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第一章 10



(皆……許してくれとは、言わない)


 ふがいない隊長だった、お前のせいで死んだ、となじられた方がきっと心は楽だっただろう。

 だがそうやって悲嘆に暮れているのは、ただ自分が楽でいたいだけ。可哀そうな自分に酔うのは、甘い麻薬のようなもので――リヴィアはゆっくりと睫毛を押し上げる。


(恨みも悲しみも、後はすべて私が請け負おう。だからどうか……)


 再度リヴィアは深く頭を下げると、悠然と前を見据えた。

 眦に残っていた涙の残滓を力強く拭うと、クラウディオの方を振り返る。


「クラウディオ、ありがとう」

「何がですか」

「ここに連れてきてくれたこと。この墓標も、君が建ててくれたのだろう?」


 あと花畑も、とリヴィアが微笑むと、クラウディオはきまり悪そうに視線をそらした。


「……正直なところ、ここにお連れするつもりはありませんでした」

「何故だ?」

「きっとここは……ベアトリス様にとって、とてもお辛い思い出の場所だと思ったからです。でも貴女は記憶を取り戻してすぐ、ここに来たいと言い出した」


 敵いませんね、と笑うクラウディオを見て、リヴィアもまた口角を上げる。そして改めて雄大に広がる色彩の海原を眺めた。

 これだけ綺麗な場所であれば、きっと仲間たちも静かに眠ることが出来るだろう。

 リヴィアは小さく息を吐くと、墓標を背にして大きく一歩を踏み出した。クラウディオの隣を通り過ぎると、明るい調子で続ける。


「さあ戻ろう。早くしないと夜に――」


 だがそんなリヴィアの腕を、クラウディオが突然掴んだ。

 驚きに振り返るリヴィアを、そのまま腕の中に閉じ込める。


「クラウディオ⁉ ど、どうし」

「――なんて顔をしているんです」


 顔? とリヴィアは指先を自身の頬に伸ばした。すると先ほど押し込めたはずの涙が、いつの間にかぼろぼろとあふれ出ている。


(何故だ? 抑えたはずだったのに、だめだ、こんな、……)


 必死になって拭い取るが、情緒がまったく言うことを聞かない。

 あまりの情けなさにいよいよ困惑するリヴィアを、クラウディオは強く抱きしめた。力強い腕の中で、リヴィアは涙声になりながら必死に弁明する。


「すまない、クラウディオ、すぐに、泣き止むから……」

「止めなくていい」

「え?」

「泣いて、いいんですよ」


 涙で歪んだ視界のまま、リヴィアはクラウディオを見上げる。

 すると何故か、彼自身も泣き出しそうな表情を浮かべており、リヴィアはどうして、と首を振る。


「悲しくて、当たり前なんです。無理に俺たちの死を背負わなくていい。悲しんで、それでも日々を暮らして、時々思い出して泣いて……そうすればいつか、時間が癒してくれる。だからこそ、今無理やりに、自分の心を縛るのはやめてください」

「でも……」

「貴方は俺に、前世を忘れろと言いましたが……俺からすれば、貴方の方がよほど、過去に囚われているように感じます」

「私が、か?」

「はい。たしかに俺たちは一度死んで、新しい人生を得ました。でも俺は、ルイスであった過去を含めて『今の俺』だと思っています。ベアトリス――リヴィア様も、そうではないのですか?」


 真摯なクラウディオの目に見つめられ、リヴィアは己の心に問いかけた。


(……そうだ。私は……ここに眠る仲間たちを忘れて、新しい人生を歩むなど、出来はしない……)


 絶望に人生を捧げることはない。

 だが同時に、すべてを忘れて生きていきたいわけでもなかった。

 前世の記憶を思い出したリヴィアは、もうそれを手放すことなど出来ない。ベアトリスであった思い出もすべて、今のリヴィアを形作っているのだ。

 それに気づいた瞬間、リヴィアの涙腺は決壊する。


「ルイス」

「はい」

「私は、悔しい」

「はい」

「お前たちを守れなかったこと。無力だったこと。目の前で無残に殺されたこと。敵の只中に、残しておくことしか出来なかったこと」

「……はい」

「どうして私は、何も出来なかったんだろう。どうして私は、……誰一人として、守れずに……こんな……」


 それ以上は言葉にならなかった。

 声を上げて泣きじゃくるリヴィアを、クラウディオはただ静かに抱きしめる。鍛え上げられた体から、ほっとするような体温が伝わって来て、リヴィアはまた安堵と悲しみの涙を零した。

 そうして体中の水分がなくなったのではないか、と思うほど泣き続けた後、リヴィアはようやく息を大きく吐き出した。

 ずっと抱擁してくれていたクラウディオの肩口を、ぐいと押しのける。


「……すまな、かった」

「落ち着きましたか?」

「ああ。もう大丈夫だ」


 そのままリヴィアは顔を伏せ、クラウディオの拘束から逃れようとした。だがクラウディオはリヴィアの片腕を掴んだまま離そうとしない。


「クラウディオ、もう平気だ。だから」

「どうしてこっちを見ないんですか」

「そ、それは」


 するとクラウディオは、そっとリヴィアの頬に手を添えると、ぐいと上向かせた。その目はウサギのように真っ赤に腫れ上がっており、リヴィアは恥ずかしさのあまり、慌てて顔を隠そうとする。

 そんなリヴィアを前に、クラウディオはこくりと息を吞んだ後、穏やかに呟いた。


「ベアトリス……いいえ、リヴィア様」

「な、なんだ」

「俺はやっぱり、貴方が好きです」


 突然の告白に、リヴィアは一気に混乱した。

 だがクラウディオは信念を込めるように、リヴィアの手を強く握りしめる。


「たしかに俺は最初、貴方の中にベアトリス様を見ていました。でも今、それだけではないと分かりました。俺は、……貴方を守りたい」

「ク、ラウディオ?」

「ベアトリス様としてではなく、貴方が――リヴィア様が好きです。貴方の前世ごと、悲しみのすべてから、俺に守らせてもらえませんか?」

(な、なんだとー⁉)


 リヴィアは全身が心臓になってしまったのではないか、と思うほど動揺した。この激しい鼓動をクラウディオに気づかれたらどうしよう、と必死になって言葉を探す。

 だがリヴィアが返事をするよりも先に、クラウディオの腕が慌ただしく緩んだ。


「す、すみません! こんなところで、俺」

「あ、いや、私こそ、すまない……」

「そ、そろそろ行きましょう。日が暮れてしまいますから」

「そ、そうだな!」


 なんとなく空気が元通りになり、リヴィアはさりげなく体を離した。だが完全に乖離する刹那、リヴィアの指先を握り込んで、クラウディオがにこりと笑う。


「俺、また縁談、申し込みます。今度はちゃんと――『クラウディオ』から『リヴィア』に向けて」

「……!」

「いつまででも待ちます。いつか、リヴィア様の気持ちが決まるまで……だからその間、ずっと好きでいてもいいですか?」


 だめだ、ということはもう出来なかった。

 真っ赤になったリヴィアがぎこちなくうなずくと、クラウディオはまるで子どものように満面の笑みを浮かべる。

 それを見たリヴィアは、自分の心に生まれた暖かい何かが分からぬまま、逃げるように花畑を駆け抜けた。




 

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