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第四章 4



 だがレガロの戦闘能力は高く、やすやすと弾かれてしまう。しかし激情に駆られたリヴィアは、手を止めることなく何度も剣をふるった。


「貴様が! 内通者だったのか!」

「あれ、もしかして軍に知り合いがいた? だとしたらごめんね。もう二度としないからさあ」

「そのような言葉、よく口に出来たものだ! 貴様は私がこの手で――」

「だからごめんって。その罰はちゃんと前世に受けたからさ」

「何をしゃあしゃあと……!」

「だってオレ、その後帝国軍に殺されたんだもん」


 がきん、と鋼がぶつかり合う音を最後に、リヴィアの手がぴたりと止まった。レガロも反応したのか、鏡合わせのように制止する。


「――どういうことだ?」

「騙されてたってわけ。あいつらはゾアナでロランド軍を罠に嵌めた後、援護に行っていたオレたちも皆殺しにした。顔が分からないよう、こうしてね」


 そう言いながらレガロは、自身の顔についていた横一文字の痣をなぞった。その意味を悟った瞬間、リヴィアの背筋に恐ろしいほどの寒気が走る。

 だがその目を覚まさせるかのように、クラウディオが二人の間に割り入った。


「リヴィア様! 下がってください!」

「クラウディオ!」

「今のこいつは革命軍です。貴方を攫ったのも、おそらくこいつらの仕業で――」

「ええ? 違うよ。オレにはそんな暇なかったし」

「黙れ! 俺が相手をしてやる!」


 怒声をあげながら、クラウディオが剣の切っ先を向けた。レガロもさすがに分が悪いと判断したのか、器用に身を捩って躱すと距離をとって対峙する。

 どうやらその他の革命軍はあらかた戦意を失っているようだったが、レガロの実力だけが段違いで、全てを圧倒するようなただならぬ迫力に満ち溢れていた。そのせいか、周囲は二人の戦いにどう割って入るべきかと手をこまねいている。

 リヴィアもまたそんなクラウディオの背中を見つめながら、同時にわずかに生じた違和感に意識を向けた。


(レガロが内通者だった。そして私と同じ、ゾアナの戦いにいた……だが彼もまた帝国に裏切られ、命を落としたという……)


 心の奥底にしまっていた、ベアトリスの最期の記憶を呼び起こす。


 今はその名すら失われたという、ゾアナ渓谷。

 帝国の罠にはめられたベアトリスたちの前に、見知らぬ敵兵が姿を見せた。


 挟み撃ちにされたベアトリス軍は壊滅。

 単騎で森まで逃げ込み、そこで二人と一頭は命を落とした。


(その後、レガロたち傭兵団を殺害……それがすべて帝国の作戦だった……?)


 だがリヴィアは、違う、と息を吞む。


(あの時……私は帝国の紋章も旗も見ていない。今までの敵兵たちは皆、その武器に紋章を刻んでいたというのに……)


 何か大きな思い違いをしている、とリヴィアは体中の毛が逆立つような違和感に襲われていた。何だ。私があの時見たものは。

 そうだ、鷲の――『ザイン』


(あれは帝国の軍ではない。……ヘルフリートの私兵だったんだ!)


 幼いからと真っ先に除外していた。

 だが本当は、齢八歳でしかないヘルフリートがレガロたちを操り、ベアトリスたちの軍を殺戮したのだとすれば。


(レガロたちも我々と同じ被害者だった……。くそ、わけが分からない! それに何だ……この()()()()()()()()は!)


 誘拐されてから、ずっと頭の片隅の残っている不整合感。だがリヴィアがその正体を探し当てる前に、眼前で戦っていたクラウディオが態勢を崩した。

 まずい、とリヴィアは反射的に助けに入ろうとした――が、レガロの手に握られている物を見てすぐに足を止める。


「それは……」

「もしかして初めて見る? 銃ってさ、こんな小さいなりで剣の数倍の威力があるらしいよ。この距離から心臓を撃てば一発だろうね」

「リヴィア様、離れてください!」


 するとレガロは銃口をクラウディオに向けたまま、リヴィアの前に立ちはだかった。退こうとするリヴィアの頸をもう一方の手でつかみあげると、そのままぎりぎりと気道を締め付ける。


「ッ……あ、……」

「そんなわけでオレは、王族ってやつが大っ嫌いなんだ。キミには悪いけど、ここで死んでもらうね。心配しなくても、ここにいる全員そうさせてもらうし」

「リヴィア様‼」


 全身の血液が沸騰しそうなほど滾り、リヴィアの脳内は真っ白になる。ここまで来て、と意識を失いかける一瞬、ずっと引っかかっていた違和感の正体にたどり着いた。

 喉に触れるレガロの節くれた手。

 固く変質した肌。


(――そうだ、あの時の手が……違ったんだ)


 ルメンゾーラでリヴィアを襲った男。

 その硬い指先の感触に、リヴィアはてっきりレガロや革命軍の誰かだと思っていた。だが今触れているレガロのものとは全く違う。


(あれは、剣を持つ者の手じゃない……)


 剣を握り続けていると、手の特定の場所にタコが出来る。俗にいう『剣ダコ』だ。

 鍛錬を繰り返すことにより、皮膚の防御反応として厚くなるもので、かつてのベアトリスも今のリヴィアも同じように痛みを覚えたもの。

 あと少し――とリヴィアは答えにたどり着きそうだったが、レガロが力を強めたことで一気に朧げになった。

 だが次の瞬間リヴィアの体ががくんと揺れ、そのまま強く床に投げ出される。


「リヴィア様、ご無事ですか!」

「サルトル……」


 見れば剣を握りしめたサルトルが、リヴィアの前に立っていた。レガロはその姿を黙って見つめていたが、特に動じた様子はない。


「ここは危険です。早くお逃げ下さ――」


 だがリヴィアは立ち上がりざまに、革で出来た籠手の上からサルトルの手を掴んだ。驚きに目を見張るサルトルをしっかりと睨みつける。


「お前か」

「リヴィア様⁉ こんな時に何を」

「私を攫ったのは、お前だったのか!」


 視界の端に、息を吞むクラウディオの姿が見えた。サルトルもまた突然の告発に目を見開いていたが、リヴィアは間違いないと確信する。


(そうだ……あれは剣ダコではない。『銃ダコ』だったんだ!)


 犯人の手に噛みついた時、硬くなった皮膚の位置に違和感があった。それもそのはず、剣を握る際につくタコと、銃を構える時につくタコでは出来る場所が違う。

 実際、以前サルトルの手を見た時に、妙な位置が硬くなっているなと不思議に思った覚えがあった。


「お待ちくださいリヴィア様。確かに貴方が誘拐されたというお話は、クラウディオ様からお聞きしました。ですが、その犯人がわたし?」

「犯人の手には銃ダコがあった。お前の手と同じだ」

「銃の訓練を多く積んでいる者であれば、皆同じような手になります。それだけでわたしを糾弾するのはいささか――」

「では手袋を取ってみろ。犯人なら、私の噛み痕が残っているはずだ」


 するとサルトルはしばし押し黙り――やがて、ふふ、とかすかな笑みを零した。突然の奇行に、リヴィアをはじめとした騎士団の面々に動揺が広がる。

 やがてサルトルは籠手とその下にある手袋を外した。

 指の長い男性らしい手――その中程に、くっきりとした歯型が残っている。


「まったく……とんだじゃじゃ馬でしたね」

「貴様、どういうことだ!」

「当然、こういうことです」


 するとリヴィアの背後で騎士たちがなぎ倒された。振り返るよりも先にリヴィアは全身を拘束され、首元にひやりとした刃の感触が伝う。

 恐る恐る身を捩って後ろを見ると、そこには先ほどまでサルトルと戦っていたはずの革命軍の男がいた。


 サルトルは籠手を床に落とすと、ゆっくりとレガロの傍に歩み寄る。だがレガロは戦うそぶりも見せず、ただ呆れたように目を細めた。


 


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