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第一章 6



「今はリヴィア様、とおっしゃるのですね」

「ど、どうやって、私の名を」

「会場で知っている方がいないか、手当たり次第に尋ねました」


 それを聞いたリヴィアは、心なしか頭が痛くなった気がした。

 どうやら脱兎の勢いで逃げ出したリヴィアの正体を突き止めようと、この麗しの騎士団長様は参加者一人一人に、リヴィアのことを聞き歩いたようだ。聞かれた方は何ごとかと思ったに違いない。

 そこで「待てよ?」とリヴィアの顔がうっすら青ざめる。


「一体、何と言って聞き歩いたんだ?」

「結婚を申し込みたいので、どこのどなたかを知りたいのですが、と」

「あ、あー……」


 最悪の回答に、リヴィアは本格的な頭痛を感じ取った。手当たり次第と言っているからには、おそらく一人二人では済んでいまい。

 下手をすればあの会場にいた令息令嬢たちに、クラウディオとリヴィアの関係を噂されている可能性だって――と考えたところで、リヴィアは無理やりに思考を断ち切った。


「ええと、その、クラウディオ、殿」

「呼び捨てで結構です。リヴィア様」

「む。そ、そうか、いや、問題は呼び名ではなくてだな」


 まさか断りを入れようとした現場に、当の本人がやってくるとは。

 だが手紙で断るよりも、直接伝えた方が良いかもしれないと気を取り直したリヴィアは、改めてまっすぐにクラウディオの目を見つめる。


「クラウディオ。その、結婚のことなんだが」

「はい」

「その、やはり私では――」


 だが言いかけたリヴィアの言葉を、父親が慌ただしく遮った。


「リ、リヴィア! じじ、次期公爵様がわざわざいらしてくださったのに、そんな急に話を進めなくてもいいんじゃないかな⁉」

「そうですよ! せっかく来ていただいたのですから、二人でゆっくり話でもしてらっしゃい!」

「ですが私は……」

「クラウディオ様、うちの庭は薔薇が自慢でしてね。娘に案内をさせますので、ぜひ一度ご覧いただければと」

「父上! 花など後で良いではありませんか」

「やあそれは楽しみですね」

「クラウディオやめろ、話がややこしくなる!」

「それは名案ですわ。ほらほらリヴィア、すぐに中庭にお連れして差し上げて!」

「くっ……」


 ここに味方はいないのか、とリヴィアは謎の孤独感を味わう。だが両親からの「早く、早く」という期待に満ち溢れた眼差しと、クラウディオの穏やかな笑みを前に、リヴィアは早々に白旗を上げることしか出来なかった。






「素敵なご両親ですね」

「……世辞だと思って頂戴しておくよ」


 なかば追い出されるように中庭に来たリヴィアは、わずかなため息を零した後、クラウディオの方を向き直った。


「すまないな。君も忙しかろうに、こんな時間に付き合わせて」

「貴方と過ごせる時間以上に、優先すべき仕事などありませんよ」

「……君が、こんなにしゃべる男だとは知らなかった」

「あの時は一応部下でしたからね。少々、遠慮していました」


 しれっと微笑むクラウディオに、リヴィアはどうにも調子を狂わされてしまう。だが当のクラウディオは余裕に満ちた眼差しで、開きかけの薔薇を見つめていた。


「本当に、見事な庭ですね」

「あ、ああ……いつも庭師が入って、綺麗にしてくれているから……」

「これでは、少し見劣りしてしまいますね」


 するとリヴィアの目の前に突然、薔薇の花束が差し出された。大輪の深紅の薔薇が、数にして三十本ほど。両腕に収まり切れないほどのそれをリヴィアが受け取ると、向こう側にいたクラウディオが照れたように頬をかいた。


「よければこれを。この庭に咲く薔薇には及びませんが」

「な、ど、どうして、こんなものを?」

「ベアトリス様は、花がお好きでしたでしょう? だから、喜んでいただければと思って」


 確かに花は嫌いではない。

 だがベアトリスであった頃は、日々の戦いに奔走するばかりで、花だ蝶だとうつつを抜かしていたことはなかったはずだ。するとリヴィアの疑心を感じ取ったのか、クラウディオがあれ、と首を傾げる。


「もしかして、ばれていないと思ってました?」

「そ、それは、……」

「騎兵で動くとき、いつも足元の野花を気にしていたでしょう。それに祭りの日にもらった花を、捨てずに栞にしていたことも知っています」

「う、ぐ……」

「本当は前世でも贈りたかったのですが、他の目もありましたし、何より『そんな女々しいものはいらん』と突き返されてしまいそうだったので」

「……く、」


 まさか、そんなところまで見られていたとは。

 前世の羞恥を現世になって味わう羽目になったリヴィアは、花束を抱えたままむむむと口を引き縛った。だが花自体に罪はないし、クラウディオがリヴィアのことを思って準備してくれたと思うと、むげに扱うことは出来ない。


「あ、」

「はい」

「ありが、とう……」


 真っ赤になったリヴィアは、なんとかそれだけを絞り出す。

 すると目の前にいたクラウディオの顔が、見る間に朱に染まっていった。眩いばかりの美貌が、今はゆでた蛸か海老のように鮮やかに色づいている。


「そ、そんなに喜んでいただけて、その、……光栄、です」

「な、何故貴殿まで照れる!」

「だって今までこんな……ベアトリス様から、礼を言われるなんて……しかも俺一人に向けてなんて、何だか恐れ多くて……」

(前世の私は、よほど恐ろしい隊長だったようだな……)


 少々複雑な気持ちになりながら、リヴィアはそのまま東屋へと足を運んだ。クラウディオに座るよう勧め、その向かいに花束を置きながら腰を下ろす。


「クラウディオ、その、先ほどの話なんだが」

「結婚のことですか?」

「っ……、そ、それでだ。たしかに私は君との最期に、その、結婚しようと言った。だがあれはその、互いに極限の状態だったというか、君も相当混乱していたと思うんだ」

「俺は本気でお伝えしたつもりですが」

「そ、それを疑っているわけではない! だがその、今はそれぞれ、新しい体と名前を得ていて、それぞれの生き方があるわけで……前世の誓いがあるからといって、いきなり結婚というのは、その、少々性急すぎるのではないかと」


 しどろもどろになりながら必死に語るリヴィアを見て、クラウディオはしばし何かを考えこんでいた。だが力強くうなずくと、にっこりと微笑む。



 

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