表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/52

第二章 5



「もしや注文が間違っていたか? すぐに正しいものを」

「ち、違うんです、リヴィア様。なんでもありません」

「ならいいが……」


 リヴィアはほっとした表情を浮かべると、三人の前に丼を置き、小さく笑みを残して立ち去った。その背に「リヴィアちゃんありがとー」と声をかけている三人の様子を見て、クラウディオは恨めしそうにじっと睨みつける。


「あの」

「うん? なんだ団長」

「さっき、リヴィア……『ちゃん』と、呼んでましたよね?」


 ああ、と前世でも快活だったイルザが笑う。


「最初は様って呼んでたんだけど、食堂のおばちゃんたちに驚かれてから、今後は普通に呼んでほしいって言われて」

「普通……」

「呼ぶとしたらそうだろ。今のベアトリス様は、俺たちよりずっと年下なわけだし」

「そ、それは、そうですが」

「……もしかして団長、ずっと様で呼んでるのか?」

「ほ、ほっといてください!」


 何やら旗色が悪くなりそうだと感じ取ったクラウディオは、空の丼を残し勢いよく立ち上がった。だがすぐ後ろにリヴィアが立っており、クラウディオを含めた全員がぎょっとする。


「リ、リヴィア様?」

「す、すまん。てっきり今日もおかわりをするのかと思って、その」


 恥ずかしそうにするその手には『肉肉丼・改[おかわり]』が携えられていた。硬直するクラウディオをよそに、リヴィアは照れたように苦笑する。


「じゃあ、午後からの仕事も頑張って――」

「いただきます」

「え?」

「ちょうど、おかわりを頼もうと思っていたところです」

「ほ、本当か? 無理はしていないか?」

「はい。全然大丈夫です」


 がらりと態度を変貌させ、穏やかな笑みを向けるクラウディオに、前世三人衆はにやにやと嬉しそうな視線を送っていた。






 激動の昼食時間が終わり、厨房の片付けも一段落(いちだんらく)した頃、女性陣はようやくほうと息をついた。


「はー今日も多かったわねー」

「リヴィアちゃんも、よく働いてくれて助かるわ」

「いえ、私はまだまだです。皆さんの働きには遠く及びません」

「まあ、そんなことないわよ」


 和気あいあいとした会話をしていると、一人の女性がリヴィアに問いかける。


「そう言えばリヴィアちゃん、もしかして団長さんと知り合いなの?」

「え、いえ、まあその、知り合いと言えば知り合いですが」

「やっぱり! リヴィアちゃんが入ってから毎日来てるでしょう? 頼むのもいっつもリヴィアちゃんが考えたメニューだし」

「そうそう。食堂でごはん食べてる騎士団長様なんて、あたし初めて見たわ」

「他の子もびっくりして、遠巻きに眺めてるわよねえ」

「普通は食べないのですか?」

「当たり前よう! あれくらいの貴族様になると、お城の料理人が作ったものを部屋で食べるって聞いたわよ」

(そうだったのか……言われてみれば、次期公爵だからな……)


 それを聞いたリヴィアは、あれと首を傾げる。


「あの、部屋で食事をする者は団長以外にも多いのですか?」

「えーと、副団長以上だったかしら。でもどうして?」

「いえ、私の知る騎士団の人数に対して、食堂に来る人間が少ないなとずっと気になっていまして……」

「ああ、それは『第一騎士団』ね」

「第一騎士団?」

「オルランド公爵家お抱えの騎士団よ」


 聞くところによると、王都を守る騎士団は二つあるそうだ。

 どちらの騎士団も、元々公爵家が保有するもので、王族に貸し出される形で派遣されている。そのため普段は王都に在籍しているが、本家で有事が起きた際には領地に帰還することもあるらしい。


「第一騎士団はここ(第二)と違って、王族や貴族たちの護衛が主な仕事になるの。だから人数も少ないんだけど、代わりに伯爵家や男爵家の次男坊とかばかりで」

「お高くとまってて嫌な感じよね。自分たちの相手は王族だけです~って」

「そうそう。食事もこんな食堂嫌だって言い出して、自分たちだけが入れる別のサロンを作ってるのよ」

「な、なるほど……」


 そういえばあれもこれもと愚痴が盛り上がっていくのを、リヴィアはどうしようかとぎこちなく見守る。すると食堂の裏手から厩番の男が顔を覗かせた。


「休憩中すまんが、馬たちの餌をわけてもらえるかい」

「あらごめんなさい、つい話し込んじゃって」

「私が行きましょう。ご婦人方はどうぞ休んでいてください」

「まあ! リヴィアちゃん、ご婦人方だなんて」


 きゃあと色めき立つ女性陣に頭を下げ、リヴィアはすぐに厨房の奥へと向かった。調理の際に出た大量の野菜くずが入った桶を軽々と担ぎ上げる。


「わー! おれが運ぶから無理すんな!」

「いえ、これも鍛錬になりますので」

「女の子が何言ってんだ」

「で、ではせめて半分だけでも」


 二人はそのまま騎士団棟の近くにある厩舎へと向かった。餌箱に先ほどの野菜くずを入れていくと、馬たちは皆行儀よく食べ始める。


「助かったよ。何度か往復すると思ってたからな」

「お役に立てて良かったです」


 無心になって餌を食べる馬は可愛らしく、リヴィアは嬉しそうに目を細めた。だが一通り見ていく中で、一頭だけ馬房の奥から出て来ていないのに気づく。


「失礼、あの馬は病気か何かですか?」

「いや元気だよ。あいつは元々ああなんだ」

「ああ、とは?」

「気難しくて人になつかないんだ。騎馬としての訓練は受けているが、乗る人間を選んでいるのか、誰一人として乗らせやしない。品種としては最上級なんだがね」


 興味を引かれたリヴィアは、恐る恐る静かな馬房の前に立った。暗がりの中、横腹を地面につけて横たわる黒馬を、リヴィアはじっと見つめる。

 すると黒馬は突然立ち上がり、静かな足さばきでリヴィアの眼前に近づいて来た。その長い睫毛の下にある目を見た瞬間――リヴィアはかつての愛馬の名を口にする。


「――アルヴィス?」


 すると黒馬は言葉を理解しているかのように、ぶるると小さくいなないた。その様子を見たリヴィアは間違いないと確信する。


「アルヴィスなんだな! 良かった……お前も生まれ変わっていたんだな……!」


 リヴィアがそっと手を伸ばすと、アルヴィスは自らその顔を押し付けてきた。ぐりぐりと親愛を表す黒馬を見て、厩番の男が驚きに目を剥いている。


「驚いた……その馬が人に撫でさせているなんて……」

「す、すみません、勝手な真似を」

「いやいや。おれも初めて見たよ。良かったらもっと近くで見てみるか?」

「いいのですか?」

「ああ、騎士団の訓練は午後からだしな」


 そう言うと厩番の男は、手慣れた様子でアルヴィスの馬房を解放した。軽快に蹄を鳴らすアルヴィスの隣に立ったリヴィアは、改めてその体を撫でてやる。前世の時と変わらない艶々とした黒毛に、同じく優雅なたてがみ。


「あの時は、最後まで守ってくれて本当にありがとう……たくさん痛い思いをさせて、すまなかった……」


 涙を滲ませるリヴィアの頬に、アルヴィスがそっと鼻先を押し付けてくる。『大丈夫だ』と言われているかのような行動に、リヴィアは思わず笑いを零した。そのうちアルヴィスがぐいぐいと服を引っ張るようになり、リヴィアはふむと考える。


「あの、申し訳ないのですが、少しだけ乗っても良いでしょうか」

「の、乗る⁉ いいけど、たぶんお嬢ちゃんがそいつに乗るのは難しいんじゃ……」

「いえ、大丈夫だと思います」


 その宣言通り、厩番が用意した馬具を手慣れた様子で着けると、リヴィアはあっさりと黒馬の背に跨った。

 まるで彼女の手足となるべく生まれたかのように、アルヴィスは高くいななくと、軽快に足を進める。


「すみません、すぐに戻りますので!」

「あ、ああ……」


 呆然とする厩番を残し、リヴィアとアルヴィスは練習場へと駆け出した。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
\書籍版発売中です!/
66on7vr78ok1spj7vaifkj22_ut8_9s_dw_1r18.jpg
\コミックス1巻発売中です!/
bzq46uw9ikn1cx6c2nv5kz69dple_xc_9s_dw_1sfl.jpg
\コミカライズ連載中です!/
jbe1j2r73c946kwh1ac0lppcehjg_dsj_m5_94_1dl9.jpg
― 新着の感想 ―
まさか前世の愛馬も転生してたなんて(๑´ლ`๑) この勢いだと前世のメンバー全員転生してたりちゃう可能性もw
[良い点] 冒頭のアルヴィスの、最期まで主人を守ろうとする姿を思い出すと 彼も生まれ変わっていたなら…なんて感じるところがあったので 再会にじーんとしてしまいました。 そこと、食堂の「ご婦人方」や厩番…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ