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第二章 3




 その日の午後、騎士団棟から少し離れた裏庭。

 鍛錬用の服に着替えたリヴィアは、ようやくクラウディオの師事を受けることとなった。だが師匠であるはずのクラウディオは、顔色わるく何故か胸を押さえており、やや苦しそうに口を開く。


「リヴィア様、今朝は案内が行き届かず、大変失礼な真似をいたしました……」

「何の話だ?」

「食堂のことです。明日からはもう結構ですから」


 だがリヴィアはばっさりと言い切った。


「いや、明日からも働かせてくれ」

「え?」

「厨房のご婦人方に話を聞いたが、あの食堂はいま本当に人手が足りないらしい。こんな私で戦力になれるかは分からないが、出来ることがあるなら手伝いたいんだ」

「ですが伯爵家のご令嬢にそんな」

「皆にはただの下働きだと言っている。それに団長自らに剣を教えてもらうんだ、それなりの対価は払わないとな」


 にっこりと微笑むリヴィアを見て、クラウディオは深い嘆息を漏らした。


「……わかりました。手伝いが欲しかったのは事実ですし」

「すまないな、わがままを言ってしまって」

「いいえ。貴方らしいです」


 クラウディオはそう言って笑うと、準備していた木剣を差し出した。見た目の長さの割には重さがなく、柄の部分はしっかりと磨かれている。

 ベアトリスが扱っていた真剣とは比較にもならないが、ようやく剣を握ることが出来る、とリヴィアは感動した。


「まずは長さになれましょう。慣れてきたら、重しで重量を上げていきます。握り方は――まあ、愚問でしたね」

「ん?」


 クラウディオが教授するよりも早く、リヴィアは完璧な構えで木剣を握りしめていた。間合いを確かめるように何度か振り下ろすと、重さと反動で体が浮いてしまう。


「以前のような筋力はないので、無理はしないように。まずは腰を落として――」


 そう言うとクラウディオは、そっとリヴィアの背後に立った。そのまま腰に手を添えられたかと思うと、柄を握るリヴィアの手の上に彼の手が重なる。


「重心をこう。最近の剣はそこまで重くないので、肩の力は抜いて手首を柔らかく」

「こ、こうか?」

「うん、いい感じです」


 後ろから抱きしめられるような形のまま、リヴィアは何度か姿勢を確認する。前世と今の武器の違いを噛みしめつつ、剣を触れる喜びに打ち震えていたリヴィアだったが――今の体勢に気づいた途端、恥ずかしさが押し寄せてきた。


(ち、近いな……)


 すぐそばにクラウディオの顔があり、彼が言葉を発するたび振動が耳を伝う。その距離感に、リヴィアは先日の病院での一件を思い出してしまった。


(ええい、クラウディオは忙しい中時間を作ってくれているんだ! 集中しろ!)


 その後リヴィアは、まさに心を無にして素振りを続けた。体勢が整ってきたのか、しばらくしてクラウディオも離れていき、リヴィアはほっと胸を撫で下ろす。

 するとほどなくして、以前病室を訪れた部下が姿を現した。


「クラウディオ様、少しだけよろしいですか」

「なんだ?」

「今度の警備配置の確認と、新人たちの指導が――」


 何やら込み入った話をしているな、とリヴィアは少しだけ距離をとって鍛錬を続けた。しばらくして、クラウディオがすみませんと声をかけてくる。


「急な予定が入りました。後の指導は、彼に聞いていただけますか」

「先日は失礼いたしました、副団長のサルトルと申します」

「俺が戻れない可能性も高いので、時間になったら迎えが来るよう、帰りの馬車を手配しておきます。……すみません、俺がお教えすると約束したのに」

「いや、忙しいのにこちらこそすまない。私のことは気にせず、仕事に向かってくれ」


 クラウディオは再度頭を下げ、すぐに騎士団棟の方へと戻って行った。残されたリヴィアは、サルトルに向けて申し訳なさそうに膝を折る。


「サルトル殿、申し訳ありません。私は一人でも大丈夫ですので、もしも予定があればそちらを優先してください」

「いえ、わたしの仕事はほぼ終わっていますので。それにクラウディオ様の婚約者を残していくなんてとても」

「――っ」


 その言葉に、リヴィアは頬に朱を走らせた。


「し、失礼、その、こ、婚約者だというのは、クラウディオから?」

「というか、公爵家経由ですね。わたしの家は代々ランディア家に仕えておりまして、クラウディオ様が婚約を申し込んだという話をお伺いしました」

「あの、ええと」

「いやあ、あの時のランディア家は本当に面白かったです。収穫祭と生誕祭が一度に来たみたいで。どれだけ条件のいい縁談が来ても、姿絵も見ず断り続けてきたあのクラウディオ様が、まさか自ら婚約者を探し出して、おまけにプロポーズまで決めてくるなんて」

「そ、それなんですが……」

「おまけにクラウディオ様の仕事を理解するため、婚約者様自ら剣術を習いたいとは……このサルトル、感動で涙が出そうです」


 言えない。

 まだ返事を保留しているなんて。


(外堀が、だいぶ埋められている気がするな……)


 ハンカチで目元を押さえるサルトルに背を向け、リヴィアは頭の中を空にして、ひたすら素振りを続けた。鍛えるべき部位の説明をサルトルから受けていると、あっという間に帰宅の時間が近づいて来る。


「――お疲れさまでした。今日はこのくらいにしましょう。……馬車が来るまで、もう少し時間がありますね。どうぞ休んでいてください」

「それなら、クラウディオに挨拶だけしておきたいのですが」


 承知いたしました、と微笑むサルトルに連れられ、リヴィアは騎士団の方に戻る。そこでは騎士たちがそれぞれ組になって、打ち合いをしているところだった。

 ベアトリス時代を思い出したリヴィアは、思わずぱあと目を輝かせる。


(素晴らしい、皆よく鍛えられているな!)

「今ちょうど訓練中ですね。ええと、クラウディオ様は――」


 サルトルが視線を送った場所に、リヴィアも遅れて顔を向ける。

 そこには三人の騎士を同時に相手取るクラウディオの姿があった。相手も決して未熟な使い手ではないが、クラウディオの剣さばきはその遥か上を行っている。

 勇武なその姿にリヴィアが見とれていると、隣にいたサルトルが静かに口を開いた。


「騎士団は貴族が有するもの。そのため団長職に就くのは、その家の令息や縁者であることがほとんどです。そのため騎士団長の名を冠していても、実際に武に優れている御仁であることは稀だと言われています」


 ですが、とどこか誇らしげにサルトルは微笑む。


「クラウディオ様は本当の騎士です。誰よりも勇敢で、武芸に優れ、弱者に対して真摯に接することが出来る。我々第二騎士団は、クラウディオ様のことを本当に尊敬しているのです」

「ええ。……分かります」


 サルトルの言葉通り、クラウディオの戦い方は素晴らしいものだった。ルイスの頃から才能はあったが、生まれ変わってもなお、惜しむことなく鍛錬を続けてきたのだろう。

 その体は柔軟でかつ力強く、対峙するものを圧倒していた。


(強くなったんだな……ルイス)


 かつての部下の成長を目の当たりにして、リヴィアは誇らしさと、ほんの少しだけ寂しさを味わう。やがてこちらに気づいたクラウディオが、慌てて駆け寄って来た。


「リヴィア様、呼んでいただければ俺の方から行きましたのに」

「いいや。普段の君の様子が見られて、何だか嬉しかったよ」

「み、見てらしたんですか⁉ 恥ずかしいな……」

「何を言う。格好良かったぞ、とても」


 するとクラウディオは、先ほどまでの凛乎とした表情はどこに行ったのか、首から頭の先までを上気させた。口元を手で覆い隠しながら、何かを堪えるように目を伏せる。


「あ、ありがとう、ございます……」

「特に最初の踏み込みが絶妙だった。それから二打目の角度と、背後からの剣に対する反応の良さもだな。以前の流派だけではなく、別のやり方も取り入れているのだろう? おかげで元々優れていた体術の組み合わせ方に広がりが――」

「……まあ、そういう意味ですよね」


 興奮気味に語るリヴィアを、クラウディオは気持ち半眼のまま呆れたように見つめていた。だがすぐに柔らかく微笑むと、サルトルになにやら指示を出す。

 それを聞いたサルトルは騎士たちの元に向かって行き、残ったクラウディオはそっとリヴィアに話しかけた。


 

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