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ドラゴンドレス!  作者: MUMU
第八章  太陽と月と夜と
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そしてこの世で唯一の君は


ヴィヴィアンと共に穴をすり抜け、六層に出る。


氷はなく、平野が広がるのみ。霧が立ち込めており、周辺以外のことはよく分からない。

むっとするような熱気を切り裂いて上昇。かつてワイアームを遥かに見下ろす位置まで翔んだときのように、一瞬で数千メーキ上昇する。力場で保護されていなければ脳漿が破裂するほどの勢いだ。


「ハティ! 首尾は!?」


上空でアドニスが接近してくる。その全身からもうもうと蒸気が上がっている。


「予定通りここで迎え撃とう! ()は起きた!?」

「問題ありません、とてつもない不死性です、さすがは大爛熟期の……」


ぎんっ

金属板をねじるような音。エンキが下方から昇ってくる。瞬間移動のような瞬間的な加速を繰り返している。


だが、その周囲から押し寄せる影。

霧襖の奥から迫り来る、それは水である。


四方八方から山のような大津波が迫ってくる。

それぞれが高さ一千メーキに迫る三角波、世界が震えるほどの鳴動と共にエンキに押し寄せ、中央で一気にぶつかり合い、大噴火のような水柱を天の彼方まで打ち上げる。

そして渦を巻く。島一つすら粉々にしそうなほどの渦潮。それは自然の形成ではなく、人がかき混ぜたように高速で回転している。


「やはりこの水は生きています。氷の形態から融解すると同時に。穴を囲うように身を広げて迎撃の構えを取りました」

「意思の疎通はできる?」

「何度か試みたのですが無理でした。呼び掛けには反応しているのですが、会話は成立しません」


この大量の水が一個の生物だとすれば、それは()なのか。


予想はつく。それはおそらくこの迷宮の主。

七つの階層世界を創造し、後進の人類に己の研究を委ねた太古の魔法使いではないか。それは推理であると同時に予感でもある。第七層の真上に座す守護者、この試練場に挑む者への最後の関門、それが空間の創造主とイコールであるという想像は腑に落ちるものがある。


エンキは言っていた。強大さと不死を追い詰めた結果、自らを怪物に変えた魔法使いたちがいたと。彼、あるいは彼女もそうなのだろう。


しかし400年、である。

彼が何を思って自らを変化させたかは分からないが。その長き時間は人間の精神では耐えられなかったのか、あるいは最初から知性すら捨てるつもりだったのか。彼は単一なる水となって、無限の生命を手に入れたのだろうか。


ばしゅ、と水音がする。

ガラスのような透明な球体、球状の力場を形成してエンキが浮かんでくる。腕を組み、尊大な構え。


「やれやれ、君たちが氷を溶かしたのか、面倒なことを」

「エンキ、彼は君に敵対している、逃げられはしないぞ」


この場を離脱されることはこちらに不利になる、僕は彼のプライドを刺激する意図で釘を指す。


「また凍らせるまでだ。いや、超圧力をかけて上位元素に変換してやろうか」


瞬間。下方から伸び上がる影。

巨大な棒状の水流が一気に僕らの高さまで打ち上がり、90度に折れてエンキを襲う。エンキは特に構えもせぬまま真後ろにずれる。

さらに水の腕が伸びる。三本、八本、十七本。


「ふん」


それらが高速で殺到する瞬間、エンキが両手を打ち鳴らす。エンキの背後にて空間に円形のひびが入り、靄にけぶる空を突き破って出てくるのは巨大な口腔。すると背後の空間が、エンキの手足が歪んで見えて、水の腕が不自然に折れ曲がってその口に吸い込まれていく。


あれは召喚魔法か、おそらく空間をねじ曲げて全てを喰らう怪物。生物にはあり得ないほど不自然な真円の口、内部に無数の牙が生え、喉の奥は闇が満ちていて。


宇宙貫(うちぬ)け!!」


飛翔する電撃の槍。鋭角に折れ曲がりながら怪物の口に突き刺さり赤雷を解放。虚空の怪物は炭化するように形象が崩れて消える。


エンキはそのような攻撃は意に介さず、首をごきりと鳴らして下方を眺める。


「ふむ、水とはまた単純な発想だが、実学的な帰結ということかな。総体はおよそ800立方ダムミーキ、水分子の挙動を制御下に置くことはできているが、自我を分散させ過ぎてほとんど本能的思考しか残っておらん。典型的な失敗例だな」

「彼を侮辱するな! 彼は何の罪も犯していない、僕たちの父とも言える存在だぞ!」

「父か、確かに昔は高邁なる人物だったようだがな。細緻なる細工物を追求していた研究者が、このような物量だけが存在の永続性を担保するという結論に至った過程、実に皮肉と思わんかね。結局のところ彼も自分の滅びに耐えられなかった。知性すら捨てているのがいい証拠だ。このような例は多いのだよ。研究者どもは永劫の時というものを想像したとき、そこで自己が劣化していく予感に耐えられないのだよ」

竜の爪(ドラゴンネイル)幻装(ドレス)!!」


空を引き裂いて翔ぶ五本の衝撃波、下方からは竜巻のような水流、そしてアドニスが放つ赤い稲妻。

エンキが指を弾き、爪の全てを弾き飛ばす。同時に彼の真下に巨大なガレー船のようなものが出現。水平方向に高速回転を初めて下方からの水流が凪ぎ散らされ、さらに赤い稲妻はエンキの立てた一本指に収束し、その指の周囲を高速で飛び回り、やがて減衰して消える。

アドニスが驚嘆の意を露にする。


「なっ……原理の異なる三種類の防御を同時に……」

「魔法とはその根はすべて同じものだ。そしてこの世で起きうる物理現象の数など高が知れている。その全てに対応しておけば問題はない」


エンキは肩をすくめ、その程度か、という嘲りの意思を見せる。


「なかなか独創的な術ではある。特にそちらの君、炎と雷の両方の性質を持たせるという発想は悪くない。しかし洗練されていないな。それでは術の余波で自分が死なないようにするだけで手一杯だろう」

「くっ……」


アドニスは唇を噛む。僕は彼女の前に出る。


「ヴィヴィアン、なんとか隙を作ろう。そして竜の輝ける息(ドラゴンブレス)を……」


果たして、あの術でこいつが倒せるか。

的の大きかった帝鳳(シグルム)とは違う。こいつはスピードも僕らを圧倒している。今だって、瞬間移動じみた速度で接近して僕らの首を()ねることは可能かも知れない。こいつに一矢報いられる機会(チャンス)は、こいつが僕らを試すことに飽きるまで。


僕らは空中で間合いを計り、無数の作戦が浮かんでは消える。


――だが。


そのような戦い、策略、言葉の応酬、そして腹の探りあい。


僕たちの浅ましい足掻き、なりふり構わぬ抵抗、そんなものは木っ端微塵にぶち壊されることになる。


影があった。


それは僕らよりもさらに上空。天の高みから影が僕らを見つけて降りてくる。

最初に僕が気づき。少し遅れて他の三人も気づく。


「――む、お仲間かね?」


どの階層にも擬似的ながら太陽がある。日輪の影に隠れるように急接近したそれは、降りながら何か大声で叫んでいる。



「はあああああああああああ!!!」



まだかなり距離があるのに、下方の水面までをびりびりと震わせる声である。その声帯は鋼鉄で、肺活量は千人分はありそうだ。



「ていいいいいいいいいいいのおおおおおおおおおお!!!」



全身が赤熱している。白い壁を突き破るような衝撃波を連続で散らし、猛烈な加速で突っ込んでくる。


「何だあれは」


エンキが呟く刹那、その影が鋭角に折れ曲がって視界から逃れる。


「!?」


刹那ののち、彼女はエンキの背後にいた。誰の目にも追えぬほどの速さでその位置に滑り込み、エンキのマントをぎゅっと握り。一気に下方に投げ――飛ばす!



「バカーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!」



光と音。

水面が文字通り爆発した。音速を遥かに越える速度で叩きつけられたエンキの体表で水がプラズマ化し、押し退けられる水の挙動が水中音速すらも越えて瞬時に気化蒸発。水面から一千メーキ直下の水底まで到達し熱と光が炸裂。感覚が喪失して爆風が僕らを吹き飛ばす。

一瞬の失神からなんとか体勢を立て直せば、莫大な量の土砂と水が外側に向けて打ち上がり遠ざかっている。まるでミルククラウンの中にいるような一瞬の眺めがあり、そして規模が大きすぎるために緩慢に見える動きで、水が外側に、外向きの津波が広がっていく。

もちろん轟音のために聴覚は麻痺していた。


数十秒、視界の果てまで津波が去っていき、揺り戻しの波で地上がめちゃくちゃになっている頃、ようやく感覚の一部が戻ってきた僕たちはまず空中を見回す。


浮かんでいるのはアドニス。そして白い鎧に黒い大剣、ヒラティア=ロンシエラである。


「ま、まさか、どれほど屈強な男でも24時間は眠る術をかけたはず……」


驚くべき部分は山ほどある気がするが、とりあえずアドニスはそう呟く。


「はぁああああてぃいいいい」


ゆらり、とヒラティアがこちらを振り向く。その腕は奇妙な脱力をしていながら、目は爛々と光って眼光が僕を射抜く。


よく分かんないけど僕の寿命はあと数秒な気がする。


だが幸運にも予感は外れた。

地上で噴煙が巻き起こり、僕らの間に人物が飛び上がってくる。


むろんエンキである。黒のマントは失われて、皮のチョッキに皮繋ぎのズボンと言う野伏(レンジャー)のような姿になっている。

そして頭部がべっとりと赤く染まっている。流血したのだ。


「うわ、生きてたよー」


ヒラティアが急に我に帰った調子で言う。


「ぐっ、貴様……」


その頭の傷はすぐさま修復されたのか、銀髪を濡らす赤い血糊もこつぜんと消える。これは復元、かなり高位の回復魔法、エンキなら当然だろう。


しかし今のヒラティアの投げ飛ばし。技でもなんでもないが、隕石落下のような、いや、隕石になった(・・・)ような衝撃だった。エンキが鋼鉄の塊だとしても蒸発しただろう。この魔法使いの防壁はどこまで強固なのか。


ヒラティアはそんなエンキに、びしりと指を突きつけて言う。


「あなたがエンキだね!! あなたのおかげでええっと、とにかく許さないからね!」


適当に片付けた!?


いや、もちろん帝鳳(シグルム)贅鋼骸(ディグスケルトン)をはじめとして、数え上げればきりがないほどの被害は出ている。だかおそらくヒラティアが、エンキの罪を数え上げる日は来ないだろう。


「貴様、その馬鹿げた歪曲率(セグンス)、まさか」

「いくよー」

形而的殲圧負荷(グラゾ・ログ・バロウズ)!」


! エンキが術式を唱えた!


そして、ヒラティアの影が一瞬で消え、遥か下方に突き刺さる。


「ヒラティア!」 


僕らも急降下するその先で、ヒラティアは地面に足を踏みしめ、何かの重みに耐えるかのように低く構える。


ずん、という衝撃音。

ヒラティアを中心として、半径100メーキ以上の範囲で地面が陥没している。大地がひび割れ、圧縮され、土が石に、石が鉄のように強固に押し固められていく。


これは超重圧の魔法か。ヒラティアの体が白く光る。おそらく金庫すら砕く圧力の中で平然と立ち、大地を踏み割りながら輪の外に向かう。


そこまでで圧力は止み、エンキは僕らになど目もくれずに下方へ降りていく。




不可思議なまでに唐突に、それは始まろうとしている。

神にも等しい存在と、世界の中心である少女との戦いが。



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