そのよんじゅうきゅっ!
時雨の一言あらすじ:魔王軍と共同戦線を張って朱雀をやっつけることにした。
「……よし。メンバーは揃ってるね」
珍しくハキハキとした口調のフェブルの手には五色の光が灯る杖が握られていた。どうやら修理の方は完了したみたい。まあ、それはそれでいいんだけど……。
「ちょっと鬼っ! 何、フェブルとイチャコラしてんのよ! おかげで鬼人化も聖人化も出来なかったじゃないの!」
フェブルの横に気だるそうな態度で佇む燕尾服のイケメンに暴言を投げてやった。
「ああんっ? んな事知るか! 大体お前らに体も力も使われるのはまっぴらごめんだ! 俺が自由に扱えるならまだしも、俺の体は二度と貸さねえからな! それでダメな時は諦めて勝手に野垂れ死ね!」
うわぁ……こいつ、ひっどいわ。自分は勝手に人の体乗っ取る癖に、人に体を貸すのは嫌がるなんて。こんなのが私の片割れだと考えると我ながら引くわぁ……。私の闇の部分が濃縮された部分だと思っておこう。だから私の心は綺麗なのね。
「とかなんとか言っちゃってえ~♪ ず~っと心配して見守ってくれてたんでしょ?」
「おい、ハヤテ、やっぱもう一度だけ力を貸してやる、だからあいつを殺させろ」
即、手の平を返して来た。はい、はい、ご馳走様です。もうお腹いっぱいだからそのくだりはいいよ。
「流石はフェブル様です……あのようなイケメンさんを彼氏さんにしてるとは……」
司教様の方は鬼の見た目に頬を染めて膝を内側に折ってるし……私は教会っていう組織を見損なったよ。
「えへへ、鬼ちゃん~、彼氏だってぇ~♪」
「フェブル、話を進めて?」
もうこれ以上脱線させてなるものですか! 魔族チームが一切噛んでこないのはディックのおかげだと思う。
「ええっ……まあ仕方ないか。えっと朱雀の件なんだけど、あいつは今、冥界に居るの」
え? それはちょっとまずい。マインとか魔族と違って私達人間は冥界に行く事は出来ても帰って来ることが出来ない。
瘴気に満ちた冥界への道は落とし穴に落ちるようなものであって、落ちれば二度と這い上がる事は出来ない仕様になってる。
つまり、進めばホームで迎撃される挙句、帰れなくなる。待てばまた向こうが万全の状態で攻め込んでくる。しかも攻め込まれる場所も定められない。
またベルリバー家を襲うかも知れないし、私達を直接狙ってくるかも知れない。夜襲だってあり得る。流石に四六時中聖人化で待機はちょっと厳しいかも……。
あんにゃろう……せこいわよ! どうあがていも私達には不利な状況じゃないの!
「珍しく考えているみたいだな」
「珍しくないし……でも、それじゃあどうすれば……」
重苦しい空気が辺りを漂った。そしてその空気を切り裂いたのはもちろん……。
「向こうの準備が整う前に乗り込むしかない。俺が行ってくる」
迷いなく言い放つハヤテ。そんなハヤテが言葉を放った途端、予測していたかのようにルルゥがハヤテの前に立ちふさがった。
「ダメです! 二度と帰って来られないのですよ!? どうしても言うなら私も連れて行って下さい!」
「それこそ無茶な話です。聖女さ……ルルゥはここに残って下さい」
「嫌ですっ!! 絶対にそんな事は!!」
「ウェルシア!」
司教様の高く澄んだ声が辺りに響いた。
「なんですかっ!! 今は司教様と言い争ってる場合じゃ——」
続いて乾いた音が鳴った。司教様がルルゥの頬を叩いた。
「……人よりも辛く苦しい思いに耐えられる心を持つ者、それが聖女の心構えと教えた筈です。私もそうやって教えを受けました。一個人の感情で世界を永遠の混沌に落とし入れるつもりなのですか?」
「でも! でも……それではハヤテ様が……」
「貴女は聖女です。心を引き裂かれる選択肢も甘んじて受け止めなければなりません。かつての勇者様とハヤテ様のご先祖様のように……」
そう、勇者ちゃんは涙を流しながらも笑って冥界に行った。破邪魔法しか使えないけど最強の破邪魔法の使い手。肉体を亡ぼされた魔王からすれば天敵となる存在。天然な子だけど使命感はあったからね……。
「そ、そんな時代錯誤なことを!!」
「ルルゥ、いいんですよ。私が平和を掴み、全人類が武器を持たずに過ごせる世の中を礎となれるのなら本望です」
「……私は今日ほど聖女になった事を悔やんだ日はありません……でも、私は、世界の為に、聖女の、聖女の務めを……果た、はだじまずぅぅ……」
ぽろぽろと流れ出る涙、ルルゥは本当にハヤテの事が好きなんだね……。
「ありがとうございます。時雨、すまない……人類の、俺のわがままに付き合ってはくれないか?」
朱雀と勝負するには聖人化した私の力が必要。同伴は必須条件。
「ふふ、仕方ないわね! 付き合ってあげるわ!」
「時雨ちゃん……」
今度はルルゥが私に悲しみの顔を向けてきた。それはハヤテを取られて悔しいとかそんな低次元な感情じゃない。本気で私のことを心配してくれている。
私は聖霊。経年による寿命死はない。そしてハヤテは人間。寿命は短く、その限られた命はいつか尽きる……分かっていたことだけど、私は割かしすぐにひとりぼっちになる。
でも私はこの世界が好き。ハヤテはもちろんだけど、ルルゥもベルリバーのみんなも。だから、私はハヤテと一緒に行く。
これからず~っとひとりぼっちは……ちょっといやだけどね……。
「あの~、なんか盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、作戦を説明するね? まず、私が冥界への扉を開くから、ハヤテちゃんとマインは朱雀をやっつけてきて欲しいの。ただし、私が毎回への扉を開いていられるのは三時間が限界かな? その間は私、何にも出来ないから三天王の面々は私を守ってて欲しいの。冥界の扉開けっ放しにしてると向こうの野良モンスターとかも出てきちゃうし」
ふぁ? 三時間? なにそれ、帰って来れる系なの?
「颯ちゃんと勇者ちゃんの時代は、この杖に込めた魔力を朱雀の足止めに使っちゃって冥界の扉は開くことが出来なかったの。それに冥界への扉を開けるだけの魔力を再び蓄積するのに百年程はかかるからね♪ 二番煎じの封印を使おうとしたら大破させられちゃったけど、幸いなことに魔力の貯蔵部は破壊されてなかったからね♪」
「そっか☆ じゃあみんなはフェブルっちの護衛をお願いね☆ 私はハヤテちゃんとちょっと朱雀をやっつけてくる! パパの敵討ちをしてくるわね!」
『はっ』
おお……ディックはともかくインフェルノとヴェルモンテが素直に返事するなんて……。
「……おい、朱雀の野郎を倒したら俺と一戦しろ! 今度こそぶっ殺してやるからよ!」
「何を言ってるの! 私がリベンジするのよ!」
「ああ? てめえの出る幕じゃねえよ!」
「何言ってるの? あんたこそ私に譲りなさよ! レディーファーストって言葉知らないの!?」
うん、インフェルノとヴェルモンテが頭を下げながら安定の言い争いをし出した。あんたらほんと仲良しか。
「人間を殺す事は魔王様が禁じている。だが試合ならば許されるだろう。俺もベルリバーの手練れとはまた手合わせ願いたい」
「あんたとならこちらからお願いしたいぐらいだ」
ディックとハヤテが口角を上げてアイコンタクトを取ってる……。なんか知らない間に魔族と仲良くなってるし……。インフェルノとヴェルモンテは苛ついてる様子だけど。
「ハヤテ様っ! 帰って来れるならば私も——」
「帰ってくる場所で待っていてくれる方が居ると私も心強いものです」
「はい、待ってます!」
おい。なんかさっきまで感動の流れが文字通り流れて行ったよ? まあ、帰ってこれるならそれに越した事はないんだけど。
「じゃあそういうことで! 作戦決行は明朝! 今日はゆっくり休んでね!」
一方通行の旅路になるかと思ったけどもなんとかなりそう……良かった。まだ、この世界とみんなと一緒に居られるんだ……。
≪≪≪
宿のテラスに出ると、夜風が吹き付けてきた。北に位置するこの街は少々気温が低く、風が冷たい。
「ふぅ……ちょっと夜は冷えるね……」
白い吐息を上げてランタンをかかげた。空には丸い月が出ていた。
決戦は明日。まさか朱雀も冥界にまで攻め込んで来るとは思ってはないと思う。それにフェブルのおかげで制限時間付きとはいえ往復も可能になっている。
颯から続いた不毛な戦いを遂に終わらせる事が出来る。真の敵は朱雀……今度こそ、平和な世界を掴み取りたい。
「時雨ちゃん」
ひんやりする夜半にも関わらず、肌色面積が多めの聖女様が現れた。
「どうしたの? ルルゥもなんか寝れない感じ?」
「ええ……そうですね……」
む? なにやら重苦しい雰囲気を感じるんですけど……。
「絶対に帰って来て下さいね……」
「あ、うん。もちろんだよ!」
「ちゃんと二人で……ですよ」
おっと、これは涙腺を刺激するやつだ。めっちゃ私の事も心配してくれてるじゃん。
「大丈夫だよ! 時雨もあるし、聖人化は無敵なんだから! 絶対朱雀なんかには負けないよ!」
「ふふ、そうですね」
にっこりと笑ってくれたルルゥ。その笑顔を見て息をつくと違和感を感じた。先ほどまでルルゥの背に出ていた月が……なくなってる?
「んぐっ!!?」
急に人影が現れて後ろからルルゥの口を押えるや、闇夜に飛び立った。
月明りが照らし出したその姿は……。
「朱雀っ!?」
いやらしく笑う顔が月夜の光に映った。あいつ、もう傷が完治してる!? 早過ぎない、怪我治るの!!
「なにやら面白そうな作戦を立ててるみたいですね? いいですよ? その策に乗ってあげますよ。ただし、この小娘は頂いていきます。それでは冥界で待っていますよ」
一体何を言っているのか分からなかった。どうして朱雀はルルゥを攫おうとしているのか。
「ちょっと待ちなさい! どうしてルルゥを狙うの!? 私を今ここで殺したらハヤテは聖人化も出来なくなるし、狙うべきは私でしょ!? だからルルゥを返してよっ!」
自分で馬鹿な事を言っているのは分かってる。ルルゥが歯を食いしばり人類の為にハヤテを送り出そうとしたにも関わらず、私はそれをないがしろにしようとしている。
短絡的だし、わざわざ弱点をさらけ出すような事を言ってるのは重々承知、でも……ルルゥは私の友達なんだよ!? 友達一人守れないで世界なんて守れる訳ない!
「何を言っているのです? 私はその力を打ち砕きたいのですよ。弱体化させるのではなく、私が強くなって上回りたいのです」
「あんたこそ何を言ってるのよ!! いいからルルゥを返しな——」
目の前が光ったかと思うと、全身が痺れて動けなくなった。か、雷の魔法を打たれた……!?
「んんんっんんっ!!」
ルルゥの叫び声が聞こえたと同時に視界が地面に変わった……呼吸が出来ない……。
「おっと、これぐらいの雷で死なないで下さいよ? それではまた会いましょう」
声だけが頭に響いてきた……。返して、ルルゥを……返して……。
「この気配っ……刀っ!? おい、大丈夫か!!? おいっ!!」
今度は聞き覚えのある声が聞こえてきたので、気が抜け、そのまま意識を手放した。