〜エンリケ=ヴィスタール〜
「父上、私が任せられているリュールベーン国にルークとセシルと思われる人間を見たものが数多くいるようです。話によると冒険者となってある程度名をあげているとか。いかがいたしましょうか」
玉座の前で跪き、言葉を述べたのはエンリケ=ヴィスタール。王位継承権第7位の皇子。齢22で紫色の髪がトレードマークだ。王位の継承のため、必死に武功を立てようとしているのが見え見えだ。が、いつの時代も王位は争って手に入れるもの。どんな者にでも可能性はある。とはいえ上の者達が強大すぎる故に普通にやっていては王位は取れない。故の焦りなのであるが。
「いかがとはどういうことか。それらは追放した者と、それに伴った者達。すでに皇族ではないものだ。そんな者が今更何をしようと儂の知ったことではない。ましてや何も悪いことはしていないのだろう?」
「・・・ですがあのような『悪魔の宿し子』を野放しにしても良いものでしょうか?最悪自分が帝国の皇族だと主張すれば、我々にも危害が及ぶやもしれません。」
「ふむ。ではなんとする」
「私に500の軍をお預けください。私自ら赴いて、悪魔の首を持ってまいりますゆえ」
「ふっ、話にならん。そのようなことは武功とは呼ばん。皇帝の椅子が欲しければもっと頭を使え。それが圧倒的にお前に足りぬものだ。下がれ」
「・・・しかし父上!!」
「儂は下がれと申したぞ」
「・・・!!」
息も出来ぬほどの皇帝の圧に当てられ、エンリケは逃げるように下がっていった。
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「くそっくそっ!!なぜわからない!あのようなものが皇族だと知られたら恥もいい所だぞ!兄上はそうは思わないか!?」
エンリケが尋ねたのは王位継承権第3位の皇子、レクス=ヴィスタール。同じ母から産まれた正真正銘の兄であり、同じ紫の髪を持つ。現皇帝の覚えもめでたい、本当の武功を持って出世した兄。リュールベーン国を征服したのは他ならぬこのレクスであった。兄はエンリケの憧れそのものだった。
「確かにお前のいうことも一理ある。だが父上の言う通り、セシルは追放された身。それをどうこうしようとも、武功にはならんのも確かだ。・・・それに一緒にいるのはあの兄だろう?あいつは危険だぞ。頭がよく、常に先を考えて動く。そう言う人間だルークは。下手に手を出すのは危険だと思うぞ」
「・・・だが俺が任されている国にいるなど、何かことを起こされてはたまらんでしょう!」
エンリケがこの国を任されているのは、兄レクスの武功故だ。国を治めているというのは言葉の綾で、ただの飾りでしかない。それゆえにレクスはに何か『事』を起こされるのを嫌っていた。何もしなければ虎の尾を踏むこともないのだ。
「この件は忘れた方がいいだろう。一応監視だけはし、相手が何かしてくるなら対処すればいい。こちらから刺激してやる必要はない。」
「・・・くそっ!!」
エンリケは冷静さを失い、そのまま去っていった。レクスはその様子を見送ったあと、自分の暗部を呼ぶ。
「デルタ」
「はっ、ここに。」
何もなかった場所にスッと跪いた人影が現れた。レクスの腹心デルタ。情報収集や暗殺もこなす頼りになる存在だ。
「エンリケの動向を探れ。このまま何か事を起こしそうならこちらに被害が及ばぬよう、すぐに捨てて構わん。こちらの地位をあげるのに利用できるようなら使え」
「はっ」
デルタはまた闇へと消えた。
エンリケは武功を立てた兄であるレクスを尊敬しているが、レクスの方はエンリケを駒としか見てはいない。彼にとっては肉親だろうが関係ない。自分が有利になるなら利用する、そうでないなら切り捨てる。ただそれだけのことなのだ。
「さて、久しぶりの兄弟の話題だ。どう動くか見物しようか」
エンリケよりも遥かに認めている弟の話題となって、彼は目を細めるのであった。
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エンリケはすぐに自分の治めるリューリーン国へと向かった。兄からの制止も聞かず、あの後まっすぐに向かっていた。
彼の頭の中は『悪魔の宿し子』をどう捉えようかでいっぱいだった。
父である皇帝は「もう家族ではない」と言い切った。ならば一介の冒険者兄妹ごときどうなろうがバレなければ問題ないということだ。
憂さ晴らしに付き合ってもらおうか。
やがて馬車はリューリーン国へと到着した。国と名乗っているが属国なので『王』はいない。『領主』の城へと向かう。
まずは情報が正確かを確認するためだ。
「久しぶりだな、ウォルテール」
「・・・お久しぶりでございます、エンリケ様」
かつては王だった人間の息子ウォルテール。征服が完了した時に代替わりをさせたのだ。王ではなかったとはいえ、在位中の王を見てきた身。他人にへり下るような人間になるとは思わなかった。が、今はこの道しかないのだ。元々この国は豊かではなかった。そこに上納金が増えては反抗も何もない。しかもその金額は狙ったように鋭い金額だった。このリューリーン国は運営できるが、それ以外は何も出来ないという絶妙な額。それを取られている以上どうしようもない。この金額を課した人間には確かな調べに裏付けされた意図を感じていた。それを課したのは征服した張本人、レクスなのであるが、それを知る由もない。
「報告にあった冒険者をこの目で確認したい、案内しろ」
「・・・失礼ですが、その冒険者に何かあったのでしょうか?」
「お前が知る必要はない。一つ言うならば元知り合いかもしれないというだけだ」
「・・・はっ。」
「それから兵を貸せ、場合によっては争いになるかもしれん」
「民に危険はないのでしょうか・・・?」
「それは相手の出方次第だ」
その答えに納得はできなかったが反抗することもできない。
ウォルテールは納得できないまま兵を準備させた。
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エンリケ=ヴィスタールは、驚きを怒りを隠せないでいた。冒険者を生業として生活しているというからどんな質素な生活をしているかと思えば、見えてきたのはここの国の領主の家かと見間違えるほどの豪邸。庭もありえないほど広く、とても追放された人間が住んでいるとは思えない家だった。
「本当にここであっているのだろうな!?」
「はっ、白髪の男と女、それと紅い髪の女が出入りしているのを確認しています。紅髪の女はここに住んでいるわけではない様ですが・・・」
「ふん。ではその紅い髪の両親兄弟もいれば連れてこい。最悪の場合帝国への反逆の可能性もある」
「・・・はっ。今すぐに」
部下に命令し、冒険者だと素性は割れている両親を連れてこさせる。
10分ほどですんなりと連れられてきた冒険者の両親は何が何だかわからない様子だった。
「さて、本陣に乗り込むとしよう」
葉で覆われた門を勝手にあけ、ズンズンと中へ入っていく。エンリケは家の扉の前へと到着すると、乱暴に扉を叩いた。
すぐに中から一人の女性が顔を出した。エンリケはその見知った顔に一瞬たじろいだが、探していた白髪の親に間違いはなかった。
「これはこれはエンリケ殿下、お久しぶりでございます。大きくなられましたね」
「ああ、本当に久しぶりだ。ところで『悪魔の宿し子』はいるかな?」
「さて、そのような者は我が家にはおりませんが」
「・・・セシルのことだ・・・!」
とぼけるレインにイライラが募る。レインは王宮でも嫌われていた。珍しい白髪に美しい顔。聞いたこともないような辺境の田舎の国の出ということで嫌われる存在だったのだ。さらに言えばレインは皇帝に見初められた。貴族としての政略結婚ではなかった分、さらにそれが他の側室たちの嫌悪を加速させる原因だった。
「セシルでしたらここしばらく出かけておりますよ。冒険者として頑張っている自慢の娘です」
明らかにこちらは武装して、物々しいというのにそれを意に介さない飄々さ。この国の君主であるこちらがわざわざ平民のために出向いているというのに、何も気にしていないかのようだ。イライラする。この余裕をどうやって崩してやろうか。
・・・少しの間そう考えたエンリケはいい案を思いつきニタッと笑みを浮かべるのだった。