結婚した相手側の親が毒親だったんですが旦那様が守ってくれません
旦那様であるルイス様は幼い頃からの婚約者で私も彼のことを愛していたし、彼も私のことを「愛している」とよく言ってくれていた。
しかし、彼との関係は結婚を経て大きく変わってしまった。
「ちょっと、マリカ! 来なさい!!」
「はい、お義母様」
私の嫁ぎ先でもある伯爵邸に義母であるナターシャのがなり声が響く。
私はその声に辟易としつつも今年で2歳となる息子のロイに「少し待っててね」と告げると義母のもとへと向かう。
「さっき、ルイスの執務室に行ったら、机の上に書類しかなかったのよ!!」
「それが何か?」
執務室なんだから書類しか机の上にないのは当たり前の事だろうと聞き返す。
義母は私の返答が気に食わなかったのか大きなため息を吐く。
「ほんと、言わなきゃ分からないなんて、とんだ愚図ね」
「あの、本当に分からないので早く言って貰えませんか?」
こっちは育ち盛りで一人で歩けるようになって屋敷で暴れ回るロイから目を離す事になっているので何か危ない事をする前に戻りたいのだ。
「お茶ぐらい出せって言ってるのよ!! 仕事を頑張ってる旦那を放置するなんてどうなってるのよ!!」
それは侍女の仕事です。と言いたいところではあるのだが、この家には侍女が居ないのだ。
領地経営はそこそこ良いのだが、義母の浪費が凄まじく、侍女を雇える余裕がない。
そのせいで、私が育児をしながら侍女の仕事までこなす事になり、正直言ってルイスのお茶を用意している暇なんて無い。
昨日なんて、ロイの夜泣きが酷くて深夜まであやしていて三時間程度しか睡眠時間が取れなかった。
それなのに起きてすぐに朝食を用意して、呉服商を呼んで夜会に着ていくドレス注文する義母を尻目に屋敷の掃除したりロイの面倒をみたりとそれは大変だったのだ。
そんな状況なのにルイスのお茶を用意しろと喚き立てる義母には本当に腹が立つ。
ただ反論をすると拳が飛んでくるので私は素直に謝る。
「申し訳ありませんお義母様」
「謝ってる暇があるなら早くお茶を淹れて来なさい!!」
一番この屋敷で暇を持て余してるのは貴女でしょ? と言いたくなるを抑えていると執務室からルイスが出てきた。
「何の騒ぎですか?」
「ちょっと聞いてよ! ルイス、この娘ったら貴方に養われている分際でお茶も出さないから注意していたのよ!」
「そうですか、仕事中なのでもう少し声のボリュームを落として貰えますか?」
ルイスはそれだけ言うと執務室の中へと戻って言ってしまう。
前々からルイスには義母のいびりが酷いと相談しているのだが、「義母には一言言っておくけど俺も忙しいんだ」としか言ってくれなかった。
その一言も今みたいな感じで義母を諌めているようには全く見えない。
結婚してから薄々気が付いていたのだがルイスは義母には逆らえないようなのだ。
「早くお茶を淹れてきなさい」
案の定、ルイスの随分と遠回しな言い方は義母には全く伝わっていない。
私は、言い争って時間を浪費するくらいなら早くお茶を淹れてロイのもとへと戻るべきと判断して溜息を吐き出し、台所へと向かう。
お茶を淹れる前にロイの面倒を見ていたので一度手を洗おうと洗面所へ行きそこにある鏡を見れば結婚前に比べて白髪の増えた自分が映っている。
「はぁ、今度白髪染めをしないといけないわね……」
22歳にして白髪があるなんて最悪だ……
そんな事を考えながらティーカップを取り出した後、お湯を沸かし、紅茶を淹れて執務室へと運んでいく。
ーーコンコンッ
「失礼します、お茶を用意しました」
「ありがとう、マリカ」
ルイスは相変わらず机に向かっていて、こちらに視線を寄越すことは無い。
「ねぇ、ルイス」
「なんだい?」
「お義母様の事なんだけど……」
「悪いけど、忙しいから後からにしてくれるか?」
こちらを一度も見る事もお茶に口をつける事も無く一言そう告げて、書類と睨めっこをするルイスに私は何と言っていいか分からなくなる。
「あの……」
「今は君の愚痴には付き合えないんだ」
義母のあの振る舞いを見て、私が愚痴を言ってるなんて言うルイスに私は失望しつつも私は執務室から出てロイのもとへと向かう。
「ロイ、ごめんね、待たせたわね……」
いい子にしてたかしら? と思いながら扉を開けた私は言葉を失った。
床にはページが破られた本やおもちゃが散乱し、その惨状を引き起こした犯人は黙々と壁に向かって落書きをしている。
「ロイ!! 何をしているの!!」
慌ててロイに駆け寄り両脇の下に手を差し入れて蛮行を阻止しながら叱りつけるとロイの瞳に液体の膜ができ始める。
「う、うわぁぁぁあああん!!」
「ダメじゃ無いの! こんな事をしちゃ!!」
目を離してしまった自分も悪かったがこれはキツめに叱っておかないといけない。
「ちょっと!! 子供に何をしているのよ!!」
どうやら泣き声が屋敷中に響いていたようで義母が飛んできてしまった。
義母はロイを叱る私にそう言った後、部屋の惨状に目を見開く。
「子供から目を離さないっていう、当たり前の事もできないのに貴女に子供を叱る資格は無いわよ」
貴女がお茶を淹れろ、って言うからこうなったんでしょ?
そう言いたくなるのをグッと堪えて私はまた頭を下げる。
「すみません」
「謝るなら私じゃなくて子供でしょ?」
この部屋の惨状を引き起こした張本人に頭を下げろという義母にそれはロイの為にならないだろうと言おうとした時だった。
「ほら、ぼーっとしてないで早く頭下げなさいっ」
義母が私の頭を鷲掴みにして無理やり頭を下げさせたのだ。
「ほらっ、ごめんなさいは!?」
「ごめんっ……なさいっ……」
「子供の躾よりもアンタの躾の方が大変ね」
義母はそう一言告げると、惨状が広がる部屋の片付けを当然手伝ってくれるわけもなく退室した。
取り残された私は、涙を堪えながら、散らかった部屋を片すしか無かった。
◆◆◆◆◆◆
そんな日々が続いたある日、私達は、王族の方々が参加される夜会に出席する為に王城に来ていた。
久しぶりに会った友人達は結婚前に比べて変わり果ててしまった私に次々と心配の声をかけてくれた。
側に義母も居たので心配してくれる友人達に私は「大丈夫」と告げつつ会場の中へと入る。
会場に入るとルイスはお世話になってる人の挨拶があると言って早々に私の側から居なくなり、義母は公爵夫人のもとへとツカツカと歩いていった。
1人残されてしまった私は自分の実家で子爵であるお父様に挨拶に行こうと歩き始めた時だった。
「マリカ!!」
急にかけられた声に振り向くと、そこにはこの国の貴族でその顔を知らない人は居ないであろう人が息を切らしながら立っていた。
「ルーカス王太子殿下……?」
何故、一度もお話しをした事がない殿下が私の名前を知っているのだろう? と思っていると殿下は足早に近づいて来ると私の両肩を掴む。
「どうしたんだい? その髪、体調でも崩しているのかい? それともまさかルイスに……?」
「え……? あの……?」
殿下は困惑している私に気付き「すまないっ」と言って私の肩を離す。
「もし良かったら、伯爵家で何があったか話して貰えないだろうか?」
何故、殿下が私やルイスの事を知っているのか、という疑問は当然湧いてきた。
でも、私はあの伯爵家での生活に疲れきってしまっていたのだろう。
気がつくと私は殿下に聞かれるままに伯爵家でどのような扱いを受けているかを全て話していた。
私の義母にいびられている事や忙しいと言って力になってくれないルイスの話に殿下は親身になって聞いてくれた。
「ごめんなさい、殿下にこんなお話しをするなんて」
「いやいいんだ、それよりも……」
ルーカス殿下は先ほどまで私に向けていた優しげな目をまるで鷹の様に鋭くすると、辺りを見回す。
「ルイス・アンダーソン!! ナターシャ・アンダーソン!! こっちへ来い!!」
殿下のその声は夜会会場全体に響き渡り、呼び出しを受けたルイスと義母が慌てて殿下の御前に出てくる。
「お、お呼びでしょうか? 殿下」
「マリカが何か粗相でもしましたか?」
私が何かをやらかしたと聞く義母に殿下は静かに首を振ると静かに宣言した。
「ルイス・アンダーソン、お前に、マリカ嬢との離縁を命じる」
「な、何故ですか!! 横暴です!!」
「黙れ! お前はこのマリカ嬢の姿を見て何も思わんのか!?」
殿下は恐ろしい剣幕で私を指し示したが、ルイスはそんな私を見て首を傾げるだけだ。
「えっと、仰せになっている事がよくわかりません」
「それが分からないのならお前にマリカ嬢を娶る資格は無い」
そう言われたルイスは蒼白な顔色となり、慌てて私の事を凝視する。
「えっと、白髪が増えたような……?」
ようやく回答に辿り着いたルイスに殿下は大きな溜息を吐く。
「最近、マリカ嬢はお前に義母の事について相談していたと思うが、お前はそれをどうしていた?」
「申し訳ありません、執務が忙しくて対応ができていませんでした」
「その、忙しいというのはナターシャの浪費を嗜めて人を雇えばお前の仕事も減ってマリカの負担も無くなるで済んだ話だったのではないか?」
「それは……」
言い淀んでしまったルイスを殿下は冷たく見下ろす。
「もう一度言おう、お前にマリカ嬢を娶る資格は無い」
殿下に責められて言葉を失っている愛していた人の姿を見て私は助けてあげなきゃという気持ちすら抱かなかった。
それほどに、何度も相談していたのに忙しいからの一言で済まされていた事が堪えていたようだ。
「仮に離縁したとしてもこんな白髪だらけの女を娶るもの好きはいませんわよ」
今まで黙っていた義母の言葉に私は心が抉られる。
義母の言う通りだ、仮に離縁しても私は誰にも相手にされないだろう……
それにロイの事だってあるのだ。
「マリカ嬢は俺の側妃として迎え、息子のロイは王家の養子として迎える」
殿下の宣言に皆が言葉を失ってしまったようで会場内は静まり返る。
そんな事を気にする素振りも無く殿下はあまりにも急な事に立ち尽くす私の手を取り片膝をつき跪く。
「マリカ嬢、私はずっと昔から貴女を愛している。しかし私にも貴女にも婚約者が居たので叶わぬ恋だと思っていた。だが、好きな女性がこのような扱いを受けていて黙っているわけにはいかない。どうか私の側妃となって貰えないだろうか?」
「えっと、こんな白髪だらけで子供も居る私で良いのですか?」
「あぁ、今の正妃とは政略結婚で彼女にも好きな人が居るみたいだし君に寂しい想いはさせない」
待ってくれというルイスの声が聞こえた気がしたが私は殿下の言葉に首を縦に動かした。
その瞬間、殿下に唇を塞がれる。
「待って、子供まで奪うなんて横暴だわ!!」
「そうです、勝手に人の妻と離縁しろだなんて」
キスを邪魔された殿下は忌々しそうに2人の方へと視線を向けると、懐から書類を取り出して、手早くサインを書くとナターシャの方へと転がす。
「金貨2000枚でいいか?」
「そ、そんなに貰えるなら文句はありませんわ」
「お母様!?」
「黙りなさい、ルイス、これで一生楽ができるわよ!」
お金と引き換えにあっさり引き下がるナターシャにルイスが困惑し、尚食い下がろうとしたが、殿下が「これで話は終わりだな」と言って早々に切り上げた。
その後、私は伯爵家に戻る事は無く王城に留まり、実家のお父様とお母様に事情説明すると顔を真っ赤に怒り狂い、私が殿下の側妃となる事に同意してくれた。
その次の日にはルイスのサイン入りの離縁状がナターシャによって届けられ速やかに離婚は受理された。
結局最後までルイスはナターシャに逆らう事が出来なかったようだ。
金貨2000枚を得たナターシャは浪費をさらに加速させ、ルイスが過労で倒れ、借金まみれとなった伯爵家は静かに貴族名簿から名前を消した。
私は殿下に愛されて、ロイの育児も侍女の人たちの手を借りる事ができるようになって白髪も次第に無くなり、今ではロイの他にも2人の子供を授かり、とっても幸せです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。