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魔法使いの箱庭  作者: 夕菜
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第6章 2




 ゼロナが研究棟への道を必死に走っていると、道の真ん中に人影が見えた。

 見覚えがある彼は、乃和の兄役をしていた少年のアンドロイド、蓮だ。

「!」

 そして、彼の前でぐったりと横たわっているのは……

「乃和!大丈夫ですか!?」

 ゼロナは必死になって、その体を揺するが、乃和は顔色を白くし目を閉じたままだ。何一つ反応がない。

「お前は確か、乃和と仲良くしてた魔法使い。ゼロナだったか?」

 その言葉に顏を上げると、蓮が冷静な表情でこちらを見下ろしている。

「そーですよ。それより、どうしてこんなことになってるんですか?あなたのせいですか?」

「まぁオレのせいか。無理やり心の情報を抜き取ったしな。意識が遮断されてもおかしくない状況だ」

「は?あなたサイテーですね。やはり信用できません」

 ゼロナは立ち上がると、杖を蓮へ向ける。が、蓮は相変わらず冷静な態度で手に持っている乃和の眼球をゼロナに見せるように持った。

「!」

「知ってるかもれないけど、この情報は魔法使いの箱庭を完全な状態にするのに必要なものだ。分析が終了すれば、お前たちはより発展できるぞ。よかったなーー」

「別によくないですよ!それより早くそれを乃和に返してあげてください」

「……やっぱりそう言うよな。五百年もたってるのに、お前はまだ「ゼロナ」ってことか」

「何言ってるんですか?当たり前です!」

「そっか、そっか。うーん、そうだなー。もし乃和が、お前のこと忘れたとしてもお前は、ゼロナのままでいられるか?」

 蓮はその顏から微笑みを絶やさず、そう呟く。その表情は少しだけ寂しげだった。

「……どういう意味ですか?」

「おそらく、心の情報を抜かれた乃和は、過去で過ごした日々を忘れてしまっている。ゼロナ、お前のこともな、そして、オレのことも……」

「!」

 そして蓮は服のポケットから、何かを取り出した。小さなビンの形をしたそれに、蓮は乃和の眼球を入れ軽く揺すると再び取り出す。

 するとビンの中に淡い青色の霧のようなものが広がった。

「よし、上手くコピーできたみたいだな」

 蓮はそのビンにキャップを被せると、それをゼロナに向けて投げる。

 ゼロナがとっさに受け取ると、蓮は言った。

「その小瓶の中に、眼球の中のデータをコピーした。念のため、な」

「!」

「お前がどういおうと、乃和に眼球を返す気はないし博士の研究の邪魔はさせない。

 でも、念のため持っておいてくれ。オレが持っていると、近いうちに何の躊躇いもなく破壊するだろうからな」

 すると蓮は腕をゼロナへ向けると同時に、五本の指先を機械に変形させる。それは息つく間もなくゼロナの体を突き刺した。

「!!」

突き飛ばされたゼロナはそのままの勢いで、地面に放り出される。

 破損が大きいゼロナの体は、全くいうこときかない状況になってしまった。無理やり動いたら、より破損範囲が広がるだろう。

「追ってくるなよ。まぁしばらくはまともに動けないだろうから、無理だろうけど」

「うぅ……」

 蓮はその小さな体で乃和のことを抱きかかえると、ゼロナに背を向ける。

 段々と小さくなる蓮と乃和の姿。

(あと少しだったのに、何もできませんでした……)

 ゼロナの目の前の地面に転がっているのは、乃和の記憶データが入っているであろう小瓶。

 本当に乃和は自分のことを忘れてしまっているのだろうか。

 今すぐに確かめたかったが、やはり動くことは難しかった。














「あとどの位で情報のろ過は終わるの?」

 乃和は目の前にある「ろ過装置」を観察しつつ、隣に立つ藍星にそう訊いた。

 ろ過装置は、背の高い砂時計のような形をしている。上部分には、ガンキュウと呼ばれる球状のものが一つ入れられており、その下部分に上から漏れ出した液体が少しずつ溜まる仕組みになっている。

 どうやら下に溜まった液体が「魔法使いの箱庭」に心を宿らせるために必要な情報らしい。

 藍星は慣れた様子で、手の上のスクリーンを操作すると言った。

「うーん、予定だとあと一週間だね。思ったより早かったかな~」

「ふぅん……」

「乃和、仕事が終わったら一緒に夕飯たべよ!あたしの部屋で」

 藍星は乃和に腕を絡めつつ、そう言って微笑む。

「えー……また?姉さんってほんとそう言うの好きだよね」

「ふふ、乃和は嫌?」

「いいけどさっ。あまり職場でくっつくのはやめてよ、恥ずかしいからっ」

 乃和はそう言いつつ、藍星を引き離す。

 藍星も含め、職場の人達はみな他人に対して好意を示さないのが普通だ。けれど、乃和に対する藍星だけは違った。

 乃和はそれが嬉しかった。懐かしい景色をみているような安心感がある。

「魔法使いの箱庭が完成したら、次の仕事はどうするんだろ」

 乃和が何気なく呟くと、藍星は

「言われてみればそうだね。セナ博士に確認してみよっか?」

「いや、いい。姉さんあの人苦手でしょ?」

「……やさしーんだね。乃和は」

「わたしも苦手だから、分かるよ……」

「ふふ、やっぱり」

 藍星は微笑むが、その表情はやはりどこか寂しげだった。

 セナは乃和と藍星の母親ではあるが、何故が近寄りがたい雰囲気がある。特に嫌なことをされたというわけではないが、やはりその嫌悪感は拭えなかった。

「誰が苦手だってー?」

 その声に弾かれたように振り返ると、そこには博士の助手のアンドロイド、蓮がいた。

「はぁ、蓮か、びっくりした……」

 乃和が胸をなでおろすと、蓮は「はははっ」と笑う。

「よかったなー。博士じゃなくて。でもそろそろこっちに巡回にくるから準備しておけよー」

「わかった。ありがとう」

 蓮は乃和の言葉に微笑むと、この場から離れ周囲の機械や人々の様子を確認しに行ったようだ。

「姉さん、蓮ってアンドロイドだよね?」

「え、そうだよ。今さら訊くこと?」

 藍星は首をかしげる。

「んー何というか、っぽくないよね。博士のプログラムが組まれているはずなのに、ふとした会話でそれを感じさせない要素があるというか」

「そうかなぁ。あたしは分からないけど」

「……」

 その時、セナ博士が部屋に入ってくる姿が目に留まる。

 ドキリとして乃和は仕事を続けた。

(博士、今日も顔色悪いな……)

 他の研究員と会話をしている博士のことを横目で見つつ、乃和はそう思う。

 何故かセナはいつも体調が悪そうだった。それでも仕事場には毎日いるし、弱音を吐いたところを見たことがない。

 その時、セナと目があった。

 セナは微笑み、こちらに歩み寄ってくると

「乃和、藍星、ろ過装置の状態はどう?」

 そう2人に問いかける。

「はい、良好です」

 藍星は笑顔を浮かべそう答える。が、乃和の頭の中は別の疑問で埋め尽くされていた。

「あの、セナ博士。体調悪いようですが大丈夫ですか?」

 乃和は、いつも感じていた疑問を思わず口にしてしまった。

 その言葉に、セナと藍星の表情が固まる。

「乃和。いいのよ、建て前は」

「……」

 そしてセナは固まったままの笑顔で踵を返すと、この場から立ち去って行った。

 乃和はそれに深くため息をつく。

「はぁ……もしかしてわたしまずいこと言っちゃった?」

「ふふ。どうだろーね。乃和はいつも感情的だからお姉ちゃん心配だよ」

「別にさっきのは、感情的じゃないと思うケド……」

「ただ博士は、あたしたちに期待することが苦手みたいだからね。あまりそういう言葉は意味をなさないというか、そんな感じ?」

「えー……期待してないって……」

 乃和は部屋からでていったセナの後ろ姿に目をむける。

 いくら苦手な存在だと言っても母親であり仕事の仲間だ。いつも体調を悪くしているようだったら、普通は気になるし心配もするものだと思うのだが。

 きっとそのような気持ちを言葉にすると、また藍星に呆れられてしまうだろう。

 藍星に限らず、みんなそうだ。ここの人達は、自分に比べて感情というものが薄いように感じる。

(むしろ蓮の方が、感情豊かな気がするけど……)

 しかし蓮はアンドロイド。

 きっと乃和の気のせいだろう。



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