十九話 赤さん、裏道に入る
街の中は、外の巨大な壁に覆われた物々しい雰囲気と違い、明るく賑やかな所だった。
入り口の近くから多くの店が並んでおり、何かを焼いてる、いい匂いが漂ってくる。
『ハナさんっ、あれはなにっ?』
『ホットドックの露店だな。肉を腸詰したものを焼いて、パンに挟んで食べるやつだ。こっちの世界には無かったものだから、転生子の誰かが流行らせたんだろう』
確かにホットドッグの情報は入ってこない。
こちらの世界の食べ物ではないようだ。
『ハナさん、転生子は見つけたら殺すとか言ってなかった?』
『ああ、だが、簡単に見つかるもんじゃない。転生子とバレたら世界中から命を狙われるんだ。私を含めて、転生子は皆かなり慎重だ』
そういえば、ハナさんは門番の人と普通に話していた。
普通の人間として、うまく街に溶け込んでいるんだ。
僕は特に転生子と間違えられやすいから、気をつけなければならない。
『で、ハナさんはこの街に通貨を稼ぎに来たって言ってたけど、どこかの店で働くの?』
『いや、私は働くのが大嫌いなんだ。転生前も、ずっと引き篭もりのニートだった』
ニートという言葉は知らないが、かなりダメ人間だったことがなんとなくわかる。
『え? だったらどうやって通貨を稼ぐの?』
『ふふん、見てのお楽しみだ』
得意そうなドヤ顏でハナさんは賑やかな通りを抜けて、どんどんと裏道に進んでいく。
そこは明るい表通りと違い、壁の影に隠れた薄暗く、ジメジメとした場所だった。
ちゃんとした店はなく、汚れた服を着た男達が、地面にゴザを敷いて座っている。
そこには、なにやら怪しげな薬のビンや、奇怪な装飾品が並んでいた。
ハナさんは、その男達に見向きもせず、さらに裏道の奥へと進んで行く。
ほとんどの光は遮られ、ひび割れた壁から、わずかに漏れる灯のみだが、ハナさんは、まるで速度を落とさなかった。
何度もここに来ていているのだろう。
そして、最後にハナさんが辿り着いた場所は、ただの壁があるだけの行き止まりだった。
『道を間違えたの?』
『いや、あってるよ』
ハナさんが壁に向かって手を添えて、ボソリと何かをつぶやく。
魔法だ。何の属性かわからないが、精霊の力が働くと、僕はそれを感じるようになっていた。
そして、闇が剥がれ落ちるように壁が消え、目の前に大きな扉が出現する。
『さて、仕事の始まりだ』
ハナさんが、その扉を開けると、むせ返るような甘い香りがして、思わず鼻をつまみそうになる。
しかし、赤ちゃんらしくするために、それを我慢して、なるべく息を吸わないようにした。
「あら、フラじゃない。こんにちわ」
部屋の中心に、明らかに人間ではない女性が座っていた。
下半身から下が、どう見ても蜘蛛だった。
上半身は優雅な貴婦人のように、ドレスを纏い、右手に持った長いキセルを吸って煙を吐き出している。
「今日は、何の用なの? もしかして、その美味しそうな赤ちゃんをお土産に持ってきてくれたの?」
じゅるり、と蜘蛛女が喉を鳴らすのが聞こえる。
僕は思わずおしっこを漏らした。