三十話 赤さん、笑顔になる
「すごいな、もうほとんど文字を覚えたんじゃないか?」
「まだ、ひらがなとカタカナだけだよ、ハナさん。漢字はまだ半分くらいしか覚えてないよ」
「それだけ出来たら十分だよ。漢字なんて、私も全部覚えてない」
ハナさんが僕の頭をよしよしと撫でてくれる。
あれからさらに二十日が過ぎ、僕が生まれてから一ヶ月になっていた。
「よし、これからはわからないことは、パソコンのウィッキーペディアを使って自分で調べろ。スキルの『ウィッキーペディア』と合わせたら、アカは二つの世界で知らないことは何もなくなる」
「え? ハナさんはもう教えてくれないの?」
見放されたみたいで、悲しい気持ちになってくる。
「バカ。知識だけなら、もうアカのほうが賢いんだよ。これからは私が色々質問するから、ちゃんと教えろよ」
「う、うんっ。頑張るよっ」
ハナさんがそう言ってくれるのが嬉しくて泣きそうになる。
僕はすでにこの時から、いつかハナさんと別れる日を考えていたのかもしれない。
しかし、それはもっと、ずっと先のことだと思っていた。
いつものように午後からは地魔法の練習をする。
昨日ぐらいから、ようやくゴーレムの全身を作り出せるようになっていた。
しかし、まだそのサイズは小さいもので、出来上がったのは、僕と同じくらいの赤ちゃんゴーレムだった。
「だいぶ、地魔法のレベルが上がったけど、これぐらいしか出来ないよ。しかも、全身が出来たのにちゃんと動かない」
まだまだ未熟な僕の地魔法では、風魔法のサポートなしにゴーレムを動かすことが出来なかった。
たまにもぞもぞ動くだけの役立たずのゴーレムに、僕はがっかりと肩を落とす。
「いや、十分だよ。これが戦闘で使えれば、ダミーとして役に立つ」
「え? 囮に使うの? さすがに無理があるんじゃないかな?」
「大丈夫、アマゾーンでこんなものを買っておいた」
ハナさんが持ってきたのは、結構リアルな赤ちゃんの人形だった。
近くで見たら明らかに偽物とわかるが、遠くから見たら恐らく本物かどうかわからない。
「中身の綿を取り出して、ゴーレムを入れて、ほらっ、見事にアカ二号の完成だ!」
ハナさんがもぞもぞ動く人形を抱え上げて、僕に見せる。
なんだか、ちょっと気持ち悪い。
「見ろ、アカ。お腹を押すとしゃべるんだぞ。楽しいだろ」
『アウアウアー』
人形に仕掛けられていた録音機械が赤ちゃんの声を出し、ハナさんがぷっ、と笑う。
「見ろ、アカとそっくりだ」
「そっくりじゃないよっ」
こんなオモチャと一緒にしないで、と思って頬を膨らます。
「悪い、悪い。だけどゴーレムにはアカの魔力が詰まっているし、敵も本物と勘違いする。絶対に役に立つからな」
「わかったよっ。そういうことにしとくっ」
『アウアウアー』
ハナさんがまたゴーレムのお腹を押して笑い出す。
こんなに笑っているハナさんは、初めてだったので、僕も嬉しくなって、笑顔になる。
ハナさんが笑うところを見れただけでも、ゴーレムを作ってよかったな、と心から思った。
そしてハナさんと一緒に笑ったのは、これが最後になった。




