第二章 2
綺麗な所作で丼を食べるクラウディオを、他の団員たちはどこか遠巻きに眺めていた。すると誰もいないそのテーブルに、三人の男たちが次々と着座する。
「クラウディオ――いや、ルイス?」
「……」
「お前、ベアトリス様が転生したのを知っていて、黙ってたな?」
「別に、わざわざ言う必要はないと思っただけです」
「いやあるだろ! お前さては、自分だけ先に仲良くなろうとしてたな⁉」
否定することが出来ず、クラウディオはぐっと最後のごはんを呑み込んだ。
イルザ、ベイルード、レオルド。
クラウディオにとって彼らは前世では同僚、そして今は騎士団の隊長格にあたる者たちだった。当然騎士団長であるクラウディオの方が立場としては上なのだが、どうしても彼らに強く出られない理由がある。
(く……まさか現世に来てまで兄貴面されるとは……)
前世のルイスは副隊長という地位こそ与えられていたものの、年齢は下から数えた方が早かった。当然彼らもルイスより年上で、よくからかわ――可愛がられていたものだ。
しかし転生のタイミングにより、現世のクラウディオは彼らと同年代になった。
だがやはり名残が抜けないらしく、祭事や公の場など規律を重んじる場を除いては、今でもこうしてぐいぐいと前世のノリで迫って来る。
むっすりと口をへの字に曲げるクラウディオをよそに、前世の兄たちは厨房に立つリヴィアを見つめては、幸せそうに息をついた。
「しかしまさか、ベアトリス様と食堂で再会することになろうとは……しかしまた、随分可憐な少女に生まれ変わられたものだ……」
「隊長のエプロン姿なんか初めて見たぞ。髪を一つに縛っているのも新鮮でいいな」
「分かる。はあ~やっぱりかっこいい……! いや、可愛いか」
(こうなるのが分かっていたから嫌だったんだよ!)
今のリヴィアにも言えることだが、ベアトリスは自身の外見に対する評価にこれっぽっちも関心がなかった。
恵まれた華やかな容姿に、女性なら誰でもうらやむ銀の髪を持ちながら、それらの価値に一切気づいていなかったのである。
だが美しく、男以上に勇壮な『戦乙女』に心惹かれない男などいるはずがなく――事実、ベアトリスの隊はほぼ全員、何らかの形で彼女を崇拝していた。
恋愛や友情、敬愛とその形は様々だったが、多かれ少なかれ「どうにかお近づきになりたい」と皆願っていたのだ。
しかし当時は戦いが忙しく、そうした関係を築く暇がなかった。
おまけにベアトリス自身が恋愛や結婚という話をまったくしないため、いつの間にか『ベアトリスへの口説き・告白は禁止』という暗黙の了解が隊の中で出来上がったのだ。
副隊長という一番身近な立ち位置にありながら、死に際までルイスが告白出来なかった理由の一つはこのためである。
だがここは現世。
比較的国内の情勢も落ち着いており、騎士団としての仕事も街の警備やパーティーの護衛など、軽微なものばかり。
そんなところに、かつて憧れだったベアトリスが転生している。
隊長でもない。恋人もいない。おまけに剣も槍も拳も振るってこない絶世の美少女ともなれば、男たちが「ぜひ俺と!」となることは想像に難くない。
(こんなはずでは……)
当初の予定では、クラウディオの時間が空くまで、騎士団棟内にある執務室で待ってもらうはずだった。
だがリヴィアが予定よりも早く到着してしまったため、クラウディオの出迎えを待つことなく、一人で騎士団に向かってしまったのだ。
それだけならまだ良かった。
待てども待てどもリヴィアが姿を見せず、もしや都合が悪くなったのだろうか、とクラウディオは一旦執務室に戻ろうとした。
すると回廊ですれ違った騎士たちが「食堂にすごい可愛い手伝いの子が入った」という話をしており――それを聞いたクラウディオは、まさかと思いつつも踵を返して食堂に駆け付けたのである。
嫌な予想は的中し、厨房前のカウンターできびきびと働くリヴィアを発見したクラウディオは、がっくりと脱力したものだ。
「しかしまたなんで食堂で働いてるんだ?」
「それはベアトリス様に聞いてくださいよ……」
「お前に剣を習うと言っていたが、本気か? 見たところ、以前のベアトリス様のように鍛えている感じはないが……」
「承知の上です。彼女たっての願いごとなので」
むす、と押し黙ってしまったクラウディオを前に、三人はふうん、と目を細めた。その態度にクラウディオは眉を寄せる。
「な、何ですか」
「いや、相変わらず片思いしてんな、と」
「は⁉」
「ルイスの頃から思ってたけど、そんなんじゃ、あの隊長には伝わらないぞ?」
「べ、別に俺は、お、……」
「お?」
「思っているだけでも、全然、構わないと、いうか……」
「だめだ俺ちょっとかわいそうになってきたわ」
「おれも」
「上手い口説き方、教えてやろうか?」
「け、結構です! それに今は頑張って伝えているつもりで――」
「何を伝えているんだ?」
突然混じった声に、クラウディオ他三名は一斉に横を向いた。そこには三つの肉肉丼をお盆に乗せたリヴィアが立っており、きょとんと首を傾げている。
「い、いやその、リヴィア様」
「遅くなってすまない。肉肉丼だ」
「も、もしかして、話聞こえてました?」
「いや?」
はあーと分かりやすく胸を撫で下ろすクラウディオを、三人は肉肉丼を受け取りながら暖かい眼差しで見つめていた。
一方リヴィアは空になったクラウディオの丼を見て、嬉しそうに笑う。
「おお、もう食べたのか。よほど腹が減っていたんだな」
「は、はい。大変美味しかったです!」
「良かった。初めて作ったものだから、あまり自信がなくてな」
「初めて……俺にくださったものが、最初で?」
「ああ。君にそう言ってもらえて、自信がついたよ」
お盆を抱え、少し照れたように微笑むリヴィアを、クラウディオは真顔のまま見つめていた。だがまるで何かに敗北したかのように静かに首を振ると、そろそろと空の丼を差し出す。
「おかわり、お願いします」
「え、いいのか?」
「はい。ぜひ」
「分かった。少し待っていてくれ」
それを聞いたリヴィアは、ふんわりと顔をほころばせながら、嬉しそうに厨房へと戻って行った。可愛い……と噛みしめているクラウディオの背後で、ぼそぼそとした男たちの声が聞こえる。
「これ……一杯ですげえボリュームないか……」
「わかる」
「食いすぎで腹を壊さなけりゃいいが……」
ほくほくと二杯目の肉肉丼を待つクラウディオを、三人はやや呆れたような目で見つめていた。







