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第三章 6




 ――いよいよ解決策が思いつかなかったリヴィアは、咄嗟に『三人で出席すればいい』と提案してしまったのだ。


 もちろん双方から不満の声が上がったものの、パーティーに遅刻する方がまずいとリヴィアが主張し続けた結果、不承不承ながらも従ってくれた。

 だが今度はどちらの馬車で行くかでもめ、両者譲らなかったため、こうした窮屈な状態に陥っている、という顛末である。


 馬車は不自然に後ろに重心をかけたまま、ガラガラと王宮への道をひた走った。正門にかけられた跳ね橋を潜り抜け、正面にある大ホールへと向かう。

 やがてゆっくりと馬の脚が止まったかと思うと、外から御者が扉を開けた。


「レイラ卿名代、レディ・リヴィア。同じくクラウディオ・ランディア卿。ラウル・オルランド卿のご到着です」


 入口に控えていた門番に名を呼ばれ、リヴィアは静かに足を進める。会場に向かうため中庭を歩いていると、あちらこちらから熱い視線を感じた。


(まあ、目立つよな……潜入任務なら一発でアウトだぞ)


 今夜のリヴィアたちはまさに、パーティーの注目の的だった。

 中央を歩くは、二つの公爵家から求婚されているという噂の伯爵令嬢。成人を迎えたばかりだというのに洗練された色合いの衣装と宝飾品。そして凛々しい美貌には清楚ながらも秘めた芯の強さを感じさせる。

 そんな彼女の左右を固めるように、麗しい婚約者が肩を並べていた。


 一人は艶やかな黒髪に黒の騎士礼装を纏った、武人と名高いクラウディオ。そしてもう一人は柔らかい金の髪に白の騎士礼装を身に着けた、王子様そのもののラウル。

 どちらか一人だけでもただならぬ存在感を放つというのに、そんな二人が揃って付き従ってる様はまさに圧巻だった。


 実際、彼らを見る令嬢たちは完全に恋する乙女の目になっているし、それ以外にもひそひそと囁く姿が見て取れる。

 リヴィアが名代として参加すると聞き、どちらの婚約者をエスコート役として連れてくるか、賭けにでも興じていたのだろう。


(やはり、この提案は失敗だったか……)


 こうなれば少しでも陛下に早く目通しして、適当に区切りをつけて帰るしかない、とリヴィアは周囲に悟られないよう、少しずつ足を速めた。

 嫉妬や羨望の渦巻く中庭を何とか通過し、建物の中へと向かう。

 多くの貴族らが集う本会場には、巨大なシャンデリアがいくつかと、豪奢な枠に囲まれた窓が整然と並んでいた。部屋の中央奥は一段高くなっており、天幕の下がる玉座がしつらえられている。

 リヴィアたちも楚々とした態度でその前に立つと、恭しく礼を披露した。


「陛下。この度は素晴らしい祝いの席にお招き下さり、ありがとうございます」

「おお、リヴィア殿。それに次期公爵のお二人も。こうして揃うと実に目を引くねえ」

「きょ、恐縮です……」


 なんだか恥ずかしくなったリヴィアをよそに、クラウディオとラウルもそれぞれ挨拶を交わしていく。その間リヴィアは、そっと天幕の奥に目を向けた。

 陛下の隣には女性が二人。

 扇で隠していたためはっきりと顔は見えないが、成人の儀で見た背格好だったので、おそらく一方は王妃殿下だろう。ならばもう一人が今夜の主役である姪御殿ということか。

 クラウディオとラウルたちの話が盛り上がっているのを見越して、リヴィアは婚約が決まったという彼女に微笑みかける。


「改めまして、ご婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます。すみません、このように急にお呼びたてしてしまい」

「いえ。お相手はどちらの方で?」

「ここから遠く離れたイエンツィエという国の方です。距離があるので、輿入れのために早く出立しなければならなくて……それで、こんなに慌ただしくなってしまいましたの」

「イエンツィエ……聞いたことはありますが、何故そのような国に?」

「旅の途中で偶然知り合いまして……かねてより手紙でのやり取りは重ねていたのですが、ようやく互いに決心がついたといいますか」


 珍しい、とリヴィアはわずかに目を見開いた。

 リヴィアたちをはじめとした貴族たちもそうだが、王族に連なる者の結婚はおおよそが政略結婚だ。

 隣国との同盟関係を強めるためや、国内での結びつきを強固にするため名士へ嫁ぐ場合など、その時々によって輿入れ先は変わる。


 だが彼女の話を聞く限り、そうした計略ではなく、純粋な恋愛による婚姻のようだ。もちろん将来的にその国と取引をしたり、助力を求めたりすることも視野に入れているのだろうが、何にせよ稀なことには違いない。

 国王の直系ではなく、王妃の縁者というところも許された要因の一つと言えるだろう。


「それは僥倖ですね。長い道中、無事をお祈りしております」

「ありがとうございます。リヴィア様もどうか、幸せな結婚をなさってくださいね」

「私、ですか?」

「あんなに素敵な方たちですもの。迷ってしまうのは無理もありませんわ」

「……え、ええと、その」


 リヴィアの噂は当然のごとく、社交界にも筒抜けのようだ。

 途端にしどろもどろになるリヴィアに向けて、今宵の主役は「頑張って!」とばかりに可愛らしく拳を握った。






 目的であった陛下への挨拶を終え、リヴィアはようやく会場を後にした。もう帰りたいと全身全霊が訴えているが、その願いもむなしく、すぐに貴族たちに取り囲まれる。


「クラウディオ様、今日は御父上の代わりに?」

「はい。ここまでの移動が間に合わないから、王都にいる私が出るようにと言付かりまして」

「ラウル様、先日ご紹介いただいた商団の件ですが」

「ああ、あれでしたら――」

(私は、ここにいていいのだろうか……)


 案の定、彼らの目的は次期公爵である二人であり、リヴィアは頭上で溌溂と交わされる会話を聞きながら、居心地の悪さをひしひしと感じていた。

 もちろんこうなることを予測していたリヴィアは、事前に「あとは別行動にしよう」と手のひらを向けて制していた。

 だが二人ともから却下され、このよく分からない現場に巻き込まれる羽目になったのだ。

 おまけに周りには男性だけでなく、年頃の令嬢の姿も多く見られた。彼女たちはクラウディオやラウルの端麗な姿に心を奪われていたが、時折リヴィアの方を鋭く睨む視線も混ぜてくる。


 ここルーベン王国は基本一夫一妻制。

 ふたりから求婚されているとはいえ、リヴィアが選ぶのは当然どちらか一人であり、もう一人はフリーの状態となる。

 その後釜を狙うべく、父親らからけしかけられているところもあるのだろう。


(だめだ……もう帰りたい……)


 策謀渦巻く貴族たちの会話に、ギラギラと己の魅力を伝えようとする令嬢たち。そのどろどろとした空気がリヴィアには耐えがたく、いますぐ部屋に戻って腕立て伏せか剣の素振りをしたい衝動に駆られていた。

 そうして一時間ほど経過したところで、いよいよ限界を迎えたリヴィアは、そろりそろりと囲いから逃げ出そうとする。


「リヴィア様、お待ちください」

「リヴィア、どうした」

(くっ、目ざとい!)


 だがリヴィアが少し不審な動きをしただけで、二人はすぐさま振り返った。

 同時に他の令嬢たちのただならぬ視線を感じたリヴィアは、ここで屈してはならないと必死に言い返す。


「す、少し席を外す。すぐに戻ってくるから、二人はここでゆっくりしていてくれ」

「でしたら俺も一緒に」

「じょ、女性しか行けないところなんだ。だから……」


 咄嗟についた嘘だったが、クラウディオとラウルは何かを察したのか、すぐに口を閉じた。すまない、と目で合図をしたリヴィアはそろそろとその場を離れる。


(っあー! 息が詰まる!)


 ようやく得られた開放感に、リヴィアはたまらず中庭を駆け出した。途中、あまりの人の多さに離れていた令息たちが、チャンスが出来たとばかりにリヴィアに話しかけようする。

 だがリヴィアの耳には届いておらず、実に軽やかな動きでそのまま姿を消した。




 

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