〜絶望〜
さて現在この場にいるのは惨殺された兵士たちの死体と元兄エンリケ=ヴィスタール。
セシルは眠りにつき、リーナはエンリケにとどめを刺すところ。こちらもウォルテールを意のままに動かして、事の顛末を聞いたところだ。これからどうするか。
・・・この街にはもういられないだろう。これだけ騒ぎになってしまった。死人の数も多い。せっかく手に入れた安寧がこんな形で壊されるとはな。
エンリケの狙いはおそらくセシルを殺すか捉えるかすること。これが皇帝自らが出た案なのか、エンリケの独断なのか。それでこれからの選択は変わってくるが・・・。皇帝自ら承認した事であればこの大陸にはいられない。現在この大陸はヴィスタール帝国の属国しかいないのだ。別の大陸に移り住む必要がある。
逆にこの騒動がエンリケの独断だった場合、もしかしたらこの大陸からは出なくてもいいかもしれない。金はしばらくある。情報収集をしながら皇族、帝国への復讐を始めるのもいいだろう。・・・だが見つからない可能性は0ではない。さまざまな国が帝国の支配下にある以上、命令があれば、帝国との火種になりえるよくわからない元皇族の人間などすぐに差し出すだろう。
現状俺の考えとしては、エンリケの独断の可能性が高いと思っている。エンリケがここにくるのにリュールベーン国の兵士たちを使っていること、そしてウォルテールを操って聞き出した情報によると、館に着いた時、明らかにお忍びで護衛は冒険者を使っていたこと。それらが理由だ。
・・・だがやはりこの大陸を出ることが好ましいか。帝国の支配下ではない国に入れば、格段に安全性は高まる。
かなり遠いらしいが母の出身であると聞いた国へ行くのもいいかもしれない。
ともかく今の最優先は妹セシルの安全を確保する事。そしてその友リーナの安全も。
母がいなくなった今、俺に残されたやるべきことはそれだけ。・・・それだけは絶対に遂げなければならない。
今は身を隠す。そして確実に安全な場所へと移動する。そう決めた。
「リーナ、これから俺たちは海を渡る。もう帝国の支配域では安全に暮らせない。・・・ついてくるか?」
「・・・ついていく。セシルは妹。誰の手からも守ってみせる」
「そうか・・・これからも頼む」
セシルを抱き、俺たちはいつもの装備以外ロクなものも持たずに出発する。
港へと転移した。それからすぐに大陸を渡る船を探し乗り込んだ。
帝国の柵ともしばらくはおさらばだ。だが母を殺した恨みは絶対に忘れないぞ、ヴィスタール帝国。
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俺たち3人はすぐに船に乗り、東へと大陸を渡った先、シルドベルト王国へと辿り着いた。
賢王と名高いファーティマ=シルドベルト王が統べる、貿易、農業、採掘で栄える国。基本的には軍事行為は得意としていない国だ。
何国か選べた中でここを選んだ理由は、ここの王が帝国に対する反感の気を持ち合わせているからだ。
かつて帝国とシルドベルト国は貿易関係にあったらしい。が、現皇帝になってから一方的に貿易を打ち切られたそうだ。それを結構な利益として頼っていたこの国は、早急に新しい貿易相手を探さざる負えなかったのだ。
だが帝国と並ぶほどの巨大な貿易相手はそうは見つからず、その問題の解決に奔走した。
その時の国王ではうまくいかず、代替わりし、その後国内に影響を最小限にとどめたことで、ファーティマ王は賢王と呼ばれているのだ。
俺はゆくゆくはその「反感の気」を利用しようと考えている。帝国には手強い相手が幾人もいる。『ACE』として単品でどれだけ強くとも、1人で帝国を滅ぼすことはできない。俺がこの国の力を底上げして戦えるだけの戦力にし、俺の手駒とする。そうしたら帝国の領土をひとつずつ奪っていく。皇帝の面目をぶっ潰してやるのだ。
・・・我ながら想像したら楽しみになってきた。
そんなことよりとりあえずは、寝床の確保だ。セシルが起きたら色々と動かないとな。・・・母上のことも言わなければならない。それを考えると気が重いが、仕方ないことだ。
・・・最後に見た母上の姿を思い返すと、今すぐにでも帝国に突っ込みたくなる。がそれをするにしても妹セシルの安全を確保した後だ。
俺たちはとりあえず適当な宿をとった。セシルが起きるまではとりあえずここにいよう。
・・・それから1日、3日、そして1週間たった。セシルはあの時のように高熱にうなされてはいない。だが一向に目を覚まさない。あの力を使った反動だろうが・・・治癒を使っても何も効果がない。どうすればいいのか全く見当がつかない。
魔法的にみれば、あの時の黒い魔力が体と融合している感じだ。『浄化』も意味がない。おそらく体の一部として判定されている。
そして約1ヶ月後。
セシルを治すため、出かけて色んな本を読み漁って帰った俺に急な朗報が入った。
セシルが目を覚ました、と。だがそのリーナの顔は晴れない。セシルが目を覚ましたというのに全く、どうしたというのか。
俺は借りている部屋の扉をあける。そこにはベットから上半身を起こすセシルの姿が目に入った。
約1ヶ月、何か手がかりはないかと必死に探し回った。全く手がかりはなく何度も心が折れそうだった。看病をしてくれたリーナも相当苦しそうだった。
あぁ、やっと。やっと起きてくれた。
ーーだが次に妹から出てきた言葉一つでその気持ちは絶望に変わる。
「・・・あの、はじめまして。その・・・どうかなさいましたか?」
ーーその瞬間俺の中の何か大切なものが壊れた音がした。
第一章終了です。
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