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そのきゅうっ!

時雨の一言あらすじ:ゴブリンキングを顔ぐちゃにして倒した。んでお風呂で痴漢行為をされた。

 

「むすぅぅっ!」


 ゴブリンキングとの死闘を終えた翌日、私の髪を唯一誉めてくれたリリィちゃんとの名残惜しい別れを終え、ディストの街を出て東に進む私とハヤテ。


 だけど感情を口に出す程に不満爆発中だったりする。


「やけに機嫌が悪いな、どうした? 風呂に入り過ぎて実は少し錆びてしまったとかか?」

「いい加減、私を人扱いしろよっ!? 人が錆びる訳ないじゃん! 仮に時雨本体の方を水に漬けっぱなしにしても錆びないよ! 私は特別仕様だからね!」


 時雨本体は自己修復、自己再生付き。へし折られでもしない限り、仮に刃こぼれしたって時間が経てば直るのよ!


「私が怒ってるのは昨日の事よ! 女の子のお風呂に入って来るなんて最っ低だからね!?」

「お前は聖霊なんだろ? それに刀の筈だが?」


 ぐうううっ! ああ言えばこう言う! あのね、そんなんじゃモテないよ! 器の小さい奴め!


「それに裸と言うが、昨日は浴室から出て走り去っていく時に、尻ぐらいしか見ていない」

「生尻見られてたっ!? さも自然に言ってるけど十分アウトだよっ!?」


 うう、これで私の体、ほぼ見られたぁ……。出会って僅かな日数しか経っていないのに、もう最終防衛ラインしか残ってないよぉ……。


「さて、水の都までの道のりは約二週間程だ。その間は野宿だからな」

「え……の、野宿?」

「ちなみに食料や飲み水は現地調達だ」


 お、お風呂は……わ、分かってるよ? 颯だって野宿はしょっちゅうしてたし、その光景も私は見て来た。でもいざ自分がやるとなると……。


「モンスターもだが、強盗なんかにも気を付けないとな。まあ、刀は重いから持って行かれないとは思うが」

「……もう怒る気力もないよ……」


 ほんと、颯と旅をしていた頃が懐かしい……。この子孫、性格がねじ曲がった朴念仁だよ……。


「さて、あの木陰で少し休憩するとするか」


 うん? まだそんなに歩いていないような……それに水の都まで二週間って言ってたけど、私が別で聞いた話だと十日もあれば着くって聞いてたんだけど。


 なにはともあれ、休憩出来るのならするに越した事はないよね。じゃあ早速お水を……はぁ、五臓六腑に染み渡る……生き返るわ~。


「俺が刀の手入れ終わるまで休憩だ」


 そう言い放つや否や、初めて私の前で時雨を抜いてくれた。


 漆黒の鞘から抜き出された洗練された銀色の刃は、見る者を敵味方関係無く魅了させてしまうほどに美しく、その神秘的に光る刃文はまるで白銀の世界を彷彿とさせる。


 まさに芸術……まあ、それが私だけどね!


 ハヤテは慣れた手つきで刃に打ち粉を当て、優しく和紙で油分を取り除いてくれた。刀の基本的なメンテナンスだね。古い油や汚れは刀身を痛めるからね。

 でもね、そんな事しなくても私の能力で常に最高の状態を保てるんだけど。


「ん……」


 でも、目の前で私が……な、なにこれ、恥ずかしい話だけど、ちょっと変な気分になっちゃう……私をあんな風に丁寧に……。


 酸化防止の油を薄く塗り込み、再び刃を見つめるハヤテ。その刃にはハヤテの顔がくっきり映る程に輝いていた。


 正直、もう心臓の動悸が止まらない。そんな真剣な表情で私を見てくれるなんて。それに油を塗ってくれた時、身の毛もよだつほどの気持ち良さを感じた。


「はぁはぁ、んくぅ……」


 時雨を一振りした後、納刀し、私を見て来た。火照った私を……今なら、何をされてもいいよ……私、ハヤテに身を委ね――


「ぐほおおっ!?」

「何を発情している、この獣刀」


 先程の私の叫びは発情によるものではなく、痛みによるもの。あろうことか、時雨の鞘先で鳩尾に一撃入れて来やがった……。


 何をされてもいいとは思ったけど、鳩尾に一撃入れてくるとは……こいつ、女の子に向かってなんてことするのよ!?


「あ、あんたねぇ……うぷっ!?」


 胃からこみ上げる酸っぱいものが口の中に広がった……座り込むと、ちょっと出ちゃった……。


「汚いなぁ……」

「誰のせいじゃいっ!?」

「このペースじゃ何時まで経っても次の街に着かない。そろそろ行くぞ」


 ちょ、ちょっと待って!? 今吐いた所だから!? 休憩する前より弱ってるから!


「ま、まだ無理ぃ、お願いあと少しだけ……ってえ!?」


 ハヤテが私の方に歩んできて、屈みこむと、そのまま背を向け私のふとももに手を回し担ぎ上げた……これっておんぶだよね。なに、この飴と鞭は……。


「刀に戻ってくれた方が俺としては断然楽なんだが。二重に重い」


 文句を言いつつも私を背負ったまま、そのまま歩み出した。


 今まで感じた事の無い感触だった。背中が広くて暖かい。その感覚をもっと味わいたくて思わず自分から体を寄せてしまった。


 やば……こんなことしたらまた暴言&打撃が飛んで来る!


 思わず体を強張らせたんだけど……あれ? 何もしてこない? 無言で森の中を進んでくれてる?


「あ、あの……ありがと……」

「気にするな、これも筋トレの一環だ。魔法使いたるもの常に鍛えておく必要がある。それに俺も力加減を間違えた。悪かった、ゆっくり休め」

「……もう、そんな魔法使いは居ないよ。じゃあお言葉に甘えて……」


 いつもの軽口が出たけども、私はその背中の心地良さに甘えさせてもらう事にした。


 これが人の温もりかぁ……幸せ。


「しかし酸っぱいな……やっぱ降りろ。それに一切胸の感触を感じないんだが?」

「台無しだからっ! その一言! ねえ、今とってもいい場面だったよね!?」


 意地でも降りてやらなかった。なんか初めてハヤテに勝った気がした。



≪≪≪



 街道から森に入り、少し進んだ所で日も傾き始めたので野宿をする準備にする事になった。


「ふう、今日は高負荷の筋トレで大分鍛えられたな。レイマン兄さんとの稽古後より筋肉が張ってる気がする」


 自分の腕の張りを確認しながら私に声を投げて来るけど……無視無視、私は重くないもん。てか女の子って大体これぐらいの体重だと思うよ?


 小言をブツブツと言いながらも枯れ木を集めて持って行くと、得意の初級火炎魔法で火を熾してくれた。まあ、普通に正しい使い方だし、正しい熱量だね。


「やはり魔法は強いだけじゃなく、便利でもあるな」

「まあ、便利ではあると思うよ?」


 実際のところ初級火炎魔法とはいえ、かなり特殊な使い方をするので事実強いんだけど。でもいかんせん初級魔法だから単体で見るとねえ……。


「じゃあ俺は今日の晩飯を狩って来る。刀はもっと薪を集めておいてくれ」

「うん、分かった!」


 言われた通り薪集めに精を出し、一晩を過ごす分の薪が溜まった頃には日も落ち、焚火の光が煌々と輝いて見えていた。

 だけどまだハヤテは戻ってこない……あの身体能力で狩りに手こずるとは思えないし、あまりにも遅過ぎるような気がする。


 ……まさか、放って行かれた!?


「ハヤテぇ、どこぉ!? ねえ、ハヤテぇ!?」


 焦って高鳴る胸を押さえ、精一杯の声を周りに響かせるものの、返ってきたのは虫の鳴く声のみ……。


「そんなぁ……酷いよぉ……」


 力が抜けて、その場に座り込んで瞳に涙を溜めた。私、聖霊だよ? 何度も何度も言うけど美少女だよ? それをこんな森で見捨てるなんて残虐極まりないよ……。


 あまりのくやしさ、そして寂しさに涙と鼻水が絶え間なく流れ出して来た。直後、我慢の限界に達し、声が溢れ出た。


「ぶええっっ!!」

「汚い声を出しながら鼻水を垂らすな、この汚刀」


 鼻水と涙が混ざり合い、変な声が出た所でいつもの蔑んだ声が聞こえた。帰って来てくれたよぉ! 見捨てられた訳じゃなかったんだぁ!


 抱きつこうと手を伸ばすが、またまた時雨の鞘先で私を押して距離を詰めさせてもらえない。今度は鳩尾ではなく力加減も押さえてくれているんだけど、場所がまた悪い。


「痛っ!? そこおっぱいだよ!? しかも鞘の先で乳首潰されてるからっ!」

「じゃあお前が引け。引かないなら押して参る」

「何が押して参るだっ! だから押すんじゃねえってば! 潰れちゃうでしょぉ! 貴重な資源がよおおっ!」


 散々喚き散らしたあと、刀の手入れ用の和紙をもらってお鼻はチーンしておいた。にししてもこいつは私のおっぱいに何か恨みでもあるんだろうか……。


「それにしても遅いよ! とっても不安だったんだからね!?」

「少し準備に手間取ってしまってな」


 手元には野兎さんが三匹、耳を束ねて持たれており、二人でいただく分には十分な量を確保してくれている。でもハヤテがそんな獲物を捕まえるのに手間取ったとは思えないんだけど……。


「さて、早速調理しようか。よっ……」


 少しばかり気を入れた声と共に抜き放ったのは名刀『時雨』。日中にお手入れされ、我ながら惚れ惚れする光沢を醸し出して――


「せい」

「うおおおいっ! ちょっと待てやあっ!?」


 あろうことか時雨を使って野兎さんを解体し出した。上手に皮を剥がして意外と料理上手さんだ。でもね、どうしてそんな事に私を使うかな!?


「五月蠅い刀だな、メシを喰いたくないのか?」

「食べたいよ!? 食べたいけどさ! どうしてそこで私を使うの!? 包丁じゃないんだからさ!」


 もちろん刀だから切れ味は抜群だよ? でもね、モンスターを相手に使ってくれなくて調理で使われると腹が立つというか。

 私って伝説の名刀だよ!? 魔王に対抗出来る刀なんだよ!? 聖剣エクスカリバーとかで野菜の皮を剥くのと一緒だからね!?


「何の為に日中手入れしたと思っている。ふむ、やはりかなり重いが中々の切れ味だ。さて二匹目と――」

「料理の為かい!! それに重い、重いって失礼だよ! それだったら軽い自分の刀を使いなよ! ねえ、話聞いてるの!?」


 結局、野兎さんは全て私で調理されてしまった……とっても美味しかったけど。



「さて、それじゃあそろそろ行くか。おい、刀、ついて来い」


 食事を食べ終わった後、立ち上がりながらハヤテは私に声をかけて来た。


 何処に行くのさ……周りは完全に日が落ちて真っ暗だよ? ねえ、今から行くの? まさかの夜間進軍するの? そんなに急ぐ旅だっけ?


「向こうに川がある。そこに囲いを作っておいたから俺の魔法で湯に変えてやる。風呂に入りたいんだろ?」

「え……」


 遅くなった理由って……も、もう! いいところあるじゃないの!


 ハヤテについて行くとせせらぎが聞こえ、茂みを抜けると川に辿り着いた。


 手に持った松明の明かりでははっきりと見えないけど、確かに石で囲まれているような場所があった。どうやらハヤテが積んでくれたみたい。


「じゃあ暖め直すか――破っ!」


 火の玉が詰まれた石に向かって飛び出し、着弾すると周りの水が蒸発音を上げだした。


 成程、石を熱して水温を上げるんだね!


 連続で火炎魔法を放ち続け、しばらくするとせき止められた川の水は湯気が立つお湯に変わっていた。


「よし、頃合いだ。俺は向こうで刀の手入れをしておくから入って来い」

「うう、ハヤテぇ、ありがとうぉ~!」


 もう、このぶっきらぼうな優しさにクビったけになる。確かこういうのってチョロインって言うんだよね? でもいいもん、やっぱりハヤテは最高の男性だよ!


 早速指先を温めてくれたお湯につけてみた。少し熱い気もしたけど、川の水が少しずつ入ってきているみたいなので直に丁度良くなりそう。


 そのままハヤテが反対の方向を向いている事を確認し、服を脱いでお湯に入った。


 極楽ぅ~! ちょっと浅いけど寝転がれば全身浸かれるし、問題はないね! 


「はぁぁ……幸せ……んんっ!?」


 体がなんだかこそばゆいっ!? こ、この感覚は!? そ、そうか、ハヤテが私を手入れしてくれてるんだ! 


「ひぐっ、だ、ダメ……そ、そこはわぁ……」


 日中より入念に手入れされてる!? さっき料理に使ったから? ダメ、なんか、体中が疼いちゃう!


「ら、らめぇぇ……これ以上はぁ……んんっ!!?」


 お風呂の心地良さと、手入れされている気持ち良さのダブルパンチに意識が朦朧としてしまい、少し勿体無いけど早々にお風呂から上がろうとした時だった。


 金色に光る二つの目を見つけたのは。


「こんな所に人間かぁ?」


 狼の顔をして言葉を話す二足歩行するモンスターが目に入った。


 この手のモンスターは性格は至って狂暴であり、肉食に分類され、その高い知能と戦闘力は人間を遙かに凌ぐ戦闘能力を持っている。危険度の高いモンスターと言われるのが定石……。


「ちょうど腹減ってたんだよなぁ……柔らかそうな肉じゃねえか」

「や、やだぁ……私、お、美味しくないからぁ……」


 お風呂から立ち上がった瞬間、モンスターの鋭利な爪が脇に置いてあった松明の光に照らされて怪しく光った。


 こ、殺される! そして食べられる!? もう【鑑定】を使う暇もない。いや、使った所でどうしようもない。


 振り上げられた爪に叫ぶ事も出来ず、丸裸で仁王立ちする私の前に突如黒い影が現れた。


「すぅぅ……」


 息を吸い込む微かな音が聞こえた後、刀の鞘走る金属音と共に一筋の銀色の閃光が照らし出された。その次の瞬間には狼獣人は、二つのパーツと化していた。


「ふぅぅ……」


 甲高い納刀の音を響かせて息を吐く声が聞こえた……今のって……抜刀術!? 刀の私が言うのもなんだけど剣筋が全く見えなかったけど!? 基本的な刀の技術だけどそれは使えたんだ!? でも使った刀は桜雨ちゃんかいっ!!


「くらえ、俺の初級火炎魔法とっておき!」


 分断された死体に初級火炎魔法を一つづつ投げ放った。後追いで魔法で倒したって事実をこじつけた……意味あるの? それ。


「魔法使い相手に剥き出しの気配を出して迫るなど、愚の骨頂だ」


 いや、もうそれ剣士の領域だから。普通魔法使いなら魔力の流れとかじゃないかな? そ、それよりも――


「怖かったよぉ! ハヤテぇ!?」


 抱き付こうと思って駆け寄った瞬間、いきなり視界が真っ暗になった……これってハヤテのローブ?


「抜身の刃でくっつこうとするな、怪我でもしたらどうする。しっかりと納刀しておけ」

「私の体を刃扱い!? それに服は鞘扱い!? 心配しなくても触れても斬れないから! 柔らかお肌だから!」


 ここは抱きしめてくれてもいいんじゃない? まったく……それにしてもやっぱ戦闘能力の高さは颯を超えてるものがある。


 さっき使ったのは私じゃない方の刀だけど、奥義でもない一撃であの威力……でもなんで私を使わなかったんだろう。


「ねえどうして時雨を使わなかったの?」

「あんなくそ重い刀で抜刀術なんか出来る訳ないだろう。筋トレを兼ねた料理包丁として使うのが席の山だ」

「いや、もうこの際重いのは百歩譲ったとして、料理に使う方はおかしいんじゃないかな?」


 今日は初めて刀を使った姿を見たけど、未だに戦闘では時雨を使ってはくれない。でもハヤテだったら私を使いこなしてくれそうなんだけど……まったく、このひねくれ魔法使いめ。


 違った、ひねくれ剣士め! でも、私のピンチにすかさず助けに着てくれたり優しい所もあるしやっぱり私の王子さ――


「早く服を着ろ、風邪を引くぞ。この幼児刀」

「誰が幼児体形じゃい! ちゃんとおっぱい膨らんどるわっ! てか見るなぁっ!!」


 やっぱこいつ無神経だわ……しかも言うに事を欠いて人を馬鹿にしてきやがる。黙ってればいい男なんだけどなぁ。


 人の事言えないかも知れないけど……。


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