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第四章 6




 イリア帝国は、内部で起きた反乱によってその治世を終えた。その際に反乱軍を指揮統率した貴族たちが、現在の宗主となっている。

 つまりサルトル――ヘルフリートにとって、今の国王陛下は自分たちの国を奪った犯人の子孫、というわけだ。


「あいつらを排除して、わたしは再びイリア帝国を復活させる。そのために革命軍に手を貸した。少々予定は狂いましたが、おかげで本懐を果たせそうです」

「帝国はとうに滅んだ。現実を見ろ」

「いいえ、生きています。わたしの中にはね」


 恭しく胸に手を当てるサルトルを見て、リヴィアはいよいよ我慢の限界だった。

 ヘルフリート。

 鷲のザインを持つ男。

 それはつまり――ベアトリスたちの命を奪った、その司令官ということだ。


「ならば、私にも貴様と戦う理由があるな」

「ほう? それは一体」

「忘れもしない。ゾアナ渓谷で、私の隊はお前の兵によって殺された!」


 強い怒りをむき出しにしたリヴィアに対し、サルトルはまるでお茶会の約束を忘れていた、という程度の感傷でああと零す。


「そういえば、そんなこともありましたね。あの時は父上があまりに戦い方が下手で……ついわたしが手助けをして差し上げたんでした」

「手助け、だと?」

「そこらで拾って来た野良犬に餌をちらつかせて、『取ってこい』をさせたんですよ。まあその後口封じされるという頭は回らなかったようですが」

(こいつ……兵士たちを何だと思っているんだ……!)


 幼さゆえの残虐さか。

 かのヘルフリートは当時八歳という幼さにも拘わらず、人を駒として利用し、捨てることに長けすぎていた。

 なおかつ自身は戦線に姿すら見せず、安全な場所でほくそ笑むという狡猾さ。人心をあまりに鑑みぬ思考に、いよいよリヴィアは怒りが抑えきれなくなっていく。

 しかし無情にも、サルトルは再びリヴィアに照準を合わせた。

 たおやかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと引き金を引いていく。


「さあ、そろそろ終わりにしましょう」

「――ッ」

「また来世で、会えるといいですね」


 カチリという装填の音に、リヴィアはたまらず目を瞑った。

 すると想像より早く爆発音がし、リヴィアはうっと身をすくめる。だが痛みどころか体を撃ち抜かれた様子もなく、恐る恐る顔を上げた。

 先ほどまでこちらを向いていたはずの銃口が――何故かレガロの方を向いていた。そのレガロもまた、サルトルに銃を向けており、細くたなびく硝煙から彼がサルトルに向けて発砲したのが分かる。


「――レガロ? 何を考えているのです」

「なるほどねー。……アンタだったわけかぁ」


 にた、と口角を押し上げるような笑い方をしたレガロは、続けて発砲した。バァン、と耳を塞ぎたくなるような銃声が空気を震わせ、礼拝堂の床が削れる。


「あーやっぱこんだけ距離あると難しいか」

「……寝返るつもりですか? わたしからあれだけの援助を受けておきながら」

「まーそれには感謝してるけど、元々アンタと手を組んだのはリーダーなわけで、俺はそんなに好きじゃないし……つーかついさっき、嫌いになったとこ」


 レガロは手にしていた銃を投げ捨てると、すばやくサルトルに向かって駆けだした。目を見開いたサルトルが発砲するが、移動が速すぎるのか、なかなか当たらない。

 やがてレガロは懐からナイフを取り出すと、サルトルめがけて大きく振りかぶった。


「よくもオレを殺してくれたな」

「な、何の話をしているのです⁉ お前は王族が嫌いで、革命軍に入ったんじゃ……」

「王族は嫌いだよ。でも――オレを騙して殺した奴は、それ以上に嫌いでねえ!」


 サルトルはとっさにもう一方の手で握っていた剣を盾にし、ナイフを受け止める。ぎゃいん、という嫌な金属の音がし、リヴィアは思わず奥歯を噛みしめた。


「待ちなさい、今ここで仲間割れしてどうするのです!」

「うるっせえよ。お前に付けられたこの傷のせいで、オレがこっちでどんな目に遭ったか分かってんのかよ」

「き、傷……?」

「アンタが指示したんだろう? 『野良犬の顔を消せ』ってなあ。おかげで生まれ変わってもこんな目立つところに痣が出来ちゃってさ。小さい頃は悲惨だったよ、ホント」

「ま、まさか、お前……」

「オレもいたんだよ、そのゾアナ渓谷。……お前が首謀者だったんだな」

「……ッ!」


 レガロのナイフ捌きはすさまじく、剣を片手でしか扱えないサルトルは、徐々に押されていた。その光景を前にリヴィアは「いくなら今しかない」と自身の拘束を振りほどこうとする。

 すると大した抵抗もなく、背後にいた革命軍の男が倒れ込んだ。驚き振り返ると、レガロの狙いから解放されたクラウディオが、こっそりと助けに来ている。


「リヴィア様、怪我は」

「問題ない。それより、陛下たちを早く――」


 だが再び放たれた筒音に、リヴィアたちはびくりと肩を震わせた。慌てて振り返ると、サルトルが銃を構え、レガロの肩を撃ち抜いた瞬間が目に飛び込んで来る。


「――っ、」

「わたしの邪魔を、するなッ!」


 続けざまにもう一発。

 既に真っ赤な血で染まっていたレガロの腕から、なおも血が噴き出した。 だがレガロはにたりとした笑いを浮かべると、なおもナイフを手にサルトルに立ち向かう。


「ぜってぇ許さねえ……オレも、オレの仲間たちも、ぐちゃぐちゃにしやがって……」

「く、来るな! 死にぞこないが!」

「死人にだって、口はあんだよ!」


 レガロが突き立てようとしたナイフを、サルトルが剣で必死に弾き飛ばす。しゅるる、と磨き上げられた床をナイフが滑って行くが、レガロはそれには目もくれず、そのまま素手で殴りかかった。

 懸命に躱すサルトルに向けて、今度は長い足を蹴り上げて頭を狙う。


「うらァ!」

「黙れ駄犬が!」


 しかし激昂したサルトルが銃を向け、レガロの足を正確に射貫いた。レガロはいよいよバランスを崩し、その場に倒れ込む。

 立ち上がることすら出来なくなったのを確認し、サルトルはようやく先ほどのような微笑みを滲ませた。


「まったく……どうしてこのわたしが、……こんな泥臭い戦い方をしなければならないのか……」


 やれやれ、とばかりに乱れた髪を整えると、サルトルは再びリヴィア達に視線を向ける。

 そこにいるのは穏やかだったかつての副団長ではなく――怨恨の炎に身を焼かれた亡国の皇帝、ヘルフリートだった。


「さあリヴィア様、クラウディオ様」

「――っ」


 だがその直後、礼拝堂の扉がけたたましい音を立てて破壊された。リヴィアが慌ててそちらを仰ぎ見ると、そこには領地へ戻ったはずのラウル――第一騎士団が立っている。


「革命軍を捕らえろ! サルトルもだ」

「はっ!」


 先頭のラウルは堂々と腕を伸ばし、背後の騎士たちへと命令した。

 普段は頼りなく見えていた第一騎士団だったが、ラウルという統率役のおかげか、驚くほど俊敏に行動を開始する。残されていた革命軍たちは見る間に拘束され、傷ついた騎士たちを救出していった。

 そしてラウルもまたゆっくりと足を進め、唖然とするサルトルに向けて剣を構える。



 

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