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第四章 2



「リ、リヴィア様⁉」


 急げ、とリヴィアは急き立てるようにクラウディオをアルヴィスの背に乗せた。突然のことに事態が掴めていないクラウディオをよそに、はっという威勢のいい掛け声と共にリヴィアはアルヴィスを走らせる。

 速度は一気に上がっていき、王都へ続く道を全力で疾駆するアルヴィスの背で、クラウディオが大きく叫んだ。


「リヴィア様! 俺が狙いというのは一体どういう意味ですか?」

「一昨日の夜ルメンゾーラで、革命軍が王都で暴動を起こそうとしている計画を聞いた。お前が受け取った脅迫状は、騎士団長を王都から排除する狙いがあったんだ!」


 リヴィアを捕らえたのは、レガロたちの仲間に間違いないだろう。

 だが計画を聞かれたという理由で拘束するのであれば、いちいちクラウディオに伝える必要はないはずだ。


(つまり彼らはわざとクラウディオに知らせた……おそらく王都への襲撃を開始する際、一時的に騎士団長を不在にさせるため……)


 リヴィアの身に危険が迫っているとなれば、クラウディオは自ら助けに向かうだろう。その際ルメンゾーラと逆に位置するゾアナ渓谷に向かわせることによって、大幅な時間稼ぎが可能となる。

 となると、ラウルの家に出されたという怪文書も同じ動機だろう。


(どちらも、騎士団長を陛下の元から離れさせる作戦か……)


 一つ気になるのは、リヴィアとクラウディオの関係を知っている者は、限られた人間だということだ。

 パーティーに出ていた貴族や、ラウルの周囲には知れ渡っているだろうが、騎士団のみんなや食堂の女性陣、厩番たちは知らないはず。


「クラウディオ! 王都を発ったのはいつ頃だ?」

「昨日の夕方にアルヴィスが戻って来たので、それからすぐです!」

(まずい……丸一日経過している……)


 二日後の決行が確かなものだとすれば、革命軍は昨日の夜には王都に潜伏しているに違いない。幸い今は明け方。アルヴィスの足であれば、暴動が起きる前に戻れるかもしれない。


「急ぐぞ! 陛下が危ない!」


 リヴィアが叫ぶと、アルヴィスが気合を入れ直すかのように、高く飛び上がった。すると後ろに座っていたクラウディオがあわやバランスを崩しかけてしまい、アルヴィスを恨めしく睨みつけている。


「お前、リヴィア様を探しに行くときは素直に乗せてくれたのに、何か態度が違いすぎないか⁉」

「アルヴィス頼む、お前の足じゃないと間に合わないんだ」


 リヴィアの懇願を聞き、アルヴィスはしばらく押し黙っていたが、やがて荒々しく速度を押し上げた。




 白んでいた空が、次第に青色に色づいていく。

 肺に吸い込まれて行く澄んだ空気とは裏腹に、眼前にそびえたつ王都の外壁はどこか恐ろしい予感をたたえていた。するとその懸念を現実のものとするかのように、一筋の煙が昇り立つ。


「――ッ!」


 最後の一押しとばかりに、リヴィアはアルヴィスに加速を促した。人馬一体となった猛烈な速度で市門へと向かう。

 普段なら番人がいるはずのそこには誰の姿もなく、リヴィアは目の前に広がる光景に絶句した。


(間に合わなかった……!)


 市街地で起きる爆発音。中央の大通りでは、武装した男たちが市民を襲っていた。リヴィアはすぐにその場に駆け寄ると、そのまま勢いよく馬上から飛び降りる。

 武装した男はリヴィアの下敷きになり、ぐえと気絶した。


「リヴィア様!」


 クラウディオは慌ててアルヴィスの手綱を引くと、リヴィアの傍へと降り立った。すると近くにいた第二騎士団の一人がそれに気づき、焦燥した様子で駆け寄ってくる。


「クラウディオ様! 今朝未明に、突然敵襲が!」

「革命軍だ。陛下の元には誰が向かっている」

「おそらく副団長のサルトル様が……ただ第一騎士団は半数しかおらず、我々だけではとても手が足りません!」

「泣き言を口にするな! 何があっても陛下をお守りするんだ!」


 騒ぎを聞きつけたのか、市街地で戦闘していた騎士たちが次第に集合し始めた。それを見たクラウディオは、すばやくリヴィアを振り返る。


「俺は王宮に向かいます。リヴィア様は」

「……街をこのままにしてはおけない、少し兵を借りていいか」


 は、とクラウディオは短く返事をすると、残っている兵たちに指示を出した。馬に乗り王城へと向かうクラウディオの背を見送ると、リヴィアはふうーっと深く息を吐き出す。


(思い出せ……戦い方を。守り方を。……今度は絶対に、誰も死なせはしない!)


 リヴィアは近くに転がっていた長剣を拾い上げると、颯爽とアルヴィスに跨った。長い白銀の髪を風になびかせながら、立ち尽くす騎士たちに向かって呼号する。

 その姿はまさに『ロランドの戦乙女』の再臨だった。


「私はリヴィア・レイラ! 今ひと時でいい、貴公らの力を借り受けたい!」

「リヴィア、ちゃん……?」

「何故、こんなところに……」


 当然、騎士団員の中にはわずかな動揺が走った。だがその疑問をかき消すように、かつての仲間たちが大きな声で呼応する。


「隊長! ご指示を!」

「今度は負けません!」

「また一緒に戦えるなんて、夢みたいです!」


 一際賑やかな三人に視線を向けた後、リヴィアはこくりと息を吞み込んだ。するとその反応を見た騎士たちもまた、リヴィアがただの令嬢ではないという気配を察する。

 やがてクラウディオの指示を受けた団員たちから話が広がり、市街地を守っていた騎士たちは広場に集結した。


「左右中央の三手に別れて市街を縦断しろ。西側にある貧民街には奴らのアジトがあるから、そこは一番に制圧しておけ。背後を取られぬよう常に三人一組で行動、市民の保護が最優先だ。私の前から二列は王立病院の護衛に。傷ついた市民はそこに集めろ!」


 次々と出される指示に、少し前まで戸惑っていたはずの騎士たちもすぐに行動を開始した。どうやら効率的な方法であると理解してもらえたようだ。

 騎士たちが散開するのを見届けると、リヴィアもまたアルヴィスとともに市街地を駆け抜ける。


 行く先々で市民を逃がし、革命軍と思しき男たちに剣を向けた。以前は目も当てられなかった拙い剣術が、クラウディオやサルトルの指導のおかげか、並の男であれば対峙出来るまでにリヴィアは成長している。


(暴動はまだ始まったばかりのようだ。このまま抑えたい……!)


 襲ってくる男を返り討ちにして気絶させた後、リヴィアは物陰に隠れていた子どもを助け出そうとした。だが背後から突如黒い影が重なり、慌てて構えを取ろうと振り返る。

 その直後、ゴワン、という歪曲した音がしたかと思うと、背後にいた男がばたりと倒れ込んだ。一体何が起きた、と目をしばたかせていたリヴィアは、その正体を知って目を見張る。


「せ、先輩方……」

「リヴィアちゃん! 大丈夫かい⁉」


 そこにいたのは、騎士団の食堂で働いていたご婦人方であった。その手には立派な鉄鍋が握られており、昏倒した男を見てあっはっはと笑う。


「情けないねえ、あたしたちはいつもこんな鍋を振り回してんだ! 女の腕っぷしを舐めるんじゃないよ!」

「あ、ありがとう、ございます……」

「なにいってんだい、あんただって立派に戦っていたじゃないか。あたしらはあんたを見て、勇気をもらっただけだよ」


 きょとんとするリヴィアを前に、食堂の先輩方は力強く拳を握った。


「寝起きに騒動なんて起こすから何ごとかと思ってたけど……革命軍なら容赦はいらないね!」

「いまうちの旦那が、戦える男を集めてるから!」

「この辺りは私たちに任せな!」

「どうか、他の区域の人を助けてあげて」

「……すみません、お願いします!」


 リヴィアの言葉を受けて、手に鍋や麺棒を持った奥様たちは力強く笑った。リヴィアはじんわりとした暖かさを胸に感じながら、再びアルヴィスの背に飛び乗ると、北側へと駆けあがる。


(次はどこだ? 敵が狙うとすれば――)


 だが突如、近くの通りで大きな破裂音が響き渡った。

 リヴィアが急いで馬首を巡らせると、半壊した店の傍に多くの怪我人が倒れている。リヴィアはすぐに馬から下りると、彼らの元にしゃがみ込んだ。



 

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