第12話:刃の恐怖
「くっ!」
カエデの剣閃は変幻自在だった。全ての一撃が速く、そして重い。フィリはそれに付いていくだけで精一杯だった。
必死に避けて、どちらかの短剣で受けて、それで何とか立っていられる状態だ。明らかに手加減されているのは分かっているが、どうしようもなかった。それがフィリは少しだけ悔しかった。
「フィリ――避けて受けているだけじゃ何も始まらないぞ」
カエデがつまらなさそうにそう呟くと同時に、大上段からの振り下ろしをフィリへと放った。
「っ!!」
思わず退いてしまったフィリの目の前の床が、刃が触れてすらいないのにその剣圧だけでめくりあがった。
「今のは避けて正解だがな。短剣で受けてたら死んでたかも」
「こ、殺さないって言ってたのに!」
「まあ、そういうこともある。それもまた冒険者だ。おら、休んでる暇はないぞ」
カエデが容赦なくフィリへと追撃を加えていく。
「……あいつ、何者だ?」
その攻防を見ていたダラスが思わずそう呟いてしまった。
「あのガキ、カエデさんの剣を見切りかけているのか? いやまさかな」
ダラスが自分の言葉に首を振って否定する。剣聖とも名高い自分の師匠――絶対に本人には言わないが密かにそう思っている――の剣をあそこまで捌けるのに自分は、一年以上の時間を費やした。普通なら数合斬り合ったのちに、一撃入れられて終わりだ。だが、少なくともあのガキは師匠と打ち合ってからもう、十分以上は耐えている。それがダラスには信じられなかった。
それはFランクの新人冒険者が出来る動きでは決してない。ダラスは見ていた気付いたが、フィリは新人が陥りがちであるいわゆる〝刃の恐怖〟というものを既に克服しているように見えた。
人は元来怖がりな生物だ。さらにそれが例え訓練だと分かっていても、自分を殺傷しえる武器を向けられ、更に人を殺せる速度で振られでもしたら、本来なら恐怖で動けないのだ。
その上相手は、殺さないと言いながらも新人に殺意の籠もった攻撃をときおり出してしまう大人げないカエデだ。並の剣士でも、身体が竦んで動けなくなってしまう。
だがなぜか、フィリはそれを感じていないように見えた。まるで――剣を打たれることに慣れているかのような――そんな風にダラスは感じずにはいられなかった。
その一端に、実はダラスが関わっているのだが……本人は昨日の折檻については忘却しており、気付いていない。
「だが……もう終わりだな」
ダラスの言葉通り、フィリは必死にカエデの攻撃に食らい付いていくが、次第に疲労が溜まっていき――足の動きが止まってしまう。
「もらった……疾っ! って、あ、やべ」
カエデはその隙を見逃さなかった。光さえも置き去りにしそうなほどの斬撃がフィリを襲う。
「くっ!!」
フィリはそれを喰らえば間違いなく死ぬ、と一瞬で悟った。それほどにその一撃は速く、何より殺意が籠もっていた。
だから――彼がその動きを出来たのはおそらく偶然だった。たまたま左手に持つ黒い短剣の背が、迫る剣の軌道上にあり、右手の紫水晶の短剣をその後ろへと重ねていた。
フィリは神速の刃をまず黒い短剣の櫛状の背で受けると、そのあまりの重さに弾かれそうになるのをもう片方の短剣を重ねることで衝撃を分散し、結果――
パキンッ、という澄んだ音と共に彼の小さな体躯はあっけなく吹っ飛んだ。
「あはは……めちゃくちゃ強いや」
そのデタラメな力に、フィリは床に倒れたまま天井を見上げ、思わず笑ってしまった。手がビリビリとまだ痺れており、先ほどの刃が折れたような音を思い出しつつ恐る恐る手に持つ短剣を見るが……。
「良かった……折れてなかった」
その二本の短剣は無傷だった。
代わりに――
「ああああああ!? 私の【桜下虎伏】がああああ!?」
カエデの悲鳴が響き――
「ぎゃあああああ!! 危ねえ!! 頭掠ったぞ今の!!」
ダラスの頭のすぐ横の壁に――半ばから折れたカエデの剣の先端部分が突き刺さっていた。
カエデさん、まじで大人げない。
フィリ君は無自覚ながら、急成長しています。その辺りの解説については次話でカエデさん辺りがしてくれるでしょう




