二十話 赤さん、蜘蛛女と対峙する
「悪いがアラクネ。コイツは土産じゃない。商売をしにきた」
ハナさんが蜘蛛女アラクネから、僕を守るように隠してくれる。
おっぱいがぎゅっ、と顔に当たり恐怖心が和らいでいく。
ありがとう、ハナさん。ありがとう、おっぱい。
「そう、残念だわ。でも邪魔になったらいつでも買い取ってあげるわねぇ」
蜘蛛女アラクネの下半身部分の六本足がわしゃわしゃと動く。
蜘蛛特有のぶよぶよなお腹が揺れて、気持ち悪くなる。
ハナさんが蜘蛛女アラクネに僕を渡したら、食べられて、あそこに入ることになるのだろうか。
「で、今日は何を持ってきたの?」
上半身だけなら、普通に綺麗なご婦人に見える蜘蛛女アラクネは、キセルをコンッ、と叩いて、髑髏の灰皿に灰を落とす。
入って来た時に感じた、甘い香りがさらに強くなった。
どうやら、ただの煙草を吸っているのではないらしい。
蜘蛛女アラクネが吐いた煙が、ピンク色に染まっていた。
「塩と胡椒、あとはガラス玉だ」
ハナさんが背負っていた革鞄を下ろして、中から瓶に入った塩と胡椒、ガラス玉を取り出して、蜘蛛女アラクネの前にある豪華なテーブルに置いていく。
「へぇ。結構な量だねぇ」
蜘蛛女アラクネの目の色が変わるのがわかった。
テーブルに置かれたものをまじまじと観察している。
「あっ」
僕は思わず声を出してしまった。
蜘蛛女アラクネの顔にある目が増えていたのだ。
人間の目がある位置から上に二つずつ、合計六つの目が現れている。
「ん? 今、赤ちゃんが何か言ったのかい?」
「んっ、んっ、いや、私が咳払いしただけだ」
「そうかい。そういうことにしておこうかねぇ」
完全にバレていそうだが、蜘蛛女アラクネはスルーしてくれた。
案外いい人なのかもしれない。
『アカ、あとでお仕置きだからな』
『ご、ごめんなさい』
今はハナさんのほうがちょっぴり怖かった。
「しかし相変わらず、フラはいいものを持ってくるねぇ。混ざりものがない塩なんて、この世界じゃほとんど手に入らないのにねぇ」
「まわりくどいことは嫌いだ。いいから買取価格を言ってくれ」
「そうだねぇ。このまま売ったら別世界のものと勘違いされてしまうから、粗悪なものと混ぜて売らせてもらうよ。胡椒やガラス玉もこの量だと裏ルートでしか捌けないから、全部合わせて、金貨五枚てとこかねぇ」
「流石にそれはぼったくりすぎだろ、アラクネ。金貨十枚でも安いくらいだぞ」
ここでようやくハナさんの仕事を理解する。
ハナさんは、アマゾーンを使って別世界の物を安く購入して、高く売ろうとしているんだ。
確かに、それは儲かるかもしれないが転生子とバレてしまうリスクがあるんじゃないだろうか。
「あれ、なんだかさっきの声、やっぱり赤ちゃんの声だった気がしてきたねぇ」
「……わかった。金貨五枚でいい」
ああっ、僕のせいで、安く買い叩かれてしまう。
全然いい人じゃなかったよ、蜘蛛女。
「そのかわり、一つ情報をくれないか?」
タダでは転ばないハナさんの反撃が始まった。




