第二章 剣を習うはずが食堂で働いていた件
「では、行ってまいります」
「気をつけるんだよ。クラウディオ様がおられるから大丈夫だとは思うけれど、くれぐれも怪我だけはしないように」
不安げな両親に見送られながら、リヴィアは馬車で王宮へと向かう。
クラウディオは約束通り、剣の稽古をリヴィアに付けたいという旨を、あらかじめ両親に知らせてくれた。
突然の申し出に両親は非常に困惑していたが、「騎士団を持つ公爵家に嫁ぐのであれば、武芸の覚えが必要であると思います」というリヴィアの決死の説得もあり、最後には渋々了承してくれた。
とはいえ、クラウディオの監視の元、という条件がなければ絶対に許しは得られなかっただろう。
(ありがとうクラウディオ……)
しかし、これでまた一段とプロポーズを断れなくなった気がして、リヴィアは客車の中でううむと首を傾げた。
早く気持ちを決めて返事をしなければと思っていたのだが、誘拐事件にクラウディオの入院と、ここ最近それどころではない。
(クラウディオのことは嫌いではない。むしろ好きな方だ。だが私のこの気持ちは……彼の『好き』と同じものなのだろうか?)
そんなことを考えているうちに、馬車は王宮へと到着した。正門付近に下ろしてもらい、リヴィアはそのまま通用門へと向かう。
事前に渡されていた通行証を見せ、門番へ尋ねた。
「失礼する。騎士団へ行きたいのだが」
「君が騎士団に? ああ、食堂の手伝いか。それなら入って右手だよ」
「? ありがとう」
食堂? と気になる単語が聞こえたが、リヴィアが聞き返す前に、門番は次の客人の対応を始めてしまった。仕方なく、言われた通り右手の方へ歩いていく。
王宮は非常に広大な敷地を有しており、中央の庭園を取り囲むように主回廊、そこから枝分かれするように各棟へと繋がっていた。
最奥には王城と王族らの居宅、そして毎朝陛下と王妃が揃って祈りを捧げるという礼拝堂があるらしく、それ以外にも地方の貴族たちが暮らすための邸宅が多く建てられている。
(大ホールには以前入ったが……他も相当広いな)
やや圧倒されながら、リヴィアはまっすぐに進んでいく。
するとレンガ造りの立派な建物と大きな厩舎が見えて来た。ずらりと並んで草を食む馬たちを横目に、リヴィアは玄関口を探す。
だがどこまで歩いても壁が続いており、リヴィアはううむと眉を寄せた。
(困ったな。クラウディオはどこにいるのだろうか)
さらにうろうろと入り口を探す。すると突然、背後から快活な声で呼び止められた。
「あら、もしかしてお手伝いの人?」
「はい?」
リヴィアが振り返ると、そこにはふっくらとした中年の女性が微笑んでいた。その手には大量の野菜が入った籠が握られており、女性はリヴィアを「こっちこっち」と手招きする。
「助かるわ。先月急に二人も辞めちゃって」
「はあ」
「早速だけど、今日から入ってもらうわね」
ここにいるということは、おそらく騎士団の関係者だろう。
のっしのっしと勇ましく歩いていく女性の後を、リヴィアは素直についていく。すると先ほどの建物の終わりが見え始め、その先に一回り小さい木造の小屋が現れた。
中に入ると、同じく中年の女性が全部で五人――エプロンを付け、恐ろしい勢いで野菜を刻んでいる。
ぽかんとするリヴィアの前で、先程の女性がどさりと籠を置いた。壁にかけてあった白いエプロンを掴むと、リヴィアの眼前に差し出す。
「それじゃ、お願いね!」
「あ、ああ」
何をどう勘違いされたのか。
リヴィアは何故か、騎士団の団員達の食事を提供する――『食堂』の手伝いをすることとなった。
回廊を猛烈な勢いで歩いて来る騎士団長を見て、団員たちはひいと飛び上がった。
「お、おい見たか、クラウディオ様。恐ろしいほどの剣幕だったぞ」
「すごい迫力だったな……なにかただならぬ事件が発生したのか?」
その速度は一向に収まることなく、すれ違う団員たちは「何ごとだ」とそのたびに振り返る。だがクラウディオはそんな反応に気づく余裕すらなく、ただひたすらにある一か所を目指していた。
やがて目的の場所に到着したクラウディオは、突然登場した団長にどよめく部下を押しのけると、だん、とカウンターに両手を叩きつけた。
「リヴィア様‼」
「ああクラウディオ。よく来たな」
「よく来たな、じゃありません! 一体何をしているんです⁉」
「いやなに、人手が足りないというから手伝いをだな」
「理由を聞いているのではありません!」
あああ、と額を押さえるクラウディオを前に、リヴィアは「うん?」と首を傾げた。その間にも厨房の女性たちは忙しなく働いており、リヴィアはとんとんとクラウディオの肩を指先で叩く。
「クラウディオ」
「なんですか……」
「悪いが、そこにいられると並んでいる者の邪魔になる。腹は空いているか?」
「え? ま、まあ」
「ならばこれをやろう。なに、私からの礼だ」
そう言うとリヴィアは大きな丼を差し出した。山盛りにした白米の上に、照り照りとした輝きを放つ肉の塊が五つ、余すところなく敷き詰められている。まさに『肉!』と主張してくる料理だ。
「……これは?」
「いや、メニューに変化がないから何か作れと言われてな。だが私に出来るのは肉を焼くことくらいだから」
「ということは、これは、リヴィア様の手作りで……」
「ああ。嫌なら、他のメニューを頼むか?」
「いただきます!」
リヴィアの提案を聞くより先に、クラウディオは両手を合わせると、丼を受け取ってテーブルへと歩いて行った。まさかあんなに喜んでもらえるとは、とリヴィアは嬉しそうに微笑む。
(よほど腹が減っていたんだな。分かるぞ)
どこかざわめく食堂の空気に気づかぬまま、リヴィアは途切れた列を再び捌こうと、カウンターの正面へと向き直った。するとどこかから視線を感じ、リヴィアは振り返る。
そこには三人の騎士がおり、目が合った瞬間――お互いにすべてを理解した。
「ベ、」
「ベアトリス」
「様……?」
「お前たちもしかして……イルザにベイルード、それにレオルドか⁉」
リヴィアの言葉に、三人はそれぞれおおおと沸き上がった。
「やっぱりベアトリス様だった! おれです、イルザです!」
「おっどろいた……絶対どこかで会った子だとは思ったけど、まさか前世だったなんて……」
「というか、どうしてベアトリス様がこんなところに⁉」
「それはこちらのセリフだ。お前たちも生まれ変わっていたんだな」
記憶を取り戻してから、一日として忘れたことのなかったかつての部下たち。あの最期の戦いで命を落とした者たちが、なんという偶然か、いま目の前に立っていた。
リヴィアは驚きつつも、まさかの再会に喜びを噛みしめる。
「良かった……お前たちも、新しい生を得られたんだな」
「はい。でも結局また、同じような仕事についていますけどね」
「ベアトリス様……いえ、今は違うんでしたね。は、どうしてここに?」
「今はリヴィアという名前だ。ここには、剣を習うために来た」
「え⁉ 剣って、またどうして」
「色々あってな。ルイス――ああ、クラウディオから習うことにしたんだ」
「……へえー」
すると三人は一斉に口を閉じると、どこか含みのある笑みを浮かべた。だがリヴィアはそれに気づいておらず、あ、と目を見開く。
「すまない。話したいことはたくさんあるが、今ここは戦場だ。注文をし、速やかに席についてもらいたい」
「し、失礼いたしました。ではこの『肉肉丼』をお願いします!」
「僕もそれを」
「俺も!」
「ありがとう。腕によりをかけて作るから、席に座って待っていてくれ」







