コミックス1巻発売お礼ss:その恋敵は強すぎる
その言葉を聞いたクラウディオは、我が耳を疑った。
「本当にすまない、クラウディオ」
「リヴィア様……? すみません、おっしゃっている意味がよく……」
「やっぱり君との婚約は、解消しようと思うんだ」
婚約、解消、という単語だけが脳内を飛び交い、クラウディオはその場で卒倒しそうになる。だがぐっと踏みとどまると、出来る限り冷静に言葉を続けた。
「婚約を解消、ということはつまり……婚約を解消したいということですか⁉」
ああダメだ。全然冷静になれない。
謎の構文を発揮するクラウディオに対し、リヴィアは真剣な顔で頷いた。
「そうだ」
「り、理由を聞かせていただけませんか? もし以前おっしゃられていたように家柄を気にされているのであれば、その不安はすべて排除してみせます! 剣の練習も乗馬も心ゆくまでしていただいて構いませんし、リヴィア様がお好きな肉料理を毎日のように作らせますし、俺に不満があるのならなんだって直します! だから――」
「好きな人が、出来たんだ」
「好きな……ひと……」
まさかの告白に、クラウディオはまたも意識を失いかけた。だがここで倒れるわけにはいかないと、奥歯を割りそうなほど噛みしめて意識を保つ。
「それはいったい……どこの、どなたで……」
「…………」
するとリヴィアは、自身の背後に控えていた男の傍らにおずおずと寄り添った。男の腕に自分の腕を絡めると、頬を赤らめながら口を開く。
「こ、こいつだ……」
「あなたは――」
今にも斬りかかりたくなる気持ちを抑え、クラウディオは男の方を見る。
背はリヴィアより随分と高く、クラウディオに負けず劣らず鍛えられた体躯。腰に届きそうなほど長い黒髪は驚くほど艶やかで、その肌はルーベン王国には珍しい褐色をしていた。
けぶるような睫毛の下からは綺麗な黒い瞳がのぞいており、端整な顔立ちに今は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「悪いな、クラウディオ」
「貴様……」
「本当にすまない、クラウディオ。だが彼とはもうずっと古くからの付き合いで」
「古く? もしや前世の――ベアトリス様の恋人だったとか」
そう口にした途端、クラウディオは強い既視感に襲われた。
(この男……どこかで……)
その瞬間、クラウディオの脳裏に一頭の黒馬がよぎった。
前世でベアトリスが溺愛し、最期の時をともに戦い抜いた勇ましき名馬・アルヴィス。今は『ルロイの黒馬』として、リヴィアから並々ならぬ愛情を注がれていたはずだが――
(まさか……今度は人に転生したのか……⁉)
あらためて男の姿を見るが、もうどう見てもそれにしか思えない。
クラウディオが絶句していると、男――アルヴィスが「にやっ」と白い歯をのぞかせた。
「というわけだ。リヴィアのことは、これからオレが守ってやるから安心しな」
「っ……そういうわけにはいきません! 俺にだって、人としての矜持があります。リヴィア様、どうか考え直してください。俺は本当に貴方のことを――」
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「クラウディオ、大丈夫か?」
「はっ‼」
名前を呼ばれ、クラウディオは目を覚ました。
慌てて周囲を見る。そこは騎士団の訓練所近くにある四阿で、目の前のテーブルには処理中の書類がいくつか広がっていた。どうやら仕事をしながら眠ってしまったらしい。
おまけにリヴィアにその姿を見られたらしく、クラウディオは慌てて謝罪した。
「も、申し訳ございません! みっともないところを」
「気にするな。ここ最近忙しかったんだろう? 今日は私の付き添いはいいから、少しでも体を休めてくれ」
「リヴィア様……」
かつての上官をほうふつとさせる慰労の言葉に、クラウディオの胸がキュンと音を立てる。
だがそんな二人の間に割り込むようにして、立派な黒馬が姿を現した。それを目にしたクラウディオは、思わず半眼になる。
「何故ここにアルヴィスが……」
「今日は剣ではなく、馬術をしておこうと思ってな。訓練所に行く途中だったんだ」
「はあ……そうですか……」
するとリヴィアは愛おしそうに、アルヴィスの鼻筋をよしよしと撫で始めた。
微妙に苛立ちを覚えつつそれを眺めていると、アルヴィスがクラウディオの方にじいっと視線を向ける。そのまま「にやっ」と白い歯をむき出しにしたのを見て、クラウディオは思わずこめかみに血管を浮き上がらせた。
(こいつ……)
さっきのが夢で本当に良かった、と胸を撫で下ろしつつ――もしアルヴィスが『人間』に転生していたら、いったいどうなっていたことか。
もしや自分やラウルなどでは太刀打ち出来ない恋敵になったのではないか――。
想像したクラウディオは恐怖のあまり、ぶるるっと身震いするのだった。
(了)
コミックス1巻、本日発売です!
戸山こま先生の可愛い絵柄がぎゅぎゅっと凝縮された一冊なので、ぜひ手に取っていただけたら嬉しいです。







