第四章 7
「まったく。王都に危険を呼び込むなど、騎士の風上にも置けん」
「何故だ! 貴様の領地から戻るには、時間が……」
「道中、伝令が届いたのだ。実家の脅迫は偽物。早急に王都へと帰還しろ、とな」
「誰がそのような……」
「貴様は知らなくていいことだ」
そう呟くと、ラウルは剣を振りかざした。
サルトルもすぐに銃を構えるが、近すぎて照準が合わせられないのだろう、躱すだけで精いっぱいのようだ。一方ラウルの剣術は見事なもので、圧倒的な力の差を前にリヴィアはようやく希望を見出す。
やがてラウルが鋭い声でリヴィアたちに指示した。
「陛下たちの様子を!」
「わかった!」
最奥に隠れている陛下たちを探すため、リヴィアはそちらに向かって走り出す。するとそれを見たサルトルが、憤怒の形相で絶叫した。
「させん!」
斬撃のわずかな隙を狙って、サルトルはするりと身を躱すと、そのままリヴィアめがけて走り出した。
ラウルも慌てて追いかけるが、一瞬の反応の遅れか僅差で距離が縮められない。
「リヴィア、避けろ!」
「――!」
ラウルの大声にリヴィアはすぐに振り返った。
すると一直線上に、リヴィアに向けて銃口を構えるサルトルの姿があり、まずい、と本能が警鐘を打ち鳴らす。
あまりに一瞬の出来事に、リヴィアはただ大きく目を見開いた。
(――!)
視界が急速に狭まり、真っ白になる。
まるで時間が止まったかのような不思議な感覚に、リヴィアは死の間際に見るという夢を思い出した。
ベアトリスの時にも見たのだろうか、覚えていない。
(だめだ、撃たれ――)
だがバァン、という破裂音は、リヴィアの前方で何かにぶつかり弾け飛んだ。途端に周りの景色や匂いが戻って来て、リヴィアは一体何が起きたとすばやく瞬く。
その眼前には――リヴィアを庇うようにして、身を投げ出したクラウディオの姿があった。
「――クラウディオ‼」
状況を理解したリヴィアは、慌ててクラウディオの元に駆け寄ろうとした。だがその視界の端で再びサルトルが腕を上げるのが見え、瞬時に優先順位を入れ替える。
(違う。ここで私が走っても奴に撃たれて終わりだ)
リヴィアは素早く周囲を確認する。
すると傍らにレガロが捨てた銃が落ちていた。リヴィアは迷うことなくそれを拾い上げると、サルトルに向けて真っ直ぐ構える。
(――撃てるのか、私に)
ベアトリスが知らぬ新しい武器。
幸い騎士団で使っている銃と同じものだったので、持ち方だけはくしくもサルトルから習っていた。
だが実弾を撃ったことは一度としてなく、リヴィアはもしも失敗したらという、絶望的な不安に襲われる。
しかし目の前で倒れ込むクラウディオを見て、すぐに雑念を振り払った。
(撃てるかではない。……撃つんだ!)
リヴィアは短く息を吐き出すと、照準を改めてサルトルに合わせる。彼もまたリヴィアに向けてただならぬ剣幕を向けており、リヴィアはその恐怖に呑み込まれぬよう、静かに肩の力を抜いた。
ひたり、と体が固定される。
そして次の瞬間、力の限り引き金を引き絞った。
「――ッ‼」
全身が吹き飛んでしまうのではないか、と思えるほどの衝撃と、猛烈な爆音が耳をつんざいた。びりびりと震える手の痺れを払いつつ、独特の匂いがする硝煙の向こう側にサルトルの姿を探す。
すると彼は銃を取り落とし、その右肩を手で押さえつけているところだった。
「貴様、……よくも……‼」
「リヴィア、よくやった!」
すぐさまラウルがサルトルに掴みかかり、その場で床に組み倒す。サルトルの身動きが取れなくなったことを確認して、リヴィアはクラウディオの元に駆け寄った。
「クラウディオ!」
サルトルの銃弾はクラウディオの腕に当たったらしく、その周辺部がどす黒い血に染まっていた。あまりの惨状にリヴィアが言葉を失っていると、クラウディオが弱々しく微笑む。
「リヴィア様……お見事でした……」
「クラウディオ⁉ 無事なのか⁉」
「幸いかすめただけなので、出血は派手ですが命には別状なさそうです」
「そ、そうか……」
穏やかなクラウディオの声色に、リヴィアは急に体の力が抜けていくのが分かった。仰向けに横たわっているクラウディオの傍にへたり込むと、そっと彼の手を握りしめる。
驚いたクラウディオが視線を上げると――リヴィアの目からは、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちていた。
「良かった……」
「リ、リヴィア様?」
「私はまた、お前を失ってしまうのではないかと、思って……」
「……」
「頼むから……もう私を庇ったりしないでくれ……。私はもう、お前が私の目の前で死ぬのを、見たくないんだ……」
きらきらとした透明な雫が、クラウディオの胸元にガラス玉のように転がっていく。その光景を黙ったまま見つめていたクラウディオだったが、掴まれていた手を軽く振りほどくと、恭しくリヴィアの頬に指を伸ばした。
「それは、無理なお願いですね」
「……?」
「俺は、何度だってあなたの盾になります。ルイスだった時も、今の俺も、これからずっと先の未来でだって、俺は十回でも、百回でも、あなたを守ります」
「どうして……」
「だから言ってるじゃないですか。俺は、あなたが好きなんです。二百五十年前からずうっと、あなたのことが好きなんですよ」
クラウディオの長い指が、リヴィアの涙を優しく拭う。
ようやく少しだけ落ち着いたリヴィアが、涙のついた睫毛をしばたかせると、クラウディオもまた安堵したように柔らかく笑った。
その表情を見た途端、リヴィアの中から愛しさと言葉が溢れ出てくる。
「……クラウディオ、あの時は君から言わせてしまったが、今度は私から言うよ」
「リヴィア様?」
「――君が好きだ。どうか私と……結婚してほしい」
突然の告白に、クラウディオは最初理解が出来ていないようだった。だがそれがリヴィアからのプロポーズだと分かると、一気に顔を赤くする。







