〜エンリケの死、その後〜
ーー時は遡る。
ヴィスタール帝国の皇帝の元に、エンリケ=ヴィスタールの訃報が届いた。その話を皇帝の元に届けたのは、他ならぬエンリケの実兄、レクス=ヴィスタールだった。
内容はこうであった。
弟エンリケ=ヴィスタールは武功欲しさに、王家から追放されたセシル=ヴィスタールの元へと向かった。皇帝にも内密にするため、わざわざ冒険者を雇って行動し、リュールベーン国領主ウォルテールの元へと向かった。彼は君主としての立場を利用し、領主を脅した上で領主の私兵を使い、セシルが母親と兄と暮らす家を包囲。そしてセシルと兄がいないことを知ると、セシルの母親と、懇意にしていた友人の両親を殺害。エンリケはその後戻ってきたセシルまたは兄のルークによって命を奪われたと思われる。
曖昧なところがあるのは唯一生き残った領主ウォルテールの証言を元にしているからだそうだ。レクスはエンリケに妙な動きがあることに気づき監視をつけた。だがその監視も殺されてしまったと言う。目撃者も少なく、それゆえに曖昧な話になってしまった。セシル、ルーク、それに協力していると思われるリーナという冒険者は逃走したと思われる。と。
この報告についてはレクスは褒められるべきであろう。客観的に見れば、実弟の失態ながら事実を正直に報告したようにみえる。
帝国の支配下にある国の大きな出来事だ。しかもこの事件には皇族を追放された人間が関わっている。これは報告しない訳にはいかないというのもあるが。
「申し訳ありません陛下。実弟の身勝手な行動のせいで混乱が生まれました」
「よい、愚弟の全ての責任が兄のせいになるわけではない。止められたのは儂も同様だ。セシルに固執しているのはわかっていて放置した。気に病む必要はない」
「はっ」
レクスは頭を下げながらほくそ笑んでいた。領主ウォルテールは記憶が曖昧であり詳細を覚えていなかった。だが実際のところエンリケにつけていた監視は死んでいない。帰ってきて事細かに詳細を語ってくれたのだ。それ故にレクスのみが情報を掴んでいる状態。
その報告によればセシルとルークには特別強い力が備わっている。セシルは力をコントロールできていなかったようだが、兄ルークは力を完全に制御下においていた。その力は強大。一人で一軍に匹敵するだろうとのことだ。
そしておそらくもうこの帝国の支配下の大陸にはいない。
だが皇帝に怒りを感じているルークは必ずこの大陸に戻ってくるだろう。それを利用するのだ。
この帝国は帝位争いの真っ最中。継承権第3位に位置するレクスにとっても、そのために切れるカードは多い方がいい。
継承権が上の1位2位のそれぞれ兄、姉は強敵である。また下の勢力も気にしないわけにはいかない。少しずつ勢力を拡大し、自分が王位を継承する。武功で出世したがそれだけでは皇帝にはなれない。情報戦を制し、武でも勝り勝利する必要がある。そうでなければこの強い国の皇帝とは認められないのだ。それでいて、帝国の不利になるようなことは表面上はできない。
だから外からの介入は好ましいのだ。自分が企てたものではいけない。大陸を平定した今、これからは外からの攻撃、または内乱等があって初めて武功を立てるチャンスがあるのだ。この大きくなりすぎたこの帝国にそんなことをする国や人間はいない。
いや、いなかった。そうなる可能性が最も高い人間が外へ出て行くまでは。
母を殺されたルークの内心は荒れ狂っているだろう。奴は頭も良かった。必ず、内乱または戦争という形までは持ってくるだろう。そこで自分の出番だ。それを鎮圧しきり、自分の評価を上げる。それが目的だ。
そのニヤついた笑みが途切れる事はなかった。
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帝位継承権第2位、ソフィア=ヴィスタール。明るいピンクの髪を持つ女性。女性とは思えぬ鋭い眼光を持ち、その背に背負うのはヴィスタール帝国軍事統括の証である白のマント。軍事を一手に引き受ける彼女は『元帥』。帝国に一人しかいない軍の最高官。彼女に命令を下せるのは皇帝のみなのである。そんな彼女は元帥としての自室にて、腹心のラウラへと話しかけた。
「レクスの動きを見張れ、あれは隠し事が多い。私の許可がなければ軍を勝手に動かす事はできないはずだが、緊急時にはその限りではない。その辺りを利用し、何か企んでいるようにみえる。奴の周辺で何か動きがないか探れ。」
「はっ」
短く返事をした腹心のラウラはすぐに部屋から出ていった。部下へと指示を出すためだろう。
誰もいなくなった部屋でソフィアの独り言が呟かれる。
「ルーク。そしてセシル。守れなくてすまない・・・。」
そのことなは誰にも聞かれる事なく部屋に溶けていった。