〜崩壊〜
合同クエスト7日目、『雨砂蛙』の討伐はうまくいった。雨砂蛙は大した脅威でもなく、3日かかった行きの道の方が大変だったと思うレベルだった。だが確かに量は相当なもので、留まった4日間で数百匹は討伐しただろう。
それよりも俺は10日もの間セシルの『紅目』を他人に見せない様にすることで頭がいっぱいだった。討伐などなんの苦労もない。何かの拍子にセシルのつけたサングラスが外れないかとヒヤヒヤしたものだった。
そんな考え方をしていても、周りのパーティからしたら明らかに連携も取れていて個の実力も高い俺たちに驚いていたようだ。ランクだけでいえば俺たちより高いものたちばかりだった。
だが実力は誰も俺たちを超えてはいない様に思えた。強い前衛二人に、かなりの魔法の使い手のサングラスをかけた白髪の少女。しかも内2人は明らかに冒険者になれるギリギリの年齢。目立たないはずがない。セシルは話しかけられ慣れていないようで戸惑っていたが、なんとか順調に会話もこなしていて、無難に依頼が終わりそうで、俺はほっとしていた。
これから帰り道だ。あとはほぼ戦闘もなく、無難に野宿を乗り越えるだけ。俺のヒヤヒヤした時間ももうすぐ終わりだ。俺以外の2人は小旅行の様に楽しんでいた様なので、早く終わってくれと思っているのは申し訳ないが。
「楽しかったね!セシル!」
「うん、楽しかった。またこういう依頼があるといいね」
口調からして楽しそうなリーナ、おとなしめの口調だがよく聞くと楽しんでいたのがわかるセシル。いい光景だ。この数年間で手に入れた幸せの結果がこれだ。これがあるだけで俺は満足だ。
皇帝の椅子などいらない。皇子なんて立場もいらない。自分の周りが幸せであればそれでいい。
早く帰って母の作ってくれるご飯を食べよう。
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すっかり住み慣れた街へと帰った俺たちはすぐに異変に気づいた。冒険者で溢れる街がなんだかざわざわとしているのだ。嫌な予感がした俺はすぐに走り出した。母が待っている家へと。
そこで見たものは俺の嫌な予感を遥かに超える惨状だった。
家が燃えている。俺が必死になって手に入れた家が。俺たち家族の家が。
そしてその門前にはこの国リュールベーン国直属の兵士たち。
俺は話しかけずにそのまま押しのけて門をくぐる。門を抜けた先、庭にいたのは磔にされた俺の母レイン。それと見知らぬ男女の合計3人。だがその見知らぬ男女の身元はすぐにわかった。
「お父さん・・・!お母さん・・・!!」
追いついてきたリーナの声がする。そして絶望したセシルの声も。
「お母様・・・!!」
磔にされた3人からは血が滴っている。剣も突き刺さっているのだ。
その真後ろから紫の髪の男が顔を出す。見知った顔だ。
エンリケ=ヴィスタール。
・・・こいつのせいか。だが怒りをぶつけるのは後だ。今は生きている可能性のある3人を優先する。
自身の魔力を最大限に纏った身体強化で磔にされた3人を解放する。
「「「なっ!!」」」
エンリケや周りの兵士たちの声が重なる。今のスピードに誰もついてこれていないのだ。
だがそんなことはどうでもいい。3人に触れまとめてセシルたちの側へ『転移』させる。
そうしてすぐに治癒を終えた。
・・・傷は塞がった。だがもうおそらく・・・。
俺は明確な怒りを持ってエンリケ=ヴィスタールを睨む。
「なぜこんなことをしたのですか、エンリケ兄上」
「・・・な、なぜとは?『その悪魔』を庇い立てする人間はこの世に必要ないであろう?たかが平民よ!」
「それが答えですか・・・それならもう遠慮は必要ないですね」
俺は怒りによって自分の中の内なる魔力が変異するのを感じた。その力を解放しようとした瞬間、隣にいたセシルから真っ黒な魔力が漏れ溢れる。
「ア゛ア゛アアァァァァァ!!!!!」
セシルから出たとは思えないほどの澱んだ声があたりを支配した。
「あ、あの化け物を殺せ!!」
その光景にエンリケ含む兵士たちが慄いていたが、エンリケのその言葉に、兵士たちは我を取り戻し、セシルに斬りかかろうとする。
それよりも遥かに早く、セシルが素手で襲いかかった。
その後はーーー虐殺。
兵士たちは逃げることも許されず、次々と殺されていく。魔法も剣も、セシルの黒い魔力が邪魔をする。それ以前に当てるのも難しい。やがて誰も戦う気力はなくなり、死を待つばかりの生きた屍となった。
「ヒューヒューヒュー」
セシルの掠れた呼吸音が聞こえる。そうだ、こんな状態ではダメだ。止めなければセシルの命も危ない。
怒りと驚きに呑み込まれていた俺に少しだけ戻った理性が早く動けと急かす。
兵士たちを殲滅し、エンリケと領主を残すのみとなった。元凶となった元兄を一瞥したセシルは一気に襲いかかる。
「ヒイィィ・・・!!」
そんな情けない声を出したエンリケとセシルの間に俺は体を割り込ませる。
『戒臨ーー熾天使』
今や冒険者のトップ、『ACE』の代名詞である眩いほどの光の魔力を纏い、セシルの攻撃を止める。
・・・っ重いっ!!
俺の力と拮抗するほどのパワー。予想外だった。力比べは互角か。やはりセシルの力も相当なものだ。
だが俺にはこの力を使いこなしてきた時間がある。できるのは力比べだけじゃない。
攻撃を止めた時点で発動を開始していた2つの魔法を発動させる。
『光縛陣』
セシルの体を光の魔法陣がその場に縛り付ける。続けて魔法を使う。
『眠光』
その魔法陣の中を優しくも強い光が漂う。ゆっくりとセシルの体を包んでいく優しい光。これは対象を強制的に眠らせる魔法。
・・・効かなかった時はどうしようかと思ったが、とりあえず効いたようだ。セシルの体がぐったりとする。その倒れ込む体をリーナが受け止めてくれた。
「ありがとうリーナ。あと・・・すまない。」
色々なことを込めて素直に出た言葉。リーナを巻き込んでしまった。
「セシルと友達になったのは私。目の事知っていて友達になったの。謝る必要なんてない。
これはセシルのせいじゃないから。
・・・だけどあいつは私に殺らせて」
「・・・ああ、任せる」
俺もエンリケを殺したかった。だが関係ない両親を巻き込まれた彼女には、俺以上に理不尽な怒りがあるだろう。ここは任せることにしよう。
俺は領主に新しく芽生えた力を試そう。と、その前に。
「さようならエンリケ、報いを受けよ。愚かな我が兄よ」
最後にエンリケに対し言葉を残した。彼の前には餌に飢えた赤髪の獣。
「た、助けてくれっ!!金でもなんでもやる!!地位が欲しいならなんでも与えよう!だから私の命だけは・・・!!」
情けない兄だ。いや、もう兄ではないか。尻餅をつきながら狩人に意味のない助けを懇願している。いや、俺にも言っているのか?ふざけたやつだ。
「ガアァァ!!」
紅髪を揺らした狩人が、紫髪の餌に喰い付いた。
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「さて、向こうには聞けなくなった。お前には話を聞かせてもらおう」
「・・・あっ・・あっ・・・」
「なんだ?俺は質問しているんだぞ、ちゃんと答えたらどうだ?」
ウォルテールは恐怖に怯えて何も言葉が出てこない。汗が異常なほど出ている。先ほどとは違う俺から滲み出る魔力に気づいたのだろう。
俺はこれから『新しい魔力』を使ってこいつに与える苦しみを想像している。
俺が口にした質問は問いかけではない。これから強制的に話させるのだ。これから起こるのは尋問。
『戒臨ーー堕天使』
これまで使ってきた眩いほどの熾天使の力。それとは真逆のどす黒い魔力がからだから溢れ出す。
堕天使ーー憎しみから生まれた俺の新しい力。
ウォルテールの顔が恐怖に歪む。
「そんなに怖がるなよ、何も怖いことなどないさ」
俺の声ひとつひとつに魔力がこもり、呪言のようにウォルテールを襲う。
『傀儡卿』
どす黒い魔力に襲われたウォルテールは人形のように事の顛末を話し始めた。