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魔法使いの箱庭  作者: 夕菜
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第6章 心が宿った箱庭





 時間は少しさかのぼり……

「すっかり魔法使いたちだけになっていまいましたねー」

 街中を歩くゼロナは、隣を歩くシルクハットの魔法使い、ニーナに向けてそう呟いた。

「今さら何を言っている?とっくの昔に人間は滅んだじゃねーか!」

 ニーナはいつもそうしているように、不機嫌そうに眉を寄せる。

「いや、正確にはまだ少し生き残りがいるか」

「……」

 ゼロナは遠くに見える研究棟の明かりを見つめた。

 暗闇に佇むあの「研究棟」には、自分たち「魔法使い」を管理している人間たちがいるらしい。

 管理されていると言っても不便なことはなく、この街を発展させる手伝いをしてくれている存在だった。近いうちに大きなアップデートが行われるときいたので、街中はその話題で持ちきりだった。

 最新型のコスチュームが購入できるショップが増えるだとか、MPの上限が大幅に上がるとか、そういう類だろう。

「あなたと初めて現実界で会った時から、どの位の時間が流れましたっけ?」

 ゼロナが呟くと

「そんなの知ったこっちゃねーよ」

「それぐらい覚えててくださいよ。確か四百年と三十一日目だと思うのですが」

「はーー?もしかして数えてたのか?昔は意識しなくても正確な数字が分かったもんだけど、今となってはそーいう情報は入ってこないだろう?」

「そうですね。だから地道に数えてました」

「きもいなーお前」

「そしておそらく今日は、乃和と離れてから丁度五百年目なんです」

 ゼロナの言葉に、ニーナは驚いたような表情を浮かべる。

「乃和か。そう言えばそういう奴いたな。懐かしいな!さすがに今は死んだか。お前と仲良くしてたみてーだが、アイツは人間だったしな!」

「死んでませんよ!」

 ゼロナが思わずそう声を上げると、ニーナは不快そうに表情を歪める。

「ホント、きもいぞ。お前。何大声だしてんだよ?」

「……」

「それよりバグつきはバグつきらしく、家に引きこもってた方がいいぞ!いつ研究棟のやつらに見つかるかも分からねーし、感染もするって噂もあるんだからなぁ!」

「見つかったら、やはり削除されるのでしょうか?」

「そーだろ!今まで何人も削除されてる……次はお前かもなー!」

 そして、ニーナはケラケラと笑いながら、ゼロナとは別の道へ進み、ヒトごみの中へ姿を消して行った。

「あいつ、他人事だと思って。全然笑える話じゃないですよっ」

 昔はゼロナの腕にだけあった「バグ」は、今となっては全身に広がっていた。カモフラージュとして包帯を巻いているが、ただの気休めに他ならない。

(このままバグに体を乗っ取られておかしくなるのが先か、人間に削除されるのが先かってところですかね)

 ゼロナはため息をつくと、煌びやかな街を離れ、家がポツリポツリと立つ外れの方まで歩いてきた。

 空を見上げる。

 今日は雪は降っていなく、星が綺麗に見える。絶好の収穫日よりだ。

 ゼロナは手の中に杖を現すと、それを夜空の方へ向ける。すると、空から星々が一気にゼロナの周囲に降り注いだ。

「街中ではこんなにいい星採れません!みんな分かってないですね!」

 ゼロナは微笑むと、周囲の地面に落ちている星々を拾い集め、持っているカゴの中に入れた。

 街中でも星が買えるショップがあるが、断然この方法がゼロナにとってはよかった。

 形がいびつなものも多いが、何より味がいい。

(その分、多少MPは消費しますけど……)

 ゼロナは星をカゴ一杯に詰めたあと、そのまま自宅へと向かう。

 街はずれにある自宅は、不便ではあるが「バグつき」の自分にとっては都合がいいことが多かった。

 背の高い建物に、個別の部屋が分けられているこの住居の5階に、ゼロナの部屋はある。窓からは「研究棟」がよく見えた。

 ゼロナはいつもそうしているように自室に入ると、窓を開け外を眺める。

(本当に乃和は、この時代に来てるのでしょうか)

 窓から見える研究棟は、いつも見ているそれと何の変わりもなくただそこにある。

 乃和のような人間がいるとしたら、あそこしかないだろう。

 この街には魔法使いか、元人間の魔法使いしかない。

 昔、「人間の現実を映す力」を完全に吸い取った魔法使いはアプリ界から離れられたが、吸い取られた人間はアプリ界に閉じ込められ「羽休めの木」の栄養になった。

 しかし、羽休めの木はその栄養で実をつけ新たな魔法使いを生み出す。それが元人間の魔法使い。

 アプリ界と現実界の境界線が曖昧になった今、元人間ももともとの魔法使いも何の不自由もなく生活できているように思えた。

 その時、部屋の机の上に置いてある「スイッチ」が点滅していることに気付いた。

 このスイッチは研究棟からの情報を受信するためのもので、何か更新があると点滅する仕様になっている。

(どうせまたどうでもいい情報でしょう)

 ゼロナがいつもそうしているようにスイッチを押すと、その上に透明なスクリーンが広がった。そこに文字の羅列が映し出される。

 何気なくその列を目で追っていたゼロナだったが、あるところではっと息をのんだ。

「博士の娘が過去から帰還……?」

 添付されている写真を開くと、そこに映っているのは間違いなく乃和だった。

 変わった格好をしているが、五百年前と変化のない容姿。間違いなく、乃和だ。

「乃和~~!本当にこの時代にきてたんですね……!こーしちゃいられません!」

 まさか本当にこの日がくるなんて。五百年、待ったかいがあった。

 ゼロナは部屋を出ると階段を駆け下り、研究棟への道を進もうとした時、

「ゼロナ!」

 と後方から声をかけられる。弾かれたように振り返ると、そこにはニーナがいた。

 彼の顏には久々に見る「焦りの表情」が浮かんでいるように見えた。

 ニーナはゼロナの行く先を遮るような位置に立つと、

「あーやっぱり行くと思った!オレの感はするどい!」

「……ニーナ。私急いでるんです。そこどいて下さい」

「研究棟からの電報オレもみた。アイツ変な人間だとは思っていたが、博士の娘だったんだな。納得だ」

「どけって言ってるの、きこえなかったんですか?」

 包帯の下のバグから、ジリジリと肌をむしばむような感覚が伝わる。その不快さで気がおかしくなってしまいそうだった。

 ニーナは表情に、深い影を落とす。

「お前、研究棟に侵入するつもりなんだろう?」

「そーですよ。乃和ともう一度会うと約束してるので」

「あーーーったく。冷静になれって!リスクが高すぎる。オレらは研究棟への出入りが禁止されているのに加え、お前はバグつきだ。見つかりでもしたらすぐさま削除されるぞ!?」

「そうですね。でもそれは見つかった場合の話です」

 ゼロナは手に杖を握ると、それをニーナへ真っ直ぐ向けた。

 彼が一瞬ひるんだ隙に、ゼロナは駆け出す……だが、後方から腕を掴まれた。

「ほんとバカだな、お前!考え直せって!」

「むやめに触らないで下さい!バグが感染ります!」

 そしてゼロナはニーナの手を振り払うと、再び駆け出した。

 自分が冷静でないことは十分分かりきっている。しかし、この感覚を自発的に押し込むことはどうしてもできなかった。






「待てって!おいぃっ!」

 思わず手を離してしまったニーナは、あっと言う間に姿を小さくするゼロナの後ろ姿に向かってそう叫ぶ。

 彼に、聞こえるはずもなかったが。

「あーー、くっそ……」

 ニーナはゼロナを掴んだ自分の手を念のため、確認した。

(感染って……そう簡単バグがつくはずないだろう?)

 が、その掌に一本の黒い傷がジンワリと浮き出てくる。いくら擦っても、消えそうにない。

「ウソだろ……」

 それは間違いなく「バグ」そのものだった。



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