、【スーパーアーマー】と呼ばれる特殊な能力を有しているからだ。


 スーパーアーマーはイザーグのステータスには記載されていないものの、解析では確かに存在していた。

 効果は、『攻撃力30以下の敵の攻撃を完全無効、30以上は大幅軽減。行動阻害デバフ無効。術耐性極大』というものだ。つまり、ある程度の攻撃力では傷ひとつ付かず、麻痺や眠りも効かない。しかも、オリンポス・サーガにおいて攻略の道筋である魔術に対しても、90%カットという恐ろしい効果を持つのだ。


 どうしてこれが付いているかと言えば、所謂【負けイベント】の為だ。


 実はオリンポス・サーガの序盤では、フレイアをある程度自由に動かす事ができる。とは言っても行動範囲は村付近の森の中だけだし、雑魚敵もホワイトラビットという経験値3しかくれないウサギだけ。

 だが、当時のデバッカー(開発段階で不具合が無いかを確かめる人)はテストプレイ段階でひたすらにやり込んだ。まさかの、序盤でレベルをカンスト(これ以上レベルが上がらないこと)にしてしまったのだ。その所要時間、おおよそ258時間。狂気である。

 開発当初は、イザーグの能力はそれなりに高めで、まぁ普通にプレイしていたり、ある程度のやり込みでは勝てないレベルの設定であったそうだ。それこそ、レベルカンスト程度では倒せないくらいに。


 しかし、デバッカーは諦めなかった。アンネを救うために、あらゆる戦術と極僅かにホワイトラビットからドロップする回復アイテムを手に、何度も挑んだ。そして、遂に最序盤でイザーグを倒してしまったのだ。


 まぁ、そんなこんなで勝利はしたのだが、結局デバッカーの努力もむなしく修正されてしまった。ここでイザーグを倒してしまうとフラグが立たなくなり、物語が進行しないというバグが出てしまったのだ。なので、イザーグは絶対に勝てない仕様になってしまった。


 だが、ここにきてそれが活きた。

 今の俺は【スーパーアーマー】搭載の超人である。最序盤の敵の中で最も攻撃力の高い【ウェアラット】でも攻撃力9。その牙も爪も俺には届かない。

 もしかすれば、ゲームと今の俺では違いがあったかもしれない。それでも、もしもこのスーパーアーマーがなければどうせ詰むのは同じだし、俺は賭けに出て……そして、勝ったのだッ!!


「見ていてくれ、デバッカーさん……あんたの努力の結晶が、この世界のアンネを救うことになっているッ!!」


 俺が二本の大剣を振り回すと、そこかしこで紅い華が咲き乱れる。

 噎せかえる程の熱と臭いに少し気分が悪くなりそうではあるが、俺はそれでも構わず振り回し続ける。

 前人未到。幾多のサガ民が想いを馳せた、アンネ救出にむけて。


「な、なんなんだいッ! これはいったいッ!!」


 ゼピュロスの悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくる。それもそうだろう。実際、スーパーアーマーのないイザーグであれば、いくら強く設定されているとはいえ、千の軍勢と戦えば体力が尽きているはず。なのに、いくら攻撃を食らってもピンピンとしているのだ。


「クソッ! これ以上、魔王様から預かっている戦力を失う訳にはいかない……どきなッ! アタイが相手だッッ!!」


 魔物の軍勢がピタリと止まり、サーッと道を開けていく。その先に立つ一人の魔族。美しき青髪の女性でありながら、男勝りな言動から、二次創作では妙に萌えキャラ化をされがちなゼピュロスである。大人向けの薄い本でも大人気だ。


「どんな手品かは知らないけどねぇ、アタイの技を受けきれると思ったら大間違いだよッ!!」


 ゼピュロスが二本の短剣をとりだし、魔力を込めて俺に放つ。

 だが、俺はそれを避けることなく、自らの体で当たりにいった。


「なッ!? なんで、効かないんだいッ!!」

「……さぁ? 力不足というやつだろう」


 実際、力不足である。

 このゼピュロスは、序盤イベントのボスキャラだ。

 アンネを殺されたフレイアが覚醒し、その時に戦闘となるキャラであり、序盤ということでステータスも高くない。むしろ、本来の力からすればかなり下がっている。

 必殺技込みでの攻撃力は29。ここでの数値としてはかなり高く設定はされているのだが、覚醒フレイアの勝ちイベントなので、ようやくダメージが入るかという程度だ。

 そして、30以下のダメージを無効にする俺にとっては、赤子の一撃にも等しい。


「本来であれば、ここでフレイアに負けたゼピュロスはバブイルの塔再戦をする……というのがシナリオだったか。だが、俺の計画にそのシナリオは……ないッ!!」

「や、やめ、ぎゃあああぁっぁああああッッ!!」


 短剣についた鉄線をまとめて引っ張り、ゼピュロスの体を引き寄せるとそのまま大剣でクロスに引き裂いた。

 負けイベント用のステータスと勝ちイベント用のステータスでは、勝負にもなりはしない。四つの肉片となったゼピュロスは、魔族特有の黒い霧になる演出をともない、そのまま虚空へと消え去った。

 俺は剣を肩に担ぎ、周囲の魔物をじろりと睨む。


「勝負は着いたッ! これ以上やると言うのであれば、何人でも戦おうッ! だが、引くのであれば命は助けるッ!!」

「ホ、ホントウカ……?」


 魔物の血で真っ赤に濡れている俺は、魔物からすれば恐怖の存在だろう。じりじりと後ずさりをしながら、俺から逃れようとしていた。


「俺は嘘はつかん。だが、その代わりにと言ってはなんだが……」


 俺はフードを剥ぎ取り、自らの顔にゼピュロスの短剣を突き立てる。


「イザーグという魔王の配下だった男は、ここで死んだッ!! 俺の名はイザヨイッ!! 天使を守る、剣なりッッ!! 城に戻り、魔王に伝えよッ!!」


 そして、斜め十字の大きな傷をつけ、イザーグという名を棄てたのだった。

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