十八話 赤さん、到着する
「城塞都市ガレア。それがこの街の名前だ」
ハナさんと僕の前に大きな門がそびえ立つ。
さらに街のまわりは、高い壁に囲まれて、外からは中が全く見えなかった。
「私達がいた山は国境の真ん中にあってな、昔は山向こうの国とここの国でよく戦争をしていた。この街はその戦争によく巻き込まれていたんだ」
『迷惑な話だね』
「そうだな。街は敵から防御する為、周囲の堀を深くして、柵をつくった。そこからさらにレンガや石を積んで壁を作り、戦争が激しくなるにつれて、壁はどんどん高くなっていった。この街は、戦争によって著しい発展を遂げたんだ」
街を覆う巨大な壁は、まるで僕を上から睨んでいるような、そんな迫力があった。
「今ここは、どこの国にも属さない独立した街だ。下手なことをすれば、街の中だけで、すぐに裁かれ処刑される。いいか、ここでは真の赤ちゃんになりきるんだぞ」
『うん。世界一の赤ちゃんを演じてみせるよっ』
気合いの入った僕に、ハナさんはちょっと不安そうな眼差しを向ける。
大丈夫だよ、という意味で僕は笑顔でウインクをした。
不安そうな眼差しは変わらなかった。
「お、久しぶりじゃないか、フラ。買い出しか?」
門の前に立っていた髭面の男が話しかけてきた。
鉄の鎧に身を包み、腰には剣を帯刀している。
恐らく、この街の門番だろう。
「ああ、その通りだ、カート。食料が少なくなってきたからな」
「そうか、悪いが入門証を見せてくれ。顔見知りでも一応、決まりだから……って、なんだそれっ!」
門番のカートが僕を指差して驚いている。
「ん? 見てわからないか? 赤ちゃんだぞ」
「それはわかるっ、そんなことじゃない。フラ、どうしたんだ、その赤ちゃん、もしかして……」
「ああ、先日、私が産んだ」
ぶはっ、と盛大に吹き出してしまった。
『アカっ!』
『ご、ごめん。ハナさんがすごいことをいうから』
そんな設定にするなら最初から言っておいてほしかった。
「むせたのか、大丈夫か、アカ」
「今、その赤ちゃん、吹き出してなかったか?」
「気のせいだ」
「気のせいだったかな? いや、そんなことより、いつのまに赤ちゃんなんか作ったんだよ、フラっ! 相手は誰なんだっ!?」
「相手などしらん。望んで出来た子ではない。それ以上説明が必要か?」
「い、いや、必要ない。中で手続きをしてきてくれ」
門番のカートは、かなり落ち込みながら、手をあげる。
ガラガラという音と共に巨大な門がゆっくりと上に開いていく。
『ハナさん、いまの説明でよかったの? 門番の人、ハナさんのこと好きじゃなかったのかな? この世の終わりみたいな顔してるよ』
『いいんだよ。男はキライだ。それにこの世界はそういうことが日常茶飯事で起こっている。下手な小細工がいらないから、楽でいい』
本当にいいのだろうか。
なんだか、門番の人がすごく可哀想だ。
『ハナさんは誰かを好きになったことがないの?』
『ああ、いままでもそうだったし、これからもそうだ』
最初に出会った時、ハナさんは自分しか信じないと言っていた。
それがずっと変わらないのは、とても悲しい事のように思える。
背後で門が閉まる音がして、僕とハナさんは、城塞都市ガレアに到着した。