第4章 誕生日
まるで今までのことがなかったように、数週間が過ぎた。
乃和は今、蓮とともに夕飯をとっているが、隣にいるゼロナの様子が気になってそれに集中できない。
「ゼロナ、そんな怖い顔しなくてもよくない?」
「そうそう!そんな毎日力んでると、無駄なMP消費するぞ?」
目の前に座る蓮もゼロナににこやかにそう言うが……
「余計なお世話です!」
全く効果はないようだった。
「はぁ……、ごめん。兄さん、ゼロナ、悪いひとではないんだけど」
「まぁ、そうだよなー。うーん、オレが思うに、乃和のことを守りたいって思ってることは同じだから、オレたちけっこう気合うと思うんだよなぁ」
蓮は夕飯のコロッケを口に運びつつ、そんなことを言う。
ゼロナはそれにより、不服そうにした。
「私にはそうは思えません。あなたは乃和にずっと大事なことを隠していたので余計です」
「ってか、お前も隠し事してるのは同じだろ?どうしてアプリのくせに人間に協力的なんだ?」
「は?隠し事なんてしてませんよ。そもそも、アプリだからって人間に協力してはいけない理由はないですよね?そうやって一括りにされると、とても不快です」
ゼロナの周囲にバチリと電気が走り、それと同調するように乃和のスマホにも電気が走る。
「うわっスマホ壊れる!?」
乃和はテーブルの上のスマホを手に取り、画面を確認するが、どうやら異常はないようだ。
「よかった、壊れてない……」
「す、すみません。つい取り乱してしまいました」
ゼロナは申し訳なさそうに頭を下げた。
「大丈夫!兄さんが余計なこと言ったせいだし」
「はぁ!?オレのせいかよ~~」
ゼロナはそれに可愛らしく微笑むと、手の中に「星型クッキー」を表した。それを口に頬ばる。
どうやらそれで、MPを回復しているらしい。
乃和も夕飯を口へ運びつつ、
「ゼロナ、このあと一緒にアニメみようよ」
乃和は、暇な時にノートパソコンでアニメや動画を見ることが好きだった。
「アニメ?それはどのようなものですか?」
「見ればわかるよ~面白いからさ」
もしかしたら、ゼロナも一緒に楽しめるかもしれない。
「それはいいけど、あまり夜更かしするなよー」
蓮は苦笑しつつ、そう言った。
そして、深夜。
ゼロナとアニメを観終えた乃和は、自室のベッドにもぐりこんだ。
ゼロナは乃和が思った以上に、アニメに興味を持ったようだ。鑑賞中は、「どうして?なぜ?」と首を傾げ、ストーリーが展開すると「なるほど。そういうことですね」と満足げに頷く。
乃和以上に真剣に見入っており、終わった後は、疲れた様子でスマホの中に戻っていった。
(よかった、今日も何事もなく過ぎて……)
布団に顏を埋めると、そのことを実感できて少しだけ泣きそうになる。
それと同時に、明日もそうであることを願った。
みのりがいなくなっても、蓮の正体が分かっても、いつの間にかそれが日常になる。何の違和感もなくそれは、当たり前のように乃和の中に溶け込んでくる。
(来週はわたしの誕生日か)
怖くて仕方なかった。
藍星の言っていたことが事実なら、自分は「未来」へと帰らなくてはいけない。
本当にこのまま何もしないで過ごしていていいのだろうか。
藍星の言葉をなかったことにしていいのだろうか。
(そんなの嫌だ)
それならば、自分は一体どうすれば……?
気付くとそう考え込んでしまって、最近まともに眠れなかった。
「乃和、今日も眠れないのですか?」
いつの間にかスマホからでてきていたゼロナが、乃和のベッドに腰掛けている。
「うん、寝れないやー」
乃和は体を起こすと、ため息をついた。
「心配ですね。人間の健康には睡眠8時間が理想です」
「そんなこと言われてもさ~」
相変わらず大げさなゼロナに乃和は苦笑した。
睡眠8時間なんて、小学生の時ぐらいでは?そんなことを考える。
「はー……ほんとどうしよ」
時間が止められていたので、ゼロナは乃和の誕生日に起こることをしらない。それに、蓮を破壊するとそれを阻止できることも。
(ゼロナに話したら間違いなく兄さんのことを破壊しようとするよねー)
一緒に暮らして数週間たつが、二人の相性は悪い。いや悪いという以前に、ゼロナには人間の心はないのだから、何のためらいもなく蓮を破壊するだろう。
「やはり、蓮の正体を知ったことや、未来の事実を知ってしまったことがショックなのですか?」
ゼロナは眉を寄せ、乃和に問いかける。
「それもあるけど……」
「?」
「やっぱり何でもない!ゼロナも疲れてるだろうから、休んでよ。わたし明日仕事あるし、とりあえず横になってるから」
乃和は再びベッドに寝転がり、布団を頭からかぶった。そして目を閉じる。
……やはり、眠れる気がしなかった。
ゼロナは乃和が布団を被ったことを見届けると、枕元に置いてあるスマホの中へ飛び込んだ。
この「箱庭」には乃和がレイアウトとした月の形のランプが部屋の中央にぶら下がっている。そのランプには紺色の光が灯っており、部屋全体が青みがかっていた。
床には様々な形の大きめのクッションが沢山散らばっている。
乃和と初めて会話をした時からレイアウトは変わっていないが、ゼロナにとってはお気に入りの箱庭だ。
ゼロナは一つのクッションを手にとると、それを抱きしめ寝転がる。
(乃和、私に話せないことがあるのでしょうか……)
こうも自分は乃和のために必死なのに、少しだけショックだった。
そんなことを考えていると、窓の外から話声が聞こえた。
「ねぇねぇ羽休めの木って行ったことある?取り込まれた人間たちが集まる場所らしいよ」
「そうなんだ」
「ひやかしに行かない?楽しそう」
「いいねいいね~行ってみよ」
そして、ヒトの気配は遠ざかって行った。
「……」
(羽休めの木ですか、きいたことありますね)
確か、アプリ界の中央で枝を伸ばしているという大樹だ。
もしかしたら、乃和の友だちというみのりという人物もそこにいるかもしれない。
彼女を現実界に引き戻すことができたら、乃和のことを励ますことができるかもしれない。
友だちという理屈は理解できないが、それだけは分かった。
(行ってみる価値はありそうですね!)
ゼロナは外へ続くドアを開く。
外と言っても、箱庭の中と空気感は同じで、ただ視界に映る色が藍色から白へと変化する程度だった。その白色の空間のいたるところには、数えきれいほど多くの箱庭が、細い糸のようなものでぶら下がっている。
それぞれの箱庭には、薄いカーテンのようなものがかかっており、外からは中の様子は見えないようになっているようだ。
「えーっと、羽休めの木はどっちでしたっけ……」
ゼロナが呟くと、足元にチカチカと光る大きな矢印が現れた。
「こっちですね!」
ゼロナが指示された方向へ進むと、その矢印もゼロナの動きに合わせて移動し、次々と方向を示してくる。
ゼロナは思わず微笑む。
「やはりアプリ界は便利ですねっ。これなら早く着きそうです!」
ゼロナが飛ぶように空間を移動していくと、すぐに羽休めの木が見えてきた。
ゼロナが近づくと、方向を示してくれていた矢印は空間に溶けるようにして消え失せる。
「ここですか。やはり大きいですね……」
その大樹は、全体的に青色をしておりアプリ界の白い空間の中では異様な存在感があった。
見上げると、長い枝には青色の葉が生い茂り、そこからふわりふわりと絶え間なく落ち葉が降り注いでいた。
「……」
羽休めの木の周囲には、魔法使いたちが集まっているようだ。
この落ち葉は体に触れると、微かに温かくて心地よい。だから自然と魔法使いたちが集まるのかもしれない。