第五章 6(完)
その日の午後。
食堂の片付け、厩番の手伝い、アルヴィスとの乗馬を終え、リヴィアはいつものようにクラウディオから剣を習う。
随分筋肉もついたのか、以前のようにふらつくこともなく、しっかりと姿勢を維持できるようになった。
「もう俺から言うことはありませんね。後は実践や、日々の鍛錬でしょう」
「ああ。ありがとう、クラウディオ」
リヴィアは構えを解くと、木剣の手入れを始めた。そこでふと、クラウディオの方を見上げる。
「クラウディオ、その……サルトルはどうなったんだ?」
「……今回の暴動の扇動者として、罪に問われるそうです。本人は一切口を開かないようですが、他からも証言が出ているのでほぼ間違いないかと」
「そうか……」
「後任については、今人選を進めているところです。もう少しかかるでしょう」
「……」
その言葉に、リヴィアはそっと手の中の木剣を眺めた。
クラウディオがいない間、サルトルはリヴィアの師であった。ほんのわずかな間とは言え、前世では敵同士だった相手と、隣り合って剣を教わっていたのだ。
それに最終的にサルトルを留めた銃も、元はと言えば彼から習ったもの。
(前世の記憶がなければあのまま、……良き仲間でいられたのだろうか)
だがベアトリスの記憶なくして、リヴィアはこの場にはいない。そう考えると人生というものがいかに複雑で、奇跡のような選択ばかりなのだと、リヴィアは改めて気づかされるようだった。
複雑な気持ちのまま、リヴィアは剣をしまいこむ。
すると聞き覚えのある声が、背後から伸びやかに飛んで来た。
「リヴィアー!」
「アルト?」
振り返ったリヴィアの前に、アルトが駆け寄って来た。どうしてここに、と目をしばたかせるリヴィアに向けて、アルトは得意げに答える。
「僕、今日からここでお世話になるんだ」
「騎士団に?」
「うん。僕の家、騎士団を持っているから、将来のためにってお父様が」
「そうだったのか……」
はにかんだように笑うアルトだったが、やがてリヴィアを真っ直ぐに見つめる。
「本当はね、ずっと行きたくないって逃げてたんだ……。でもリヴィアに助けてもらった時、僕がもっと強かったらって、すごく後悔してて……」
「アルト……」
「それにこの間もね、街の人からいっぱいありがとうって言われたんだ。僕それが嬉しくて……お父様の言う、貴族の責任? みたいなのが、ちょっとだけ分かった気がした」
えへへ、と恥ずかしそうに微笑むアルトは、相変わらず女の子のように可愛らしかった。だがその目には強い光があり、リヴィアもまた嬉しそうに目を細める。
「頼もしいな。君はきっと強くなるだろう」
「そうかな? でもリヴィアが言うならそうなのかも。そしたら今度は、僕がリヴィアを守るから安心してね」
「ああ」
執事の元に駆け戻るアルトの背中を、リヴィアはしばらく見つめていた。クラウディオがやや不満げにこちらを見ているのを察し、わずかに笑いながら振り返る。
「従卒になったばかりのルイスを思い出すな」
「……どうせそんなことだろうと思いました」
むう、と視線を逸らすクラウディオが愛おしく、リヴィアは微笑みが堪えきれない。するとクラウディオはすっと身を屈めたかと思うと、すばやくリヴィアに口づけた。
幸い周囲に人影はなく、アルトもいなくなった後だったが、リヴィアは一瞬にして顔を赤くする。
「ば、こ、こんなところで」
「まだ俺をルイスだなんて言うからです」
「す、すまなかったよ……」
ふふんと得意げに笑うクラウディオを見上げ、リヴィアはううと眉を寄せる。
するとアルトと入れ替わるようにして、第二騎士団の一人が二人の前に現れた。クラウディオの元に駆け寄ると、一枚の書類を読み上げる。
「クラウディオ様。先日の発案について、諮問機関から意見を聞きたいと――」
「ああ、それなら――」
聞いて良いものか分からず、リヴィアはそっと視線を地面に落とす。するとその会話の中に『レガロ』という名前が聞こえ、驚いたように顔を上げた。
やがて戻っていく騎士を見送った後、恐る恐るクラウディオに問いかける。
「聞いてしまってすまない、今のはレガロの話か?」
「はい」
そう言うとクラウディオは、以前レガロにした提案をリヴィアにも伝えた。
最初は不安げに聞いていたリヴィアだったが、次第に安堵と喜びに満ちた顔つきに変わっていく。それを見ていたクラウディオもまた微笑み、やがて右手をリヴィアに差し出した。
「――では、正門までお送りいたします」
「ああ」
リヴィアもまた、慣れた様子で彼の手を握る。
美しい橙色の夕焼けの下、二人はともに新しい一歩を踏み出した。
(了)
一ヵ月半にわたる更新にお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
次は新しい物語、またはどれかの物語の続きでお会い出来たら幸いです。







