第5章 3
乃和は服を着替えて髪をセットしてもらうと、藍星の自室をでた。
どうやら、ここの建物には、職場の区間とは別に、個人個人に割り当てられた部屋が集まっている区間があるらしい。
「うんうん、かわいい。似合ってるよ」
藍星は今の乃和の姿を幸せそうに見つめる。
髪はツインテールにセットされ、服はやけにひらひらした白色のワンピース。
全く乃和の趣味ではなかった。
「はー……こんな格好今までしたことない」
「ふふ、博士がこーいうの好きなんだよ。たまにはいいでしょ?」
「はぁ……」
「ねぇ写真撮っていい?」
藍星は指先で四角い窓を作り乃和へ向ける。
「恥ずかしいからやめてよ……」
「いいじゃない~一枚だけ!それっ」
藍星がそう言うと、彼女の爪が青白く光る。どうやらそれで写真をとったことになるようだ。
「はーー、もう……」
ふと窓の外を見ると、遠くに街の明かりが見えた。
「ねぇ、あれは街の明かり?」
乃和が訊くと
「だね!魔法使いたちの街だよ。外の環境は過酷すぎてあたし達には無理だけど、魔法使いたちは大丈夫だから」
「そーなんだ……ゼロナどうしてるかな」
「?ゼロナって誰?」
藍星は首をかしげる。
……やはり、覚えてないのか。
「ううん、何でもない」
ここでそのことに触れても、何の解決にもならないだろう。
乃和にとっては、つい最近のことだが、ゼロナと離れてから五百年の歳月が流れているのだ。
ゼロナが今どうしているのか、それに自分のことを覚えてくれているのかそれさえも分からない。
(生きてはいるよね、人間じゃないし……)
「あ、お兄さんきたよ」
「!」
藍星の声に窓から視線を外すと、蓮がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
「……乃和、変わった格好してるなー?」
蓮は乃和の姿を隅々まで観察するように見る。
「藍星に着せられたの!わたしの趣味じゃないからね!?」
「そーいうことか。一瞬誰かと思ったよ。まぁでもお似合いだぞ」
「ふふ、よかったね、乃和」
「よくないし……」
乃和は俯く。
顏が赤くなるのを感じた。
「じゃー蓮。あとはお願いね」
藍星は蓮に向かってそう言うと自室へ戻って行った。
「じゃ、行くぞ。乃和」
蓮は乃和の腕を掴む。
まるで逃げられないようにしているみたいだ。
「……兄さんは知ってるの?博士が藍星や他の人達の記憶を消して、都合のいいようにしてるってこと」
「あー……そうだな。知ってるよ」
蓮は一瞬眉を寄せるが、すぐにそれは無の表情になる。
「それがどうしたんだ?」
「っ分からないの?それってすごくサイテーなことだよ」
「情報として理解はしているよ。前、乃和に言われたしなぁ。でも、共感はできないんだよな」
蓮は強く乃和の腕を引く。
乃和はよろめくと、仕方なく蓮の後に続いた。
「乃和こそ、知っているか?博士がそういうことをする理由」
蓮は歩みを進めながら、乃和に問いかける。
「知らないし、知りたくもないよ……」
蓮は乃和の言葉に、悲しみの表情を浮かべる。
……蓮は、乃和と同じように感情豊かだ。アンドロイドとは思えない。
「博士はな、人間を一切信用していない。もちろん、お前のことも」
「!」
「これはオレだけが知っている情報なんだけどな、博士は「引き継ぎ体質」だ」
「引き継ぎ体質?」
「まーつまり、前世の記憶を引き継いだまま生きている人間ってことだよ。口ぶりからするとおそらく、引き継いでいるのは一回だけじゃない。その前の前も引き継いでいる」
「だからって……」
そんな体質があることに驚いたが、だから何だというんだ。
博士の行為が許せないということには、変わりない。
「だから博士は誰よりも知識と経験が豊富なんだよな。でも、それだけじゃないと俺は思っている」
「……」
「引き継ぎ体質になりやすい人間ってのは、死因が自殺か他殺が多い。きっと博士もそうだろう」
「!」
「セナ博士は、生まれ変わるたびに辛い人生を背負わされた人間だ。人間を完全に信用できなくなるぐらいにな」
「……」
「乃和、これで博士の行為に共感できるか?」
「……できないっよ……」
「そうか」
「うん」
そして蓮と乃和は無言で歩みを進める。
博士の事実を知ったからと言ってその行為が正当化されるわけではない。
わざわざそのことを乃和に話す蓮は、乃和に何を望んでいるだろう。
「ねぇ兄さん、わたしにそのこと話してよかったの?博士に怒られるんじゃないの?」
乃和の発言に、蓮は「はははっ」と笑う。
「なんだー?心配してくれてるのか?大丈夫だよ、博士はオレのことは信用しているから」
「……ならいいけど」
すると蓮は立ち止まり、乃和を見た。
「乃和、これからお前にとって不都合な事態が起きたとしても大人しくできるよな?」
蓮の言葉は、乃和のことを一気に絶望へと突き落した。
「不都合な事態って……何っ?」
それに蓮は苦笑する。
「ただのオレの予想だよ。乃和はいつだって非合理的な行動を起こそうとするからな。体にいいのににんじんを食べようとしなかったり」
「それは昔の話でしょ!?」
「オレにとっては、つい最近の話だよ」
乃和は昔のことを思いだして、思わず泣きそうになる。
確かに乃和は蓮と一緒に暮らし、成長してきたのだ。確かにそこには、当たり前のような平穏な日々があった。
それが全て、仕組まれていたことだったなんて思いたくなかった。
「……ねぇ兄さん過去に……もとの世界に帰ろうよ。また一緒に当たり前の日常に戻りたい」
いつの間にか、乃和の目から涙が零れ落ちる。
「ごめんな。オレにはそうは思えない」
蓮は微笑みを絶やさず、あっさりとそう言った。
「っ……何で!?どうしてそんなこと言えるの?やっぱり「心」がないからっ?」
「どうだろうな。オレが乃和の体を健康的に育てあげるっていうのを実行できたのは、そのプログラムを組まれていたからだ。博士にな」
「!」
「でも、乃和が成長するにつれオレもいろいろなことを学んできたんだと思う。プログラム以外の何かを」
蓮はその微笑みを口元からかき消すと
「まぁそうだとしても、オレにとってプログラムが全てだ。それを実行することが生きる意味に近い」
「わたしには分からないよっ……」
「だよな。だから、しゃーない!」
蓮はニカッと笑うと、手の伸ばし乃和の涙を拭う。
「ほら、泣くなって。な?」
「っ……」
そういえば昔はよくあった。子どもの自分は思い通りにいかないことがあるとよく泣いていて、その度に蓮は涙を拭ってくれた。
怒鳴り散らすこともなく「泣くなって」といつも笑顔だった。
そして、蓮は乃和の手をひいて歩きだす。
乃和の手をひく手も、涙を拭ってくれる手も、あの頃と同じ。
けれど、残酷な現実に気付いてしまった今、その手をあの時と同じ気持ちで握り返すことは、乃和にとって難しいことだった。
蓮に案内された部屋に入ると、そこにはセナがいた。
彼女は壁際の本棚の前に立ち、本を開いている。
「乃和、紙の本は過去の世界では当たり前にあったってどこかできいたけど、本当にそうなの?」
セナは振り返えると、微笑む。
「うん。そーだよ」
乃和はしぶしぶそうこたえる。
「まぁ素敵ね。今はここの本棚にある分で全部よ」
「……」
「乃和、座って」
セナは窓際にあるテーブルのイスをひく。
乃和がそこに腰掛けると、セナは向かい側の席に座った。
「その格好は藍星が?」
乃和が黙っていると、隣に立つ蓮が「そうだよな」と言ったので仕方なく頷く。
「かわいいわ~~。やっぱり若い女の子はこーでなくっちゃ!」
セナは幸せそうに表情を歪ませる。
「……ってかこれ何?」
乃和はそんなセナから視線を外すと、テーブルの上に置かれているビンを指差す。
その中には色とりどりのカプセルが詰め込まれていた。
「あ、食べてもいいのよ。これはこの時代の食事。一粒食べれば、一日分の栄養を摂取できるわ」
「……ごはんとパンとか普通の食べ物はないの?」
「今の時代にはあるはずないじゃない。歴史の本の中だけの存在よね?蓮」
「そうですね」
蓮は頷く。
「信じられない。こんなの食事じゃないよ……」
食事は生きるうえでの楽しみの一つであって、栄養をとる行為だけではないはずだ。少なくても乃和にとっては。
しかし、今の時代はいろいろな常識が思ったよりも違うらしい。
セナはビンから一粒黄色みがかったカプセルを取り出すと
「これは昔でいう卵かけごはんの味を再現してみたの。乃和は本物食べたことあるのよね?」
「……あるけどさ~」
「本物の味と比べての違いが知りたいわ~。食べてみて?」
「え、やだ。まずそうだし」
「いいじゃない~それっ」
「!」
博士は乃和の口の中に無理やりそれを、押し込もうとする。
思わず口の中に入れてしまったそれは、乃和の口の中で砂糖のように一瞬でとろけた。
「……」
「どう?どう?」
「なんか違う……」
ただただ甘じょっぱいだけだった。
そもそもカプセルで、完全に、卵かけごはんが再現されたとしても食べたいとは思えない。
「残念ねー。まだまだ改良の必要がありそうだわ」
「そんなことより、わたし会いたい人がいるんだけど……探してきていい?」
乃和が思い切ってそう話を切り出すと、セナは不服そうに眉を寄せた。
「あら、誰なの?それは」
「ゼロ……ID0778の魔法使い」
過去に帰ることができなかったとしても、ゼロナにまた会えれば希望も持てるかもしれない。
まるでここは牢屋の中みたいだ。少しでも抜け出し現状を変えるきっかけがほしかった。
「理由は知らないけど、ダメよ。あなたにはやるべきことがあるんだから」
セナは表情に影を落とし、低い声色でそう言った。
「!」
「乃和。母さんに、「心の情報」を頂戴。あなたの左目に全て記録されているはずよ」
セナは乃和の左目に手を伸ばす。
「その情報を分析すればこの世界「魔法使いの箱庭」に心を宿らせることができる。そうすれば、この世界はもっと豊かになる」
「っ……」
乃和は思わず立ち上がった。
「嫌に決まってるじゃん!」
「乃和、これは仕事よ?」
「この心はわたしのものだよ!そもそも情報じゃないし、誰にも渡さない!」
そして乃和はその場から駆け出し、部屋を飛び出した。
セナは部屋からでていった乃和のことを目で追うと、
「……どうしたの?蓮。捕まえて」
目の前に立ち尽くしている蓮にそう言う。
「……はい」
蓮はそう返すと、乃和に続いて部屋からでていった。
乃和は後ろを振り返る余裕もなく、必死になって廊下を駆け抜ける。
たしか、蓮とここまでくるまでに外へ出られる扉があったはずだ。
「あれだっ」
乃和はその扉を見つけると、取っ手に手をかける。
外は厚い雪が積もり、凍える寒さだろう。
しかし、ここから出なければきっとゼロナと会う手段はない。
乃和は覚悟を決めて、扉を開け放つ。その途端、身を切るような冷たい冷気が体に突き刺さった。
「寒っ……」
積雪はかなりあったが、魔法使いの街までは一本道が続いていた。人間が使うための道だろう。そこだけは雪かきがされているらしく、ギリギリ走れそうだ。
「……う」
息を吸い込むたび、肺の中に冷気が入り込む感覚がする。苦しい。
そうだとしても、乃和は出来る限り早く足を動かし前へと進む。
その時、背後から衝撃が走った。
「!」
乃和は勢いよく地面を転がり、そのまま力なく横たわる。
体に力が入らない。
「そんな格好で外にでたら死ぬぞ?」
乃和のことを追ってきた蓮は、そう呟き、横たわっている乃和の傍らに立つ。
右手が機械に変形し、青白い光を発している彼はやはり乃和の知っている蓮ではなかった。
「これぐらいじゃ……死なないから!」
「いや、死ぬって。お前は人間だし」
蓮はやれやれというふうにため息をつく。
「なぁ乃和。どうして親のいうことがきけないんだよ。この世に生み出してくれたことに報いることをすべきだ。オレみたくな」
「に……兄さんと同じにしないでっ……わたしは、ロボット、じゃないんだからっ……」
「そっか。だよなぁ……」
蓮は機械に変形した手で乃和の体を強く抑え込む。
抵抗しようとしたが、全く身動きが取れない状況だった。
「ごめんな。乃和」
乃和のことを覗き込む蓮の悲しげな表情が目に入る。
視界が掌で覆われたと同時に、乃和は意識を手放した。
+
「博士データの抜き取り完了しました」
外から戻ると、出入口に待っていたセナに蓮はそう言った。
「ありがとう」
セナは微笑むと、乃和の左眼球を蓮から受け取る。
蓮が抱きかかえている乃和は、ぐったりとしておりしばらくは目を覚まさないだろう。
「乃和のことは、これからどうするとお考えですか?」
蓮がきくと
「そうね。眼球を抜き取った時点で、記憶喪失になっているでしょうから、まず基本的な教育から……」
「それはオレのことも忘れてしまっているということですか?」
蓮の口から思いもよらぬ言葉が漏れた。それに、表情が「動揺」へ切り替わったのが分かる。
自分の発言と表情の変化に戸惑っていると、セナは不快そうに眉をよせる。
「どうしたの?蓮。故障?さっきメンテナンスしたばかりよね?」
「申し訳ございません」
「もちろん乃和は、あなたのことを忘れると思うけど、何か問題ある?」
「……ありません」
蓮の体を構成している歯車の動きが、一瞬鈍ったような気がしたが気のせいだろう。
乃和のことを育て上げるというプログラムは問題なく実行されたのだ。乃和が自分のことを忘れたとしても、何の問題もない。
「そうよね。あとはこの眼球を、準備していたろ過装置に入れて……あ、蓮は乃和のこと部屋に運んでおいて頂戴。藍星の部屋の隣よ」
「了解しました」
そしてセナは上機嫌な様子で、この場を立ち去る。
蓮はその様子を見届けると、乃和のことを抱えたまま歩きだした。
……歯車からの不快音がやまない。ギシギシ、ギシと、今にも動きを停止してしまいそうだった。




