第6章 3
そして、真夜中。
乃和は自室のベッドでふと、目を覚ました。そして、ある重大なことを思いだして眠れずにいた。
(ろ過装置の電源って入れたっけ……)
帰る数十分前に点検のために一端電源を切ったのは覚えている。そのあと、藍星に早く仕事をあがるように急かされて部屋をでたのだ。
(絶対入れてない気がしてきた)
ろ過装置は点検時以外、電源を入れたままにしておくことが基本だ。明日の朝、電源が切れていることが発覚したら大騒ぎになることは間違いないだろう。
(仕方ない、行くか……)
乃和はベッドから起き上がると、静かに自室からでる。職場はこことは別の棟にあるので、移動は面倒だがそうも言っていられない。
「……」
廊下の窓から見える空は相変わらず黒で、遠くには魔法使いたちの街が煌びやかな光を放っていた。
(いいなー魔法使いたちは)
漠然とだが、そう思う。
あの街に行ったことはなかったが、あの光は乃和にとって憧れそのものだった。
(きっとここより、楽しい場所に決まってるっ……)
そんなことを考えつつ、仕事場まで行くと案の定、ろ過装置の電源はきれていた。
乃和は電源を入れ、その砂時計に似た装置に明かりがつくのを確認するとほっと息をついた。
「……」
ガンキュウからポタリポタリと滴り落ちる液体は、下部分のスペースに確実に溜まってきている。濃い青から淡い青色の濃淡があるその液体は淡い光を帯びており、見ていると心が安らいだ。
(この液体が心の情報?ってのらしいけど、信じられないなー……)
完全にろ過が終わると、この液体は「魔法使いの箱庭」を完全にアップデートするために必要なものになるらしい。
(他の人に見られたら面倒だから、さっさと帰ろう)
こんな夜中に職場にいるなんて、怪しまれる他ないだろう。
乃和は早足で部屋からでると、自室へと向かう。その時、誰かの話声がきこえた。
「?」
(こんな夜中に、どうしたんだろ)
乃和は歩みを止めると、明かりの漏れている部屋に近付く。そしてドアの隙間から中の様子を窺がった。
ここはセナ博士の自室兼仕事場だ。……奥のテーブルにセナと蓮が座っているのが見えた。
「博士、今日も眠れそうにないですか?もう三日目ですよ?」
「えぇ、悪夢が酷くてね……」
「やはり「引き継ぎ体質」の影響でしょうか」
蓮はセナの前においてあるマグカップに飲み物を注ぎつつ、そう言う。
乃和は二人の会話に聞き耳を立て、眉を寄せた。
(博士三日も寝てないの?ってか引き継ぎ体質って……本当にあったんだ)
確か、前世の記憶を引きついで生きている人のこと。
昔、蓮からそのことをきいた覚えがある。
その時、蓮がこちらに向かって歩いてきていることに気付いた。
「やばっ」
乃和はとっさにその場から離れると、部屋から距離をとろうとする。が蓮に「乃和!」と声をかけられたので立ち止まる他なかった。
蓮は困ったような笑顔を浮かべている。
「乃和、どうしたんよ?こんな夜中に。夜更かしは体に悪いぞ?」
「ちょっと用を思い出しちゃってさ!もう部屋にもどるよ」
「……」
乃和が踵を返そうとした瞬間、蓮の悲しげな表情が目にとまる。
乃和は今まで見たことのないその表情に釘付けになった。
「ねぇ、蓮って本当にアンドロイドなの?」
思わずそう言葉がこぼれる。
蓮はそれにいつもの微笑みを浮かべると言った。
「あぁオレは間違いなくアンドロイドだよ」
「はは、だよね」
「逆に不思議だな、そんな疑問がでてくるなんて。お前以外にそんなこと訊かれたことないぞー?」
「そうなんだ。なんかさ、蓮って職場の人たちよりもどこか人間らしいって思う。みんなわたしのことを感情的だって言うけど、それって変なことなのかな……?」
蓮は乃和の言葉に、表情から微笑みを消す。
「記憶が消えたとしても過去で育った影響は残るんだな」
「え?何?何て言ったの?」
蓮の声が小さすぎて聞き取れなかった乃和は、思わずそう言う。
「……別に変じゃないぞって言ったんだよ」
蓮はニカッと笑う。
その表情を見た乃和も思わず笑みがこぼれた。
「よかった~。蓮にそう言ってもらえると何か安心する」
「確かにここのやつらはみんな感情が薄いかもなぁ。きっと合理的な方法を選びすぎた影響だ」
「?」
「乃和はそういうふうになるなよ。合理的な方法が正しいなんて、きっともう時代おくれだ。今のおれたちに必要なのは、合理的ではない何かかもな」
「蓮、なに言ってるの……?」
「まー気にするな!」
「いや、気になるから!」
「ほら、部屋に戻れって」
「……はいはい」
乃和はしぶしぶそう言うと、踵を返し歩き出す。
そして考えた。
蓮は本当は人間ではないのかって。
ずっと昔から乃和の傍にいた蓮は、まるで家族のような存在だった。いや、間違いなく家族だった。
(どうして、そんなこと思えるんだろ)
蓮の傍にいたのは、藍星も他の研究員たちも同じなのに。
蓮が自分の理解できない言葉を発するたび不安になる。そして寂しかった。
もしかしたら自分は、知らないうちに蓮のことを傷つけてしまっていたのかもしれない。
何も知らないことは、きっと何よりも残酷だ。
+
体の破損が回復してきたゼロナは、研究棟へ歩みを進めていた。
(完全に修復するのに、六十五日もかかってしまいましたよ……)
あの日、自力で自宅へ帰ったはいいものの、全くと言っていいほど動くことができなかった。
その代わり、HPも消費することはないので、自然に体が修復されていくのを待つ日々だった。
「……」
振り返ると、煌びやかな街の明かりから、だいぶ遠ざかっているのが分かった。
(ニーナには気付かれてないですよね、よかったです)
その場合またやっかいなことになるので、わざわざ鉢合わせしないであろう時間帯を選んだのだ。
そんなことを考えていると、乃和がいるはずの研究棟はもう目の前だ。
ゼロナは乃和の記憶が入ったビンをしっかりと握りしめ歩みを進める。たとえ乃和が忘れてしまっていたとしても、これさえあればきっと大丈夫だ。
「!」
ゼロナは研究棟の窓に研究員が通りかかったのを見て、思わず体勢を低くする。そしてそのままの姿勢で研究棟の壁に身を寄せた。
「うーん、どうやったら見つからずに潜入できるでしょうか」
乃和と再会できずに削除されるのは避けたい。
「うーん……あ!」
ゼロナはとあることをひらめき、自分の姿を先ほど通りがかった研究員のものに変化させる。
「よし、思ったより上手くコピーできました!これである程度は誤魔化せるでしょう」
自分の姿をくまなく確認すると、ゼロナはほっと溜息をついた。
所々情報のほつれがあるが、よく観察しないと分からない程度だ。
ゼロナは体勢を低くしたまま、中に入れそうな扉を探す。すぐ見つけると、周囲に人がいないことを確認してからすばやく中に入った。
(よし、楽勝ですね!)
そしてゼロナは、この場から何事もなかったように歩きだした。何食わぬ顏をしていれば、何も怪しまれることはないだろう。
研究棟の中は、魔法使いたちの街と違ってすべてがシンプルな構造になっているように見えた。配色も白かグレーか黒で、華やかさがほぼほぼない。
(とりあえず乃和のことを探さないとですね)
研究棟の何処にいるのか見当もつかないので、探しまわる他ないだろう。




