第四章 8
「あ、あの、ど、どういう……」
「すまない。本当はもっと早く自分の気持ちに気づいていたんだが……恥ずかしくて、なかなか言い出すことが出来なかった。でももうそんなのはいい。私はもっと、クラウディオの傍にいたい」
「ちょ、ちょっと待ってください! そ、それなら俺からも、……う、……血の流れが、気持ち悪い……」
「だ、大丈夫か⁉」
頭に血が巡り、流れが乱れたのだろうか。クラウディオは途端に顔色を悪くした。その様子を見てリヴィアは慌てて止血の処置を施す。
その間、捕らえられた革命軍や傷ついた騎士らも順次運び出されており、ようやく事件は終わりの様相を呈していた。
やがて不機嫌そうな顔つきを全開にして、ラウルが二人の元に現れる。
「……お前たち、一体何してる」
「ラ、ラウル、すまない、これは、その」
どこか挙動不審な二人を前に、ラウルははあと息をついた。何だか恥ずかしくなったリヴィアは、誤魔化すかのように尋ねる。
「そ、そういえば、伝令が来て戻ったと言っていたが、一体誰からだったんだ?」
「ああ、それは――」
すると騒動の収束を察してか、礼拝堂の奥からゆっくりと人影が近づいて来た。
三人――クラウディオは起き上がることが出来ないので、リヴィアとラウルの二人は慌てて床に跪く。そこに現れたのは普段と変わらぬ様子の国王陛下と王妃だった。
静かに頭を下げる王妃を残し、陛下が静かに前に歩み出る。
「ラウル殿、クラウディオ殿、そしてリヴィア殿。本当に助かりました。改めてお礼を申し上げます」
「……とんでもございません。陛下の御身を危険に晒してしまい、本当に申し訳ございませんでした。……これらはすべてわたくしの浅慮が招いた事態です。この処罰はいかなるものでもお受けいたします」
「へ、陛下、わたくしも、私情で王都を離れたという罪がございます! ラウル殿に罰をお与えになるというのであれば、わたくしにも相応の処分をいただきたい」
「ち、違います! クラウディオは私を助けようとしただけで、……陛下、どうか私にもしかるべき罰を!」
「まあまあ、落ち着きなさい。特にクラウディオ殿、起き上がることも出来ない満身創痍の状態で、随分と無理をいいなさる」
「も、申し訳ございません……」
「あなた方を罪に問うつもりは毛頭ない。実際、君たちのおかげで私はこうして生き延びることが出来たのですから。それに今回の騒動のおかげで、革命軍の残党も大部分は捕縛出来たのではないかな」
「陛下……」
「本当によくやってくれた。どうかこれからも、この国を守っていただけますかな」
穏やかに微笑む陛下に向けて、リヴィアとラウルはすぐさま頭を下げた。
気取らない優しい口調なのに、一音一音がとてつもなく重厚に感じられる。これが上に立つ者の風格か、とリヴィアは密かに息を吞んだ。
それでは行こうか、と陛下が二人に頭を上げるように促す。だがその時リヴィアたちの背後で、ぎゃあという騎士たちの悲鳴が上がった。
「サルトル、貴様‼」
「陛下! お逃げください!」
(――⁉)
リヴィアは弾かれたように振り返る。
すると取り押さえられていたはずのサルトルが、血を流しながらこちらに駆け寄って来ていた。その手にはレガロが手落としたナイフが握られており、その猛然とした勢いと信じられない光景に、リヴィアはほんの一瞬だけ反応が遅れてしまう。
ラウルも同様で、剣の柄に手を伸ばしていたものの、抜き去るまでにサルトルがこちらに到達してしまう――とリヴィアは目を見張った。
その予測通り、サルトルは恐ろしい形相のまま陛下めがけて一直線に距離を詰める。その目は完全に正気を失っており、かつての皇帝であった品位は微塵もなかった。
「わたしの、国を、――返せえええッ‼」
(陛下……!)
リヴィアはぐっと足裏に力を込めると、そのまま陛下の前に身を投げ出そうとする。
だがそんなリヴィアの前に、別の人影が素早く進み出た。突進してくるサルトルに向き直ると、その人物は「ふんッ!」と力強く鼻息を吐き出す。
次の瞬間――その人物はサルトルの腕を絡めとると、そのまま床に体を投げ落とした。手首をがっしりと掴まれ、サルトルはあまりの痛みに、たまらずナイフを取り落とす。
暴れるサルトルをたやすく地面に縫い付けるその人物を見て、騎士団長の二人が揃って声を上げた。
「王妃殿下⁉」
「まったく、油断も隙もないな」
たくましい上腕二頭筋に血管を浮かび上がらせながら、元将軍の王妃殿下が、サルトルを完全に拘束していた。
少々やりすぎたのか、いつの間にか気絶してしまったサルトルを組み敷いたまま、王妃はにっかりと明朗に笑う。
「お前たち、よくやった」
「お、王妃殿下……さすが、お強いですね……」
事情を知っているリヴィアは苦笑しながら、よく分からない感想を述べる。その一方、クラウディオとラウルは王妃の姿を見て、面白いほど硬直していた。
やがてそれぞれが恐ろしいとばかりに口を震わせる。
「しょ、将軍……え、王妃殿下……?」
「バ、バルデス閣下、ですよね? え? 女装……えっ?」
驚きに口が塞がらない二人を見て、リヴィアは額を押さえた。そんな二人を前に「ようやく分かったか」と王妃殿下ははっはと得意げに笑っている。
国王陛下に至っては、強すぎる王妃に何の疑問も持っていないのか、混乱に陥ったこの現場を楽しんでいるようですらあった。
(もしや将軍は、二人のこの反応が見たかっただけなのでは……)
これだけの現場に巻き込まれながらも、陛下が穏やかでいられた理由。
それはきっと、この最強の護衛を誰よりも信頼していたからかもしれない、とリヴィアは静かに目を細めた。







