表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/52

第一章 15




 数日後、リヴィアはクラウディオが入院している病院を訪れた。

 本来であれば次期公爵、かつ騎士団長という身分のクラウディオは、こうした市井の施設ではなく、王宮内にある診療所を使うのが一般的なのだそうだ。

 ただ今回は大事には至らなかったことと、クラウディオ自身が大ごとにしたくないと言い出したため、最初にかかった病院にそのままとどまったらしい。

 リヴィアが個室の扉を開けると、ベッドの上にいたクラウディオがすぐに反応した。


「調子はどうだ?」

「リヴィア様! すみません、このような場にお越しくださるなんて……」

「私のせいでついた傷だ。見舞うのは当たり前だろう」


 ベッドの傍にあった椅子に腰かけると、リヴィアは改めてクラウディオの様子を確かめる。最初の処置が的確だったためか、傷痕は比較的早く塞がった。

 だが肩と胸に巻かれた包帯は見るからに痛々しい。


「本当に、……すまなかった。私が早くあの場を離れていれば、庇って傷つくことなどなかったというのに……」

「いえ、もう一人いることに気づけなかった俺の失態です。それにリヴィア様のおかげで、背後からの奇襲を受けずにすみました」

「しかし」

「傷も大したことはありません。何より……リヴィア様に怪我がなくて、本当に良かった……」


 優しく微笑むクラウディオを前に、リヴィアは鼻の奥がつんとなるのを感じた。慚愧で張り詰めていた緊張が解け、胸を満たす安堵が涙を誘う。

 だがここで泣いてどうする、とリヴィアは慌てて首を振った。


「彼らは、単なる貴族狙いの誘拐犯だったのか?」

「いえ、彼らは『革命軍』と名乗る組織の一部でしょう。男の一人に見覚えがありました」

「革命軍?」

「はい。実は三年ほど前、国王を弑逆しようとした事件がありました。ですが王の采配により組織は半壊。首謀者は捕らえられました」


 頭を失った組織は一気に弱体化し、革命軍の活動は沈静化したかに思えた。だが――つい一年前、その首謀者が処刑された頃から、雲行きが怪しくなりつつあるのだという。

 今回の誘拐事件も組織のための資金稼ぎでしょう、とクラウディオは苦渋の顔つきになる。


「おそらく指導者を奪われたという反感情が、彼らに理由を与えたのでは、と俺は見ています。ですが本拠もほぼ制圧し、解体を進めていたと思ったのに……」

「なるほど。では私が捕らえられていたのが、革命軍のアジトだったというわけか」

「おそらくは。ですがあの場所は、以前の彼らの証言にはなかったので、おそらく最近になって使われ始めた場所かと思われます」


 それを聞いたリヴィアは、うん? と首を傾げる。


「そうなのか。ではどうやってあの場所を探し出したんだ?」

「リヴィア様が残した包帯を見ました。彼らも気づいていたようですが、書かれているのがメッセージだとは気づかず、そのまま捨てて行ったようで……でもあの暗号、分かるのは多分俺たちくらいですよ?」

「何? もうあのコードは使われていないのか!」


 リヴィアが包帯に書き記した直線記号は、味方間の情報伝達に使用する特殊な暗号だった。しかし今更になって考えれば、二百五十年経ったこの時代に同じものが使われているはずがない。


「おかげで、俺だけが読み解けたんですけどね。助かりました」

「よ、良かった……」


 だがほっと胸を撫で下ろすリヴィアに対し、クラウディオはわずかに表情を陰らせると、しばらく俯いていた。やがて静かに顔を上げると、どこか思いつめたような様子で口を開く。


「あの、リヴィア様」

「どうした? どこか痛むのか」

「い、いえ、その……お願いがあるですが」

「何だ? 何でも言ってくれ」

「ではその、……少しで良いので、抱きしめても良いですか?」


 突然の申し出に、リヴィアは目を大きく見開いた。

 その反応を見たクラウディオは、しまったという顔をする。


「あ、その、すみません、俺、何を」

「い、いや、別に」

「わ、忘れてください! き、聞かなかったことに」


 そう言うとクラウディオは、すばやくリヴィアから顔を背けた。

 しかしその耳は真っ赤になっており、リヴィアはしばらく思い悩んでいたが、やがて勢いよく彼の背中に両腕を伸ばす。

 リヴィアに背後から抱きしめられる形となり、クラウディオは慌てて声を上げた。


「リ、リヴィア様⁉ な、ど、え、どうして⁉」

「わ、私のせいで傷を負ったのだから、このくらいは、許可する……」

「で、ですが」

「あまり動くな。傷が開く」


 短いリヴィアの言葉に、いよいよクラウディオは反論を失った。リヴィアもまた、ただならぬ動悸と羞恥を必死に抑えながら、そのままクラウディオをぎゅっと抱きしめる。

 やがてクラウディオが、背中を向けたままぽつりとつぶやいた。


「気が気じゃ、ありませんでした……」

「……」

「すみません。リヴィア様を守るなんて言っておきながら、俺……」

「私の方こそ悪かった。勝手な行動をとってしまった……そのせいで、君にこんな怪我をさせてしまうなんて……」


 リヴィアは、そっとクラウディオの体に視線を落とした。そこには広範囲の痣が斜めに走っており、リヴィアは苦しそうに言葉を詰まらせる。


「また、……あの時と同じことが起きたら、どうしようかと……」

「……リヴィア様?」


 生まれた時からある痣は、前世で致命傷となった傷なのだという。

 ルイスが受けた傷痕は、いまなおはっきりとクラウディオの体に残っており――それを見たリヴィアは、あの非業の最期を否応なく思い出した。

 我が身が切り裂かれるような、耐えがたい痛哭。

 もう二度と、あんな思いをしたくない。


「クラウディオ、頼む……私に剣を教えてくれないか」

「それは、……」

「毎日鍛錬する。体力もつける。私……戦えない自分は、やっぱり嫌だ……」

「……」

「何も出来ないまま、またあの時のように……目の前でお前たちを失うのは、嫌なんだ……。もう誰一人として、死なせたくない……」


 仲間たちの命は、いとも簡単にベアトリスの手から零れ落ちた。

 生まれ変わって、新しい人生を得たとしても――その後悔だけは忘れられない。


 リヴィアの決意を、クラウディオは黙って聞いていた。

 やがてはあ、と呆れたようなため息を零すと、自身の体に回されていたリヴィアの腕を掴む。そのまま軽々と拘束を解くと、今度はクラウディオがリヴィアを抱き寄せた。


「俺としては、本当に、ほんっとうに不服なんですけど」

「あ、ああ」

「出来れば剣なんて握ってほしくないし、毎日可愛いドレスを着て、俺の隣で笑っていてくれたらそれだけでいいし、名前を呼んでくれるだけで、もう何もいらないと思っているんですけど」

「そ、それは……」

「でも俺、リヴィア様のこういうところ……すっごい好きなんですよね」


 突然の告白に、リヴィアは思わず硬直する。

 クラウディオは楽しそうに微笑みながら、さらに腕に力を込めた。


「……分かりました。お教えします」

「本当か⁉」

「どうせ放っていても、勝手に自分でやり出すでしょう? なら、下手に怪我をされるより、俺が傍で見張っている方がましです」

「う、うむ……」


 なんだか腑に落ちない回答に、リヴィアは少しだけ眉を寄せた。だが剣術を習うことが出来ると分かり、すぐに笑みを浮かべる。

 そんなリヴィアを見ていたクラウディオは、再びはあと嘆息を漏らすと、ぼやくように言葉を濁した。


「リヴィア様」

「なんだ?」

「むやみに男に抱きついたり、抱きしめられている時にそういう顔をするのは、良くないと思いますよ」

「どういうことだ?」

「……こういうことを、したくなるからです」


 するとクラウディオは、リヴィアの頬に手を伸ばした。

 親指で髪をずらすと、そのまま顔を近づけてくる。ただならぬ雰囲気を感じ取ったリヴィアは、びくりと体を強張らせた。


(ま、待て、こういうことっていうのは、つまり……)


 リヴィアの予想通り、クラウディオの唇が降りてくる。斜めに迫る彼の美貌を前に、リヴィアはたまらず目を強く瞑った。

 だが突然、病室のドアがノックされ、返事を待たずに扉が開く。


「団長、今日の分の仕事を持って――あ、すみません! お客様がいらしてたんですね」


 現れたのはどうやら部下らしく、手には大量の資料を抱えていた。反射的にクラウディオの体が離れた隙を狙い、リヴィアは慌ただしくがたりと立ち上がる。


「い、いやもう帰るから、構わない」

「えっでも」

「クラウディオ、しっかり養生しろよ」


 言うが早いか、リヴィアはそそくさと立ち去ろうとする。するとクラウディオも、まだわずかに上気した顔を向け、リヴィアへと告げた。


「週明け、王宮に来てください」

「王宮に?」

「はい。騎士団の方が装備が揃っているので。ご両親には俺から話をしておきます」


 そう言うとクラウディオは、柔らかく微笑んだ。リヴィアもまたぎこちなく頭を下げた後、仕事の邪魔にならないよう、足早に病室を後にする。


(やった! これで剣を習える……!)


 思わず拳を握りしめたくなるところを、周囲の目があるとぐっとこらえる。だがしばらく歩くうちに、先ほどのあれこれを思い出してしまい、リヴィアはぼんっと赤面した。


(もしあの時、部下が来なかったら……一体どうなっていた……?)


 何故抵抗しなかったのか、と自らの油断を反省する。

 だが「意外と睫毛が長かった」やら「体温が全然違った」といったどうでもいい情報ばかりが思い出され、リヴィアはざわざわとする心を必死に押しとどめていた。

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
\書籍版発売中です!/
66on7vr78ok1spj7vaifkj22_ut8_9s_dw_1r18.jpg
\コミックス1巻発売中です!/
bzq46uw9ikn1cx6c2nv5kz69dple_xc_9s_dw_1sfl.jpg
\コミカライズ連載中です!/
jbe1j2r73c946kwh1ac0lppcehjg_dsj_m5_94_1dl9.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ