三十八話 プロローグのエピローグ
掘りの深い男だった。
まるで、銅像のような顔だと思ってしまった。
年は三十歳くらいだろうか。
真紅の髪はボサボサで、身長は二メートル近い。
獣の皮で作られた服は、しばらく洗ってないのか、異臭を放っている。
「君も試験を受けにきたのか?」
話しかけると、男は黙ってうなづいた。
表情がほとんど変わらない。
「ボクもそうだ。ガレアの街は、あの事件以来、ずっと兵士を募集しているからね。君も今なら簡単に入団試験に受かると思って来たんだろ?」
「……まあ、そんなところだ」
初めて聞いた男の声は、かなり低く、くぐもったような渋い声だった。
「じゃあ、一応ライバルだね。ボクの名前はロンド。よろしくな、えっと……」
「……レッドだ。よろしく、ロンド」
ボクの方を見ずにレッドはそう言った。
無愛想な男だった。
しかし、話しかけないわけにはいかない。
ボクの本当の目的は、入団試験に受かることではないのだから。
「しかし、あれだね。大きな事件があったから、なかなか街に入る検査に時間がかかっているね。ボク達が中に入る頃には日が暮れてるんじゃないかな?」
「……そうか?」
「いや、冗談だよ、レッド、そこまでかからないよ。突っ込んでくれよ」
「……ああ、そうか。悪かったな」
まったく会話が弾まない。
なかなか情報を引き出せないな。
「その髪、かなり赤いけどレッドは火属性なのか?」
「いや、違う。俺は風属性だ」
「えっ、そうなの? ボクも風属性なんだ。ほら、見てよ。髪の毛、見事な緑色だろ。風魔法を極めていくと、髪色が緑に変わるんだよ。知ってたかい?」
「いや、知らなかった。俺は、そんなに魔法が得意ではないんだ」
確かに見た目は、戦士にしか見えない。
背中に巨大な斧も背負っている。
得意属性により、髪の色が変わっていくのは、魔法を修練するものなら誰でも知っていることだ。
恐らく、レッドはあまり魔法が使えないか、補助的なものしか使用できないのだろう。
「そうか、髪が赤いってことは、北の方の出身かな?」
「ああ、バザルビートからやってきた」
「へぇ、あそこの名物、前に食べたな。あの肉団子を串に刺してあるやつ」
「いや、串には刺してない。バザルビートの名物は肉団子を揚げて食べる、ボンボンだ」
「あーー、そうだ、それそれ。ありがとう、思い出したよ」
どうやら、本当にただの田舎者のようだ。
魔法も大したことなさそうだし、もう警戒する必要もないだろう。
一応、最後に身体能力をチェックしておくか。
「そういえば、あそこでお土産を買ったんだけど、あれ、どこいったかな、おっと」
懐からわざと銅貨を落としてみた。
レッドが咄嗟にどう動くかを、じっくりと観察する。
お粗末な動きだった。
鈍いなんてものじゃない。
地魔法が苦手な魔法使いが作ったゴーレムでも、もう少しマシな動きをするのではないだろうか。
「……これ」
「ああ、ありがとう。試験お互い頑張ろう」
レッドは恐らく試験に受かることはないだろう。
間違って受かったとしても、ボクの部隊には配属しないでほしい。
足手まとい以外の何者でもない。
後にボクは後悔することになる。
最も警戒すべき人物のマークを外してしまったことを。




