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ドラゴンドレス!  作者: MUMU
第八章  太陽と月と夜と
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天使の踊りと悪魔の笑顔


ヴィヴィアンのお説教はさらに続く。


「別にヒラティアさんは死ぬわけでもなければ危険があるとも言いがたいはずです! 助けを求めてるとか泣いてるとか勝手な想像じゃないですか! 目的はヒラティアさんを助けることじゃなく、この世の中の変化を防ぐことのはずです! そこを履き違えるのは良くないと思います!」

「うう、そ、それはそうかも知れないけど……」

「そもそもハティ様はヒラティアさんに振り回され過ぎなんです! 私の立場も考えてください! 術者様としてそのような偏った態度では困ります!」

「?? え、ええと、偏る? よく分かんないんだけど」

「ヒラティアさんばかり優先しないでくださいということです! 私たちは平等のはずです! 誰か一人のために動くなら私たちにも相応の施しが頂きたいのです!」

「え? な、なんのこと……」

「……? ちょっと待ってください、ヴィヴィアン、今のは……」


アドニスが何か言いかけて、

しばし言葉を止め、視線を伏せて考えに沈む。


「そもそもヒラティア様よりも私やアドニスさんの方がハティ様とのお付き合いが短いはずです。なのにハティ様はヒラティアさんばかり見ています。これは大変な侮辱です」

「ぶ、侮辱って、なんでそんな」

「なるほど、分かりましたよ」


ぽんと手を叩いて、アドニスの顔がさっと明るくなる。すべて合点がいった、という顔だ。


「わ、わかったって、何が?」

「ヴィヴィアンさん」


と、そちらに向き直り。


「あなたの村は、重婚が認められてるんですね?」


…………


……


「は??」

「え? 北方は違うのですか?」

「そうですね、北方では富豪などが愛妾を囲うことはありますが、公的には妻は一人です」

「あのごめん、どゆこと?」


僕のすがりつくような問いかけに、アドニスは言葉を自分の中で整理してから言う。


「この手の話は受験に関係ないですからね、ハティさんも知らなかったのでしょう。いいですか、これは現在の北方には無い婚姻制度です。男性が複数の妻を抱える場合、それらは序列で管理される場合と、まったく対等に扱われる場合とがあります。ヴィヴィアンの村は後者であると考えられます」

「そうです」


ヴィヴィアンはなぜか重々しくうなずく。


「対等というのは、つまり全ての妻について、特に大事に扱う時期を儲けるということです。蜜月と呼ばれるような新婚の時期ですね、この時は一人の女性にかかりきりになるのです」

「はあ……?」

「このようなハーレムを形成した場合、男性には全ての女性を対等に愛する義務があります。また夫人同士は協力関係を維持すべきとされ、積極的に助け合う義務があるのです。そういう義務や規範がないと、夫人同士の争いが生まれやすくなるからです。古い時代にはそのような制度があったと聞いています」

「あっ、あの、ごめん、何の話なのホントに」

「つまりですね」


アドニスはなぜか朗らかに笑いつつ、場の三人を順繰りに指差してから言う。


「ヴィヴィアンの中で、ハティさん、あなたは既にハーレムを形成している男なのです。ヒラティアさんと、ヴィヴィアンと、私という三人の妻を抱えているのです」

「…………はあ!?」


開いた口が塞がらない、という事象が理解できた。

僕は目を丸くして、何かに驚いたような、それでいて何一つ理解できないような感覚の中を数秒漂う。


「……ハティ様の認識は、違うんですか?」


ヴィヴィアンが、そこで初めて少し控えめな声になる。


「ち、違うもなにも、僕は結婚なんか」

「ですが、同衾(どうきん)は済ませました。同じ屋根に眠り、同じものを食べましたが」

「それが結婚の儀式なのですね。なるほど、では私も条件を満たしていたわけですか、あなたの中では私とハティさんは恋人というより配偶者に近い認識だったのですね。そしてヒラティアさんは昔から満たしていたと」

「いやいやいやいや!!」


僕はこれ以上ないほど頭を振りつつ否定する。


「そ、そんなことで結婚なんか成立するわけが」

「そうでしょうか? 行政が整備されていない社会において、結婚などそのようなものかも知れませんよ。ある日を境に、村の男女が一つの家で暮らし始める。これは外部から見れば結婚でしょう。この状態のまま男が他の女の家に通ったりすればそれは不貞です」

「そんな無茶な!」

「というかハティさん、おかしいと思わなかったのですか? 彼女のようなうら若い女性が寝食を共にして、裸で添い寝する。義務というだけでは片付けられない献身です。なぜ彼女が嬉々として竜の巫女の役目を勤められるのか、それは伝統を守る意思とか、その役職がステータスである、ということもあるでしょう。しかし重要な要因として生活の安定があるのです。竜幻装(ドラゴンドレス)の術者が彼女の村で有力者であることは推測に難くないでしょう。そのハーレムに組み込まれることは、ヴィヴィアンの人生観にとって極めて重要なことなのです。北方では忘れられつつある、理解しにくい価値観ですが、そう考えると全てがすっきり説明できます」

「そ、そんな、でも……」

「……知らなかった」


ヴィヴィアンは僕の側で、深く考え込みながら独り言のように呟く。


「ハティ様は……、知らなかった……、北方の価値観と違う……」


その独り言が、繰り返すうちに徐々にヴィヴィアンに浸透していくようだった。ヴィヴィアンはある瞬間を境に、妙にすっきりした顔になって居ずまいを正す。


「そうですか……では仕方ありませんね。私もハティ様の都合も考えず、無理なことを推し進めてきたようです。ご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」

「え、いやべつに迷惑なんて」

「つきましては、離婚の儀式を執り行いましょう。10分ほどで済みますので、お付き合い頂けますか」

「え、う、うん、それはいいけど」

「そうですか、この儀式は一度始めると途中で止めることは許されません、くれぐれもそれだけはお忘れなく」


淡々とした声で淡々と告げる。僕はよく分からないまま頷く。ヴィヴィアンが目の座った状態なことに気づきもしない。


「ではハティ様、その場に立ってください」


そしてヴィヴィアンは、アドニスの方に膝を寄せて耳打ちをする。


「ええと、立ったけど」

「ではアドニス様、お願いします」

「え?」


アドニスは僕の背後に回り、首筋に指を当てる。

ぴり、と全身に走る電気的刺激。


「う、か、体が」

「ちょっとした金縛りの魔法です。あなたの竜の踏む影(ドラゴンシェイドダウン)ほどではありませんが、10分ほど身動きを取れなくするには十分でしょう」


ヴィヴィアンはゆるりと立ち上がると、マントを背中にすとんと降ろし、全身に巻き付いている帯状の民族衣装をほどいていく。


「アドニス様、ハティ様の下履きを下ろして下さい」

「分かりました」


ずるり


「あああああっ!!?!」

「下着もお願いします」


するするするり


「なっ何をっ!?」

「ではルールを説明いたします」

「ルールって何!?」


ヴィヴィアンが、例の修正線のような細身の下着だけの姿になって、すみれ色の髪をかき上げる。その体はうっすらと上気し、目には流し目のような艶と、強気な険のある様子が同居している。彼女の規格外の胸が誇らしげに弾み、挑戦的なものを秘めた目が僕の全身を睨めつける。


「離婚を求めるならば、まず男性の意思を確認せねばなりません。女性の側はそれを引き留めるために哀願の舞を踊るのです。そして立会人となる人物が、男性側に未練ありと見なした場合、木の棒でその腿を打擲(ちょうちゃく)するのです」

「杖を持っていますが、腿を打つなら板状がいいですね、錬成術で形を変えましょう」


アドニスは黄金の獅子が乗った杖を抜き、ばりばりと指から電撃を走らせると、杖の形が板状に変わる。黄金だから簡単に形状を変えられるわけか。感心してる場合じゃないけど。


「み、未練ありとか、打擲(ちょうちゃく)ってどういうこと……」

「ハティさん、もう薄々分かるでしょう。ヴィヴィアンの肉体に、あなたの肉体が屈服した場合には板でしばかれるというゲームです」

「はあっ!?」

「ちなみに三回叩かれると離婚は無効になりますが、哀願の躍りは時間いっぱい続けます」

「当然ですね儀式ですから」

「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってえええええええっ!!」


僕は直立したまま身動きできず、下着まで下ろされた世にも情けない姿で懇願する。


「何でしょうか、ハティ様」

「お、おかしいよこんな儀式、ほんとにこんな儀式あるの」

「ありますよ、私の村に三分前から伝わってる儀式です」

「いま考えたんじゃないかあああああ」


ばしいいいいいっ!


「痛ったあああああ!!」

「肉体が反応してます。まだ踊ってないのになんというザマですか、人目はばからぬ変態ですか」

「い、いや無理、こんなの無理に決まって」

「ハティ様」


と、そこでヴィヴィアンは顔を思いきり近づけ、僕の両手に己の手を添えて真剣な顔になる。


「私も正直なところ顔から火が出るほど恥ずかしいのですが、でもそれは今までも同じなのです。ハティ様に添い寝したり、この身を術に委ねたり、それはハティ様との強い絆があると確信していたからできた事なのです。ご自覚くださいハティ様、竜幻装(ドラゴンドレス)の術者であることの責任を。竜の巫女を従えることの重みを。あなたにはこの術が必要なはずです。ならば術にまつわる全てを、己が責任として背負わねばならないのです」

「ヴィヴィアン……」


そこに至って、僕はようやく気づく。

僕がどれだけヴィヴィアンに失礼なことをしてきたか。

彼女がどんな覚悟で僕の側にいたか、考えもしなかったことを恥じた。申し訳ないと思った。そして僕はヴィヴィアンを必要としている。その事がヴィヴィアンにどんな意味を持つかをようやく察したのだ。


しかし全ては遅かった。


「では踊らせていただきます。この踊りは本当に村に伝わっているんですよ。普段はもっとたくさん着るんですけど」

「う、うう」


そこでアドニスが、背後から僕の両肩を握る。


「ハティさん、精神を統一し、雑念を振り払えばどのような誘惑にも打ち勝てると聞きます。しっかり腰に力を入れて、己の肉体を統御するのです」


アドニスは僕の耳元でひそひそと囁き。その細く長い指を腰骨に這わせ、指先で尾骨の周辺をぐいぐいと押す。


「あ、あのアドニス、変なとこ触んないで」

「変なところ? このあたりですか?」

「あっあっ」


ずばしいいいいいいんっ


「んぐうううううっ!!」

「ちょろすぎますね貴方、さあ目を開けてしっかりヴィヴィアンを見なさい」

「あ、あのもしかして、二人とも怒ってる?」

「ぜんぜん怒ってませんよ。怒ってる時にあんな踊りができますか? ただヴィヴィアンはまだお若いですから、少し意地悪をしたい年頃なのでしょう。ほらクラゲみたいに優美な腰のひねりですね。相変わらずはち切れそうな胸が水中のように揺れてますよ、あの流し目も素晴らしい。妖艶さの中に初々しい恥じらいが混ざって」


どっばああああああん


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「ほらほら、大胆に足を持ち上げましたよ、見事な柔軟性です。弧を描く爪先が円を描いてますね。普段は見えない腿のつけねの窪みに色気があります。動作の中でもしっかりと持ち上がったヒップが可愛らしいですね。小鳥のように体を揺するステップでお尻がふるふると揺れてますよ。見えますか、極小の下着のために鼠径部が丸見えになってます。そんな中でも眩しい笑顔を見せてくれるのが本当に可愛らしくて」


だばああああああん


「じ、実況、実況だけはやめてえええええ」

「何を言ってるのですかこれからが本番ですよ。ほらパンツの側部に指を入れましたよ、大胆な振り付けですがおそらくアドリブです。ほら見えますか下着をぐいと横に引っ張る動作です。反対側の肉がぎゅっと食い込んでその弾力や手触りが手に取るように分かりますね。次は間近まで近づいてきました。触れるか触れないかの距離で足を振り上げながら踊ってます。ときどきハティさんの胸を指でツンと突いてますね、胸の高鳴りを励起するような挑発的な仕草です。上半身を前に倒す振り付けだと脂肪が大変なことに」


びしゃああああああんっ


「ぬぎゃああああああああ!!!」

「まだ半分も終わってませんよ、しかし楽しそうですねヴィヴィアンさん、弾けるような笑顔です。ほら汗のしずくが飛び散ってますよ」




そしてその地獄のような時間は、たっぷりしっかり長々と続いたのだった。



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