その26 ふう……上手くいったか
『あら、気絶しちゃった』
「自業自得だがな……夜更けにどうしたんだ? 村はいいのか?」
俺は倒れてきた黛を静かに横たえ、勝手口に現れた母猫に声をかける。すると母猫は地面に伏せて子ネコに頬をすり寄せていた。
「みゅー♪」
「みゃー♪」
『うふふ、可愛い子。ご飯も貰ったのね』
「外でじゃれ合うのもなんだし、入れよ」
『お邪魔するわね』
俺が顎で家の奥を指すと猫達はリビングへと歩き出したので、勝手口の鍵をかけてから黛を連れて後を追う。
「何か食うか?」
『この子達のミルクを貰おうかしら、私が搾乳できないからどんなものか飲んでおきたいわね』
「みゅー」
「みゃー」
「オッケー、こいつらにも作っといてやるか」
と、現実逃避をしたものの、黛はどうするかな……。送ってやらないと明日会社に行くのが厳しいしな。でも住所を知らない……免許持ってたっけ?
とりあえず母猫の話を聞いてから考えるか、そんなに長い時間居ないだろうしな。
「ほら、これだ。ボウルしかなかったけどいいか?」
『いい匂いね。いただくわ。あなたたちも飲みなさい』
「みゅ♪」
「みゃー」
母猫は冷静に言うが、尻尾がピンと立ち、ゆらゆらと揺れているのでかなり嬉しいに違いない。子ネコ用だけど、老猫にもいいらしいから大人の猫が飲んでも問題ないはずだ。
三匹が仲良くボウルのミルクを飲み、それを微笑ましく見守っていると、コテツがコロンとバランスを崩してころがった。
「みゅ」
「大丈夫かコテツ?」
「みゅー♪」
「みゃー」
「おお、珍しく甘えてくるなキサラギは」
二匹を両手に抱いてふわふわの毛を撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らす。そこで母猫が首をこちらに向けて聞いてくる。
『あら、お名前をつけたのね?』
「あ、そうだぞ。こっちの男の子がコテツで、女の子がキサラギだ」
『いいじゃない、コテツとキサラギね。それで私は?』
「あ」
忘れていた。
というか黛がいるので母猫の存在を言う訳にはいかないので仕方がないのだが……
「こいつが居たから子ネコだけつけたんだよ、何かいい名前無いかな……?」
『精霊っぽいのがいいわ。元のお猫様も名前は無かったみたいだし、ここはセンスあるやつを』
「お前……」
無茶ぶりしやがってと思ったが飲み込み、スマホと本を総動員して考える。しばらく各国の言葉を見ていると、
「お、これなんてどうだ? シュネルだ」
『どういう意味かしら?』
「ドイツ語で速いって意味だな。丘を駆けるのは見事だった」
『ふうん……うん、前のお猫様もいいって言ってるわ。シュネルでいきましょうか。真名は私とスミタカだけが共有して……普段はシュネと呼んでもらおうかしらね』
「真名?」
『ええ。隠しごとを作ることで能力に鍵をかけるの。それは知っている者が少ない方がいいわ。いざという時に開放することで、溜め込んでいた力を行使するって感じかしら?』
必殺技みたいなものかと思いながら、特にシュネで問題ないので頷く。
『ふふ、これで村を守るのは問題無さそうね。それと、スミタカにお願いがあるわ』
「お願い?」
『そう。見ての通りエルフの村はかなり寂しい感じでね、できれば家の建て方や道具なんかの知恵を貸してあげて欲しいわ。島はそれなりに広いけど、他の亜種が攻めてこないとも限らないしね。それとエルフ達はあそこ以外にも散って集落を作っているみたいよ』
「なるほどな。道具は俺もそう思って買ってきたから、今度行くとき持っていこう。ベゼルさんあたりが活用してくれそうだけど、他の人もできるといいな。釘打ちなんかは子供でもできるし」
その辺に置いた袋から道具を取り出して見せながら笑う。だけど、俺はそれ以上に気になっていることがあり、シュネに言う。
「後は玄関に置いているけど、肥料も買ってきたんだ」
『肥料、どうするの?』
「いや、みんな痩せてただろ? あれじゃ狩りは出来ないし、まして出来る人だけがやるってのも大変だ。だからせめて野菜は色々育てられないかと思ってな。種も買ってきた」
トマトにナス、キュウリに大根といったオーソドックスな野菜を試しに育ててみようと思う。見た感じ野菜も栄養が少なそうだったから土地が枯れているのかもしれない。急な変化は害をもたらすかもしれないが……
『いいかもね。力がついてお肉が取れるようになったらエルフが発展するかもしれないしね』
「お猫様がそう言うなら心強いよ。とりあえず明日行くからよろしくな」
『分かったわ。さて、そろそろ寝ましょうか。おいで』
「みゅー♪」
「みゃー」
「お、おい、ここで寝るのか……?」
『ええ。明日行くならここに居た方がいいわよね』
確かにそうだが、黛をどうするかが問題だ。起こすにしてもここはマズイ。
「すまんシュネ、ちょっと二階にある俺の部屋へ行ってくれるか? こいつに見られたら面倒なことになるからな」
『そうなの? 別にいいと思うけどねえ』
そう言いつつも二階へ行ってくれ、俺はすぐに黛を起こす。
「おい、起きろ」
「ん……ハッ!? せ、先輩! ネコ! 巨大な猫が! あれはまさか虎? でも毛並みは――」
「落ち着け、お前勝手口を開けた瞬間、ドアに頭をぶつけて気絶したんだが覚えているか?」
「え? ボク大きな猫を見て……」
「頭を打った時幻覚でも見えたんじゃないか? ほら、もう21時半を過ぎてるから送るぞ」
「むー……?」
黛は納得がいかないと言った感じでリビングや勝手口などを見て首を捻っていたが、自分が見たものを肯定するものは見つからず渋々俺に送られ帰っていった。
やれやれ、もうしばらくは来ないだろうと胸を撫で下ろしながら帰路につき、ベッドを占領していたネコ達に苦笑する俺であった――




