十四話 弟くん、待機する
「順番待ちですね。転生は一年後になります」
受付でそう言われた。
天国や地獄のような死後の世界は信じてなかったが、もしそんな世界があるなら、俺は確実に地獄行きだと思っていた。
だが、死んだ後に来た場所は、天国でも地獄でもない、ただの白い部屋だった。
「はぁ、わかりました」
受付のお姉さんに気の抜けた返事をする。
白い部屋には俺とお姉さんしかいない。
あとは白い机と俺とお姉さんが座っている白い椅子が2つ。
他には、まったく何もない。
俺は素っ裸だし、お姉さんも素っ裸だ。
殺すなら、素手で殺すしかない。
お姉さんの細い首を反対方向に折り曲げるのは、一秒もかからないだろう。
だが、俺はそれをしなかった。
首を反対に曲げても、たぶんこのお姉さんは死なない。
いや首を引き千切っても、平気な顔で話していそうな気がする。
「そうですね、正解です。でも多少話しづらくなるので、折らないでいてもらってありがたいです」
どうやら心も読めるようだ。
神様には見えないが、自分よりも高度な次元の存在だろう。
「何か質問などはありませんか?」
「なんでも答えてくれるんスか?」
「いえ、答えられる範囲だけです」
お姉さんは笑顔でそう言うが、本当は笑っていない。
俺は死ぬまで、作り笑いしかしたことがなかったので、それを見抜くことができた。
「正直、転生とか、あまり興味がないんスよ」
「あらあら、せっかく一からやり直せるんですから、少しは興味を持って下さいよ」
それは無理だ。
どんな世界もくだらないことを俺はよく知っている。
「なんで、俺みたいな壊れた奴を異世界に転生させようと思ったんスか?」
「壊れているから、こそ、ですよ。まともな人は転生させません」
なるほど、もしかしたらこれは地獄に行くみたいなものなのか。
それならば納得出来なくもない。
「で、俺はそこで何をすればいいんスか?」
「話が早くて助かります。一年後、あなたは貴族の家に次男として転生します。何年かかっても構いませんので、その家の長男を殺して下さい」
兄殺しか。
そういえば身内は殺したことはなかったか。
「失敗したら?」
「成功するまで何度も転生されます」
なぜ、長男を殺さなくてはいけないのか。
どうして、そこの次男に転生されるのか。
そんなことに興味がないので、聞く気はなかった。
「で、成功したら?」
「なんでも一つ、願いを叶えて差し上げます」
叶えられる範囲で、とは言わなかった。
本当になんでも一つ願いを叶えてくれるのだろう。
転生されたその世界限定で。
「わかりました。引き受けます。一年後ですね。それまで俺はどうすればいいんスか?」
「いえ、何もしないでいいですよ。ここで、ただ待っていて下さい」
「ここで? 何もせず? あんたと二人で?」
「はい、そうです。よかったらいくらでも話相手になりますよ」
俺は部屋の隅まで行って座り、膝を抱えて目を閉じる。
「一年経ったら起こしてください」
「あら、残念」
恐らく、この部屋は睡眠も食事も必要としないだろう。
それは、逆にずっと眠り続けても大丈夫ということだ。
眠りにつくと、すぐに夢を見た。
生まれたばかりの赤ちゃんが、転生したと間違えられて、山に捨てられる夢。
それが、俺の転生先での兄であり、俺のターゲットであることがすぐわかった。
そして、いきなり獣に食べられかけていた。
てか、この赤ちゃん、俺が転生して殺しに行かなくても、勝手に死ぬんじゃないの?
俺は生まれて初めて、人の命を心配した。