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そのごぉぉ!

時雨の一言あらすじ:四天王の一人を撃退し、クッキー食べて死にかけた。

 

「やっぱ魔法使いと言えば、ダーティでポケットが無駄に沢山あるローブだよな! このゆったりとした着心地に心が震える! それに目元を隠せるフードもいい! 目深に被れば『あいつ、ただ者じゃない……』って感じを演出させてくれるもんな! くぅぅ、カッコいい! 最高っ!!」


 命からがら四天王の一人、インフェルノを撃退することに成功した私達は、ベルリバー領を離れ、ディストという比較的大きな街に辿り着いた。


 幸いここまでモンスターの襲撃はなかったのが救いだった。


 しかし当のハヤテは魔力はすっからかんであり、体力もごっそり削られている状況。


 常人であれば病院直行で絶対安静コース、鍛えられた冒険者でも、泥のように眠るレベルの疲労があるにも関わらず、どうしても魔法使いの装備一式を購入したいと言い出すや、足取り軽く店舗が集まる場所に飛び出して行った。


 まあ、本人が大丈夫ならいいんだけども、体力が自慢の魔法使いなんて聞いた事がない。


 そんな光景を呆れ顔で眺めてやっているのだけども、当の本人はつゆ知らず、引き締まった体に真新しい魔導士のローブに身を包み、子供らしく感情を表に出して喜んでいる。


 ほんとシリアスとのギャップが激しい子だねぇ。お姉さんをギャップ萌えで落とすつもりなのかな?


「よし、次は杖を買おう! どんな杖にしようかな!? やっぱ基本の木製かな、もしくは金属的な奴も捨てがたい! 杖、杖~♪」


 この子、普段は物静かで毒々しさすら滲み出るのに、魔法使い関係の事になるとほんと子供みたいにはしゃぎまくるわね……。


 くっ、イケメンの堅物が稀に醸し出す無邪気な可愛いらしさなんて……ただの反則じゃないの!

 でもそんな幸せの絶頂に居るハヤテだけど、私には言わなければならない事がある。ここはビシッと指摘させてもらおうと思うの。


「杖なんか使わずに刀を使えよっ!? というか腰に刀を二本も差して、杖を振り回す魔法使いなんて居ないからね!?」

「ん? まだ居たのか?」


 まるで道端に落ちている石かのような扱いを受けた。私、聖霊なんですけど!? その上、美少女でもあるんだよ!?


 そんな何度となく訴えた内容も華麗に無視し、結局、杖も購入していた……その他、もろもろとお買い物を続け、気付くとすっかり日も傾いてしまっていた。


「じゃあ、今日は疲れたし宿に泊まるか。本当は今すぐこの杖を試してみたいが、今は魔力が空っぽだからな。ふふふっ、明日が楽しみだ!」


 ダメだ……浮かれてしまって、先の私の言葉が全然届いていないことが手に取るように分かる。

 てか無邪気な笑みを放ちながら杖に頬ずりしてらぁ……。イケメンのイメージが崩れちゃうからやめてくれないかな?


「わあ、綺麗な黒い髪のお姉ちゃん!」


 可愛らしい無邪気な声が聞こえ、視線を落とすと、歳の頃は七、八歳ぐらいの女の子がこちらを見ていた。まだ幼い仕草が抜けておらずとても愛らしい。


 というよりも初めてこの黒髪誉められたよ! 何この子! もうお姉ちゃんゾッコンだよ!?


「ありがと! 私の名前は時雨。あなたのお名前は?」

「ミリィだよ!」


 満面の笑みを向けて答えてくれた。ああ、子供って素敵! ま、待ってよ……私も聖霊になって人化出来た事だし、こ、子供も作れる筈!


 はぁはぁ……あらやだ私ったらちょっと妄想が……。


「気を付けたほうがいいぞ、この人に近づくと阿保がうつっちゃうよ」

「だれが阿保じゃい! ハヤテこそ剣士の癖に刀使わない、大阿保じゃないのっ!」

「ところで宿の場所を知らないかな? お兄さんこの街に来たの初めてなんだ」


 おお、無視か……しかも私を置き去りにして歩いて行ってるし……へえぇ、ああ、そう。そんな態度取るんだ。


 よし……また泣くぞ?


「ミリィのお家、宿屋だよ!」

「それは好都合だ。じゃあミリィちゃん案内してくれるかな?」

「うん!」


 そのまま仲良く二人は手を繋ぎ、私の方を振り返りもせずにそそくさと角を曲がって視界から消えた。


 完全なる放置ですか……よし、百年の恋も一気に冷めたわ。こいつ、颯と違って根性ねじ曲がってるわ。こんなやつに惚れてしまいそうになった私が馬鹿だったわ。


 歯を食いしばってダッシュでハヤテに追い付き、怒涛に文句を押し付けてやっている内に宿に着いたのだが、ここで一つ問題が発生した。


「すみません、生憎と一部屋しか空きがなくて……」

「ええぇ……そうなんですかぁ……いや、仕方ありませんね……はぁ……」


 心底嫌そうな顔をするハヤテなんだけど、そこまで嫌ぁ?


 私、さっきも言ったけど美少女なんだよ? 普通は男だったら無条件で喜ぶところだし、そこは立場的に私が渋々了解する所だよ?


「すみません、お代は一人分で構いませんので……」

「いえ、そういう訳にはいきません。そこはちゃんと二人分払いますのでお気になさらずに」

「ごめんね、お兄ちゃん……」


 なんか腹が立つわぁ……。マジで年上を敬うっていう精神がないよね? 次男坊の末っ子の癖に! 


「いやリリィちゃんは悪くない、悪いのはこの人だから。しかも俺に宿をたかってくるし」

「うおおい! なんでやねんっ! わたしゃ何もしとらんがなっ! 宿は取らせて下さい、おなしゃす!! 野宿はいやですぅぅ!!」


 理不尽な事を言われ、超不機嫌な状態だったが、私は無一文。とりあえず全身全霊で頭を下げておいた。流石に人化状態で野ざらしは辛い。


 部屋に入ると荷物を降ろし、ローブを脱いだハヤテはこちらも見ずに言葉を放って来た。


「刀、先に風呂に入ってこい」

「えっ……?」


 あら、人目がなくなったと思ったら急に優しくなったじゃない。もう、なんだかんだ言って私の事気にしてくれてるんじゃない!


 そっか、これがよく聞くツンデレってやつね? 人が居たらツンツンしちゃうんだ! もう、照れ屋さんなんだから! 

 でもいきなりお風呂って……この展開って、も、もしかして!? ちょ、ちょっとそれは流石にまだ気が早くない!?


 物事には順序があるんだよ!? 楓だってそうしてたし! キ、キスもまだしてない関係だからね!?


 地面と草にはしたけどね? 大地の味がしたわ……。


「なんでもいいが、臭いから早く行って来てくれ。大まかな汚れを落としてきたら打ち粉を振って頑固な汚れを取り除いて、新しい油を付けてやる」

「わたしゃ聖霊だって言ってるでしょ!? なに人を刀と同じ扱いにしてるの!? 汚れはちゃんと自分で取れるし、体に油は塗らなくていいよ!!」


 いや、確かに私は刀だけどさ! 新しい油って……でもそれって私に触るって事!?


「そういえば、勧めといてなんだが、刀が風呂に入って錆びたりはしないのか?」

「聖霊が錆びてたまるかっ! それに時雨は自己修復、自己再生付きだよ! いつでも新品ピカピカだから!」


 伝説の名刀を舐めないで欲しい!


 普通、モンスターなんかを斬ると刃に油が回って切れ味が鈍くなってくるけども、時雨はその身に宿した能力で常に最高の切れ味の状態を保つ事が出来る! 私をそんじょそこらの刀と一緒にしないで欲しい!


「ふうん……どちらにしても臭いから早く行ってくれ」

「納得して出た言葉がそれ!?」


 一応お風呂の知識はある。確かに刀だった時はなかったけど人化したら結構汗をかいて……あれ? それじゃあ私、本気で臭いって事!?

 それ、何気にめっちゃ恥ずかしいんですけど? そ、そっか、人化してる時ってこっちの体はちゃんと自分でお手入れしないといけないって事ね……。


「おい、そこの刀」


 しょんぼり肩を落としながらお風呂に向かう為、部屋を出て行こうとするとハヤテに呼ばれ、振り向いた。


 途端、すでに零距離まで迫っている布袋が見えた。もちろん躱す事など出来ず、そのまま顔面にクリーンヒットした。


 小僧、痛えじゃねえか!? 何しやがる! 乙女の顔に向かってぇぇ!! 喧嘩か!?  喧嘩売ってるの!?


「痛いじゃないの! 一体なんのつも――」

「着替えだ。さっきついでに買っておいた。ちゃんと今着てる服も洗濯しろよ」


 ……やっぱ優しいじゃん。ずるいなぁ、そんなところで点数上げてくるなんて。




 宿に設置された浴場から自室に戻る道、私は呆けていた。


 それはお風呂が原因……実際に入ると言葉で言い表せない程の気持ち良さだった。

 聖霊として人化して初めて体験したけど、これは病みつきになるわ~。颯が毎日入る理由が分かったわ~! それに石鹸で洗った体からは良い匂いがするし!


 ただ、スカートの下がスース―するのよね……。


 ハヤテが用意してく入れた着替えには下着がなかったんだよね……なので今はノーパン、ノーブラ。まあ、これも用意されてたらそれはそれでちょっと引くけど。


 ホクホクとうっすらと湯気を上げながら部屋に戻ると、同じくホクホク姿のハヤテが居た。


「ふうぅ……」


 額に玉のような汗を浮かべ、両手で刀を鞘ごとゆっくりと振り下ろしては戻し、振り下ろしては戻しを繰り返していた。


 上半身裸で……。


 割れた腹筋に一筋の汗が流れ、逞しい腕に血管が浮き上がっている……やべっ、よだれ出そうになった! めちゃくちゃいい男じゃないのぉ! 下手しい颯より恰好良いかも!?


 しかもその手に握られているのは私、時雨……な、なんだろう、ちょっと変な感じになっちゃう……。


「どうだった、この宿の温泉は。なかなか珍しいらしいぞ、温泉のある宿というのは」

「あ、うん、とっても気持ち良かった……」


 こちらを向かずとも、どうやら私に気付いていたようであったけど、話しかけながらも視線は変えずに素振りを止めなかった。で、でも急に刀を使って素振りなんかしだしたんだろう。でも遂に私の魅力に気付いたとか!?


「ふう……この刀、中々いいな……」


 よっしゃぁぁぁ! キタコレーー! でしょ!? 最初から言ってるじゃないの! もう、素直じゃないんだから!


「この無駄な重さは筋トレに最適だ。あと、俺をいやらしい目で見るな、この淫乱刀」


 そうそう、私ってば無駄に重いから筋トレに最適っ……うおおおおいっ! ふざけんなっ!? 臭いって言ってみたり、無駄に重いって言ってみたり挙句、淫乱だとぉ!? 最低だぞ!? 女の子の扱いを知らんのかい!


 確かにちょっと興奮はしたけどさ……。


「ハヤテぇ! あんたって人は――」

「逃げろぉ! ゴブリンの大群だぁ!!」


 警鐘が鳴り響き、戸惑いと恐怖の声があちらこちらから上がるのが聞こえた……ゴブリンの……大群って聞こえたけど!?


「おい、淫乱刀! 何をしている、行くぞ!」

「ちょ、ちょっと待って! 行くのはいいけど刀を持って行けってばぁ!!」


 荷物も刀も部屋に置きっぱなしで素早くシャツを着込み、ローブと杖を持って飛び出して行った……あいつ、マジで頭おかしいんじゃね!?


 といっても私が約四十キロの刀を持って走れる訳もなく、ハヤテが持参していた刀、桜雨さくらあめだけを持ち後を追った。


 ごめん、私……ちゃんと帰って来るからね! 桜雨ちゃん、大先輩が特別に運んであげるわ!



≪≪≪



「状況は!?」

「冒険者さんっ!? は、はい、南門にゴブリンの群れが! しかもやけに統率が取れてて……まるで軍隊みたいで……」


 すでに情報収集に当たっているハヤテにやっとこさ追いついた。


 その聞こえた情報の通り、南の方角を確かめると、無数のゴブリンが奇妙な声を上げながら近づいて来ていた。数にして百は下らないと思う。


「よし、分かりました。あとは俺に任せて急いで避難して下さい!」

「あ、ありがとうございます、冒険者さん! でもあいつら、普通のゴブリンじゃなさそうですよ!? あんな隊列を組んで迫って来るのなんて今まで見た事が……」


 統率の取れたゴブリン部隊……きっとここに来る時にあったゴブリンと同じく【魔真化】している個体に違いない。

 普通の奴とは違って知力がそれなりにあるからそんな戦術が取れるんだ……。


「大丈夫だ。任せろ、この魔法使いハヤテに!」

「だから、あんたは剣士だってば! ねえ、マジで刀使お!? 本気でこの街滅んじゃうよ!?」


 私の言葉は無視しつつ、ローブをなびかせて南へと突き進んで行った。


 もうやだ……聞いてよ難聴系イケメンさんよぉ……。


 南門の外に向かうハヤテに続き、息も絶え絶えの状態でなんとか私も追いついた、胸にハヤテの愛刀を抱きながら。


 そう言えばこの刀って小さい頃からハヤテにずっと握られてたんだよね……きいっ! なんか嫉妬しちゃうじゃないの! ちょっとあんた! ずるいわよ!


「妖刀は避難していろ。邪魔になる」


 桜雨に嫉妬していたところ、中々に心をえぐる言葉を投げられた。邪魔って……。


「どうして『時雨』って言えないの? 反抗期かなにかなの?」


 淫乱刀よりはマシな響きだけどさ……。妖刀ってなんか怪しげで艶やかな響きだし、嫌いじゃないかも。でも私、妖刀じゃないけどね?


「……いいか、俺の後ろに居ろ、絶対に離れ――」


 ハヤテの言葉の途中、オレンジ色の光が私達の方に向かって複数飛来するのが見えた。


 私達の少し先で着弾するや、爆発音が周囲に鳴り響き、それと同時に煙が立ち込めた。


 こ、これは初級爆発呪文!? ゴ、ゴブリンが魔法を使う時代になったの!?


「刀ぁっ!! 目を閉じて、口を閉じて、耳を塞いでろっ!!」


 頭を押さえつけられ、地面に座り込まされた。それにハヤテに怒鳴られた……だけどこれは私を庇う為に投げかけてくれた言葉。私はその言葉に従った。


 そのあとすぐに無数の爆発音と鳴り響いたが、言われた通り、その間ずっと身をかがめて目を瞑っていた。


 しばらくして爆音が鳴りやんだので目を開けると、私を覆うように庇うハヤテのその姿に驚愕した。

 真新しいローブは真っ黒に焦げ、杖は上半分が砕け散っていた。


 自分を盾にして私を守ってくれたんだ……。


 お礼を述べようとハヤテの顔を見ると、普段と違う表情に意識が注がれた。こめかみ辺りがぴくぴくと震えていた。もしかして、これって怒ってる?


「……折角買った杖とローブを台無しにしやがって……許さん、許さんぞおぉぉぉ!!」


 キレる場所そこかい!? 私を攻撃したことに怒ってるんじゃないんかいっ!


「ま、待って! これ、ハヤテの刀! もう魔力無いでしょ! さっきの【さく】ってやつも少ししか使えないんじゃないの!? だからここは意地を張らず刀を使っ――わっぷ!?」


 ハヤテはボロボロになったローブが私に投げ捨て、半壊した杖をゴブリンの群れに向かって投擲した。


 なんか『ぎゃわっ!』って声が聞こえたけど。


「魔力は少しは回復した。それに【壱式 朔】は対個人用だ。この規模の相手に使う技ではない。それになにより、今日はもうあの技を使うには体力が足りない」


 確かにあれは一人の敵に対して有効な技であって、大人数相手では初級火炎魔法(かまどの火種)をまき散らしても効果は零だよね。


 それにしても魔法を使うのに体力の心配するのってハヤテぐらいのものだと思う。てか鈴川流刀剣術とかは使えないのに、魔法の方ははいろいろ開発してたんだね。


 マジで颯が草葉の陰で泣いてる説あると思う。


「じゃあ、はい! これ使っ――」

「だから俺は、魔法拳で戦う」


 うんうん……うん? なんかイントネーションが違ったような。でもマホウケンって刀に魔法を付与して戦うって意味?


初級火炎魔法とっておき【弐式 夕月ゆうづき】! 俺の杖を壊した罪、償ってもらうぞ!!」


 刀を持たずに、人間の脚力とは到底思えないスピードでゴブリンの群れに突っ込んで行った。その最中、両手には徐々に火が集まり、ゴブリンと対峙する時には拳は燃え盛る炎と化していた。


 マホウケンって……拳の事かいっ!? なんか両拳に火が集まって大きくなってますけど!? 何その技!? 熱くないの!? ハヤテって火属性なの!?


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