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その愚か者は英雄になれない  作者: 真鍋仰
一章 得ること、失うこと
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008 人である人、人でない人②



 人とは違う人が生まれることがあるらしい。

 それは人でありながらも人ではなく化け物に類しながらも化け物ではない。


 先天的に人とは隔絶した力を持つ、そんな人。

 天才など生温い、天災と言っても差し支えないそんな者。


 それを異能者、隠語として「能力持つ者(ホルダー)」とそう呼ぶという。


 固有の能力をひとつだけ宿しその強大さは神子と呼ばれ、化け物と呼ばれるのにふさわしいほどに強力なのだそうだ。

 ゆえに異能者は忌み嫌われ、姿を隠し続けてきたのだという。


 彼らが持つ「異能」が畏怖すべきものであるがゆえに。





 要約すればそんな話を聞いた。


 最初は信じられなかったのだがそれを話す二人の真剣さとマジックとは思えない現象の数々に信じるほかなかった。

 二人の異能者が僕の目の前にいるのだった。


「あの話は分かったんですけど、昂凪さん、どうして僕なんかにそれを教えるんですか? 夜留さんが言っていたようにどっかの映画みたいに記憶を消してしまえばいいんじゃないですか?」


「もっともだね。ただそうできない事情がある。もう察せているんじゃないかな? キミが背負っていたこの子が異能者だってことに」


「………」


 そうかもしれないと先の話を聞いて思っていた部分はあったが断言されると不思議と驚いて声が出なかった。


「察するにいつの間に知らないところにいてこの子を見つけた、違うかい?」


「はい。目覚めたら知らない神社にいて、それで」


「つまりはそういうことさ。そういう力を持っているんだろう。だからキミを返すわけにはいかない。キミと縁ができてしまった以上、何度だってキミはこの子に呼び寄せられる。だったら事情を知らないよりも知っている方がいいだろう?」


「そう、ですけど。でも、なんで僕なんかが」


 少なくともこの少女に会ったこともないし、ましてや名前すら知らない関係だ。どうして僕なんかが呼び寄せられたのだろうか。


「必然かもしれないし、偶然かもしれないけどそこはどうでもいい。重要なのはキミがこの子に選ばれたということだよ、古藤弘嗣くん」


 選ばれた。なんとも胡散臭い響きの言葉だ。

 僕はもうとっくに寿命一年のキャンサーホルダーに選ばれているんだ。これ以上選ばれちゃあ選ばれ過ぎて当選過多で寿命が尽きそうだ。


 眠る少女を見た。

 すやすやと眠る寝顔は天使のごとく、金糸の髪は天女がまとう羽衣のごとく、肌の白さは新雪のごとく。


 そんな少女に選ばれた、僕。


「なんで、僕なんかが……」


「助けてほしかったから。そうでしょ、きっと」


 僕の独り言に昴凪さんが間髪入れずに答えた。

 それは決して軽い口調などではなく重みのある想いの言葉だった。


「もう治したけどさ、躰のいたる箇所に傷があったよ。きっとなにかから逃げていたんだろうね。相当怖かったに違いない。こんな幼い子どもが他でもないキミを頼っているんだ。僕なんかがなんてくだらないこと否定していないで、さっさと助けてあげればいいのに。手を取ってあげればさ。大丈夫だよ。オレとりっちゃんはキミの味方だ。キミとこの子が傷つくことなんてことはない」


 明確な意志のこもったその言葉に僕のくだらない自己嫌悪は吹き飛んだ。


 僕なんかがなんて、くだらない考えだった。

 手当たり次第に手を伸ばしてようやく届いたのが僕だったのかもしれない。


 それならば幸運なのはこの子よりも僕の方ではないのか?


 死にかけの僕を頼ってくれる人なんていないのだから、求められたらできるだけ応えてやりたい。それが女の子ならなおさらだ。男なんてそんなものなのだ。

 どうせ残りの時間を使うのなら他人のために使うのは悪くないかもしれない。


 打算的な考えはもちろんある。だからこれは偽善だ。

 偽物だったとしても、僕はこの善行をよしとしたい。


 ほらだってさ。

 ありがとうって言われたいじゃん。


 ちっぽけな僕の命を使ってでもさ。


「……何を、すればいいんですか」


「さあ? 知ぃらない。助けて欲しいのはこの子であってオレでもりっちゃんでもない」


 ゴスっと音がなるような拳骨が昂凪さんの脳天に落とされた。


「りっちゃんはやめてください」


「ごめん、りっちゃん」


「人の話、聞いていましたか?」


 めり込むようにグリグリグリと手袋をはめた左手を動かして反対の手袋のはめられていない白い右手は微塵の揺れもなく銀の盆を持っていた。

 銀の盆の上には白く、やわらかい湯気を漂わせるティーカップが四つ載せてあった。話を聞いているうちにいつの間にか飲み物に手を出していて気がついたらカラになっていたので新しいものを淹れてもらったのだ。

 まあ、実際はもらったというより気がついたらそうされていたのだが。


「はぁ、もういいです。次呼んだら吹き飛ばすので」


「りょぉかぁい」


 青筋を額に浮かべて再度ため息をこぼすとすぐに表情が消えた。拳骨を解いてその左手でティーカップをローテーブルに並べていく。


「リラックスが必要かと思いましてダージリンティーをご用意しました。味、香りは自信を持っていますのでどうぞお召し上がりください」


「あ、はい。ありがとうございます」


 だーじりなんとかとかよくわからなかったけど色からして紅茶だというのはわかった。


「あの、それで話に戻りたいんですけど」


 もらった紅茶を口にせずそのままローテーブルの上に置いて切り出した。どうやら僕から話し出さないと話は進まないらしいことがこの二人のやり取りで重々把握できた。


 だが、その切り出しに昂凪さんは手のひらをスッと僕に見せるように伸ばしたことでとめられてしまった。二の句も告げられずに僕は黙り込んでしまった。

 そして、隣の少女を見て口を開いた。


「詳しいことは本人に聞かないとわからないよ。だからさ。そろそろ狸寝入りはよしてくれないかい、化け物ちゃん」


「……仕方ないわね」


 小さな、凛とした声が部屋に響いた。


 その声の主はいつの間に着替えさせられたのか白い、清潔さの伺える病人服をまとって自らの足でソファーから立ち上がった。


 改めてとても小さな少女だった。隣に座る昂凪さんの身長が座高含めて高いからか、比較対象があるせいで余計に小柄な少女のように思えた。

 腰まである金糸の髪はいつの間にか埃ひとつついておらず光を反射し、そのきめ細やかさが伺えた。

 意志を宿し生気を宿す宝石のごとき碧の双眸はまっすぐと眼前を見据えている。恐れなど伺えない。ただただ何よりも強い、意志の強さが映し出されているような気がした。


「私は、雲。(たすく)シリーズ№03(サードナンバー)(くも)。飲み物と食事をわけあたえてほしいわ」


 少女は堂々と珍妙な名を語り、乞うどころか要求したのだった。





「私のことはむしゃむしゃ、ごくん。くぅちゃんでもむしゃむしゃ、ごくん。クラウドでもずーずーずー、ごくん。なんと呼んでもいいのだわ。ただし、むしゃむしゃ、ごくん。かわいいのじゃなきゃダメよ? わかった?」


 やけに長い廊下を渡り、階段を上り下り、案内されたのは食事場と言うのだろうか大きなロングテーブルがいくつも並んだ場所だった。


 洋館の外装通り、壊れかけたシャンデリアが大きな部屋をほの暗く照らしていた。

 そこで出されたのは豪華絢爛とは言えないまでも質素とは遠い料理の数々だった。


「あ、はい」


 初対面とは印象どころか性格まで違う剛毅な食べっぷりに僕は躰を凍らせていた。その細い躰のどこにそれほどの量が入るのかと説いただしたくなるくらいにリスのように頬張っている。


 あと素朴な疑問なんですけどクラウドってかわいい? 確かに英語だと雲だけども。


 というかクラウドじゃないよね。食らっちゃっているよね。クラウっちゃっているよね。


「はっはー。いい食べっぷりだねぇ、雲ちゃん。どうしたの、弘嗣くん。食べないの?」


「あ、はい。いただきます」


 昂凪さんの声に凍っていた躰を動かす。


「ほーら、遠慮なんかいらないよ。どんどん食べちゃって」


「勝手にあるじ面しないでください。処しますよ?」


「なに恥ずかしがってんの、りっちゃん。もしかして友達少ないから友達に料理出すのが初めてで緊張してるからとか? まあ、普段からあの人にしか出してないんだからそりゃあ緊張もするかぁ」


「……処します」


 美味しい。見た目も完璧。味も完璧。質も量も完璧かつたぶんカロリー計算も食べ過ぎずまんべんなく食べれば完璧だと思う。


 僕のような家事で料理を磨いたのとは明らかに違う。異質な料理の腕だった。

 まさか夜留さんの異能とやらは料理スキル向上とかそんなものではないだろうか。


「しょ、食事中だぜ!」


「知りません。処します。黙って三途の川でも渡りなさい。よかったですね。拙の料理が最後の晩餐ですよ」


「ちょま……!」


 ガシャンガシャン、バリンバリンとうるさいが僕はただただ感動を胸に抱いて料理を一口一口かみしめた。


「へ。いきなりで驚いたけどまったくあたらないぜ」


「地に堕ちろ」


「うわ!」


「……処します!」


 至福。


 だから僕は周りに起こる惨状に目も入らない。

 ただ美味しい料理を腹いっぱい食べた。





 少女少女、金糸の少女と心の中で呼んでいた少女を果たしてなんと呼ぼうかと迷い、無難に雲さんがいいか、いや、いきなり慣れ慣れし過ぎないか? 苗字らしき翼さんと呼んだほうがいいのではないか? いやいや、それは距離があってこれから距離を詰めて疑問をぶつけたい僕の立場としては悪手中の悪手だ。じゃあどうする。いっそのことくぅちゃんとでも呼んでみるか? 案外いけるかもしれない。だってまだ相手は子どもだし……。いやいやいや、そう言う甘い考えがセクハラだとか言われるのだ。踏み込み過ぎだ。踏み過ぎて床下突き抜けているから。自重しようよ、僕。じゃあこうしよう。


「くらうっ……どさん」


 散々迷った結果。無難そうだったクラウドさんを噛み、さっきのクラウっちゃっているの影響とかいろいろあって。とりあえず失敗しました。


 ……帰りたい。指折って友達の数数えて右の親指以外の指が全部きれいに突き立っていることを知ったときくらい家に引きこもりたい。


「なあに?」


「……いや、少し聞きたいことがあって……ありまして」


「もっとハキハキしゃべってほしいわ。私を背負っていたときみたいに」


「あ、えっと、はい。タメ口でいいかな?」


「ええ、もちろんよ。クラウっ……ドさんの名にかけて許してあげるわ」


 追及遅くない? 一瞬、焦ったんですけど。


「……あの、きみさ、異能者なんだよね? そして、僕を選んだ」


 言葉の途中で少女は首をはっきりと振った。


「いいえ。私は出来損ないよ。異能者でも何でもない。ねぇ、あなたは知ってる? 私のこと。翼シリーズのことを」


「い、いや。僕は何も、知らない」


「そう。ならあなたは何者なの? どうしてここにいるの? そして、よくよく考えると私はどうしてここにいるの?」


 どうやら空腹が落ち着いて現在の状況に疑問を持てたらしい。抜けている娘だと本当にそう思った。ただ狸寝入り中に聞いていたのか、場所はわかるらしい。たぶん具体的にはわかっていないと思うけど。


 僕が怒涛の質問に答えあぐねていると、トントンと靴音が響いた。


「あれ、どなた方ですか?」


 苛烈な喧嘩の中、僕たち二人は食事を終えて長い廊下を歩いていた。どうあっても喧嘩は終わりそうになかったので先に出てきてしまったわけだ。


 聞こえてきた声は廊下の前方からで僕たちは見合わせていた顔をそちらに向けた。


「いや、えっと」


「ああ、わかりました。昂凪さんが連れてきたのでしょう? たまにいるんですよ、そういう方々が」


「は、はい。そうです」


 茶髪の、やや長めのボブカットは夜留さんに似ているだろうか。だが、その人物はまったく開かれていない線のような目で気が付けば近くから僕たちを見ていた。

 ベージュのスーツをだらっと着こなしており長年愛用していることが伺えた。それに反して背筋は曲がりなど知らないと言うかのようにまっすぐピンと伸びていた。


「失礼しました。私は塚野(つかの)氷室(ひむろ)と申します。死霊魔術師(ネクロマンサー)なんてものをやらせてもらっています。ああ、興味なかったのなら覚えてもらわなくて結構ですからね」


 言葉ひとつひとつに重みも棘もなく軽くて丸い、捉えどころのない人だった。

 だから僕も少女も彼の言ったことを気に留められなかった。


「僕は古藤弘嗣です」


「私は――」


「名乗らなくてもかまいませんよ。存じておりますので。あなたの名はは良くも悪くも有名なので私ごときが存じていても不思議ではないでしょう?」


「……ええ」


 そして、男は軽く頭を下げると僕たちを抜いて歩いて行く。


「あ、あの! 塚野さん」


「氷室で結構ですよ。それよりまだ何か御用が?」


 思わず声をかけてしまったがその意味が自分でもわからず口ごもってしまった。


「用がないのなら行ってもいいですか。仕事が入っていましてね」


「……すみません。引き留めてしまって」


「いえいえ、お気になさらず。それではまた」


 スタスタと軽快なリズムで時折きしむ廊下を歩いて行く。それを耳に僕たちはまっすぐ歩こうと足を踏み出した。


「ああ、そうそう。仕事というのはですね」


 足を上げ、振り下ろすそのわずかな間にその捉えがたい声は耳を抜けていく。

 僕も少女も返事などできずに次の言葉が耳を抜けていった。


「侵入者の排除、ですよ」


 視界が暗転する。


 すべてがくらやみに包まれた世界を、塚野氷室と名乗った男は開いていないような細い目を光らせて一閃した。



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