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ドラゴンドレス!  作者: MUMU
第七章 竜術士と真なる魔王
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世界の主は何処へ去りしか



しばしの休憩の後、僕らはまた外に出る。


しかし見渡す限り白一色の世界、もう帝鳳シグルムの羽もないし、誰かの後を追えるでもない。どうやって次の階層への入り口を探せばいいのか。


手こずるかと思ったが、意外にすぐ見つかった。少し離れた場所にぽっかりと大穴が空いていたのだ。


「第七層への穴……じゃないな。ただの洞窟かな」

「入ってみますか」


その穴は俯角10度ほどで真っ直ぐ続いている。表面が凸凹しているからなんとか歩けるが、慎重に進まないと崩れてきそうだった。アドニスが照明の魔法を頭の上に飛ばし、ゆるゆると下っていく。


「自然の穴じゃない……何だろう、これ」


というより、そもそもこの世界は何なのだろう。ここへきて氷原というのはあまりにも芸がない。これは何かしらの試練なのか、それともこの氷の洞窟に大爛熟期の遺産が隠されているのだろうか。まさか似たような穴が何百と空いてる、という展開は勘弁してほしいけど。


「分厚い氷だ……何百メーキもありそうな」

「その割にさほど冷たくありませんね……まるで夏の氷です」


アドニスが壁面の表面を撫でる。離すと手の平がしっとりと濡れている。体温で溶けたのだ。


「強度に不安がありますね……この氷は一体……」


アドニスは僕を振り向く。


「この氷はまるで昨日凍ったようだ、と思いませんか?」

「そう見える。氷に大量に空気が閉じ込められてて白い。雪が積もって凍ったものはもう少し透明だと読んだことがある。それに、これだけの水が氷になるには気温が高すぎる。深い湖は中で対流が起きるので凍りにくいはずだ」

「そうです。私の雷火劫サンドライアは炎と電撃の性質を併せ持つことで、対象の全体に瞬時に熱を浸潤させて焼き滅ぼすことができます。この湖に同じようなことが起きた可能性があります」

「何らかの原因で、大量の水の全体に冷気を伝播させて、一気に凍りつかせたってことだね」

「そうです、本来そんなことをすれば氷になった際の膨張により表面がガタガタになります。しかし全体を一気に冷やすことができれば、長距離から俯瞰で見た場合に中央が盛り上がっているように見えるだけで、人間サイズの視点では異常がないかも知れない。それほどの規模の」


「うーん、話に入っていけません……」


ヴィヴィアンが寂しそうに言う。アドニスはかるく振り返る。


「分析は大事ですよ。いざという時に身を守ることに繋がります」

「私はハティ様の身を守ることに専念しますね」


と、僕の腕にしがみつく。


「ヴィヴィアン、あまりくっつかなくても大丈夫だよ」

「恥ずかしがらずとも宜しいのです。竜の巫女は術者様といつも一緒にいるものですから」

「ふふ」


と、なぜかアドニスが小さく笑う。


「お二人は仲が宜しいのですね」

「もちろんです。一心同体です」

「そうですか」


と、何やら余韻を残した言いぶりである。そこには妙に余裕があるというか、何かしら可愛らしいものを眺めるような気配がある。ヴィヴィアンがはてと疑問符を飛ばす。


「な、何かお言いになりたいのですか? いくらハティ様のことが好きでも、巫女の役割を譲って差し上げることはできませんよ」

「いえいえ、もちろんお二人は大事なパートナーに違いありません。たとえ好みのタイプと(・・・・・・・)違って(・・・)いても」


ヴィヴィアンから見たことのない気配がして横を見る。目をこれ以上ないほどまん丸にしている。お前は実は人間じゃなくてネコだったんだ、と言われたときのような顔だ。怒るとか、不服だというのとは全然違う、本当に意味がわからない、という顔をしている。


「え……ええっ!? そ、そんなこと、はっ、ええっ!?」


非常に非礼な推測ではあるが、ヴィヴィアンのそのような混乱は何となく分かる。


ヴィヴィアンは清楚に見えて実に活動的な一面がある。あらゆるものに興味や関心があり、僕のように世界と隔絶していない。世間並の感性というものを持ち合わせている。


すごく平たく言うと、容姿にダメだしされることなど想像もしていなかったのだ。

しかしアドニスは何故そんなことを? 別に好みのタイプとか語ったことないけど。


「そ、そんなことありませんっ! ねえハティ様!」

「え、うん、まあ」

「あら、ハティさんの好みは私のようなタイプですよ」


ものすごく唐突なことを言う。


「どっ……、どうしてそんなことが……」


二人とも、別に喧嘩したい訳でもないだろう。

しかしそれは決戦を前にしての気分の高まりなのか、会話の中での奇妙な偶然なのか、何故か引くに引けなくなってしまったと言うか、女として譲れない部分に踏み込んでしまったというか、そんな具合だろうか、分かんないけど。


アドニスは片足で跳ねるように後退し、ヴィヴィアンを僕から引き離して少しだけ登る。洞窟の入り口が遥か遠くに見えて、二人は頭を抱えあうように寄り添う。


「……ふふ、……先日、サウナで……が、……、……のを見て、……までも、……です」


そしてアドニスが離れ、かつかつと斜めの道を降りてまた先頭へ。どこか喜の気配がにじむ足取りである。


ど、という物音がする。ヴィヴィアンが洞窟の壁に倒れかかって、顔面蒼白になっていた。


「そ、そん……な……」


一体どうしたのだろうか、世界の終わりのような顔である。その規格外の胸を抱き締めるように構え、寒気にぶるぶる震えるかに見える。


「あ、あの……どうしたの? 一体……」


ヴィヴィアンは僕の声にはっと視線を上げ、一瞬ひどく悲しそうに顔を歪めた後、わあと泣き声を上げて僕に抱きついてくる。


「ひ、ひどいですハティ様、私ぜんぜん知らなかった、そ、そんなこと、ハティ様が、小さい方が、なんて、そんな、そんな」


泣き声のために声がほとんど聞き取れない。僕は最初の最初からずっと混乱している。


「こ、これでも私はっ、生まれた村ではものすごーーくモテたんですからねっ! いつの日か術者さまにお仕えする日を夢見て純潔を通してきたのに! 私にどーしろって言うんですか! 仕方ないじゃないですか持って生まれたんですから!」

「あ、あのヴィヴィアン、どうしたのホントに」


ヴィヴィアンは抱きついたまま僕を見上げる。なんとボロ泣きである。子供のように顔をくしゃくしゃに歪めて泣いている。


「ハティ様! この旅が終わったら一緒にお風呂入りましょう!」

「なんでっ!?」

「絶対に入っていただきますからねっ! 私だって女としての意地があるんです! それに、そう、そうです! イチゴが大好きな人が、スイカが嫌いとは限らないのです! どっちも好きという人だってきっとたくさんいるはずです!」

「いやスイカあんまり好きじゃないけど」

「ああああああああ!!」


もう止まらなかった。ヴィヴィアンはその場にうずくまって、声の限りに泣き明かすのであった。





そのような混乱もありはしたものの、


いやそんなに軽く流せる混乱じゃなかったけど、ともかく僕らは二時間ほど歩いてようやく坂を降りきる。


そこはドーム状の空間になっていた。町の一角がすっぽり入るほどの大きさである。ドームの端の方には例の下層への穴が見える。


「歩幅で計算していましたが、およそ6ダムミーキ、6000メーキほど斜面を歩きました。俯角が10度とすると降りてきた高さは1057メーキ、およそ1ダムミーキですね」


氷の通路の終わりはごく普通の地面である。なぜか少しクレーターになっている。


「これで終わりですか? あの穴が偽者という可能性もあるのでしょうか……」

「いや……ちょっと待って」


僕は考えに沈む、この階層は試練というにはあまりにも簡素だ。

魔物もいない。宝物もない。第七層への入り口を隠すにしても芸が無さすぎる。


「もしかして」


ヒントはいくつも出ている。触っただけで水滴がつくような夏の氷、これまでの階層にあったもの、そしてここをエンキが通ったこと。


「この試練場が全七層ということは予知や探知によって分かっている。問題はそこにあったものだ」


まず、このような遺跡は大爛熟期の魔法使いたちが、己の財産を隠すために作った宝物庫。

あるいは住居であり、研究施設でもあった。としよう。


第一層の砂漠と第二層の淡水の海、これはただの障害。

第三層の巨人は内部にたくさんの人間が宿泊できるようになっていた、あれはいわゆる来客用施設。または避難所のようなものか。

第四層は森、生命を保管する場所だ。多数の人工生物がいた。

第五層は宝物庫、物質的な宝を保管する場所だ。


では、第六層と第七層、それは何か。

そのうちの一つは、ここを築いた魔法使いの住居、そしてその魔法使いが誰にも渡したくないと考え封印した、一番大事なものを隠す場所ではないか。この氷の世界は、明らかにそれではない。


「この氷は、障害でもないし、資源でもない」


そして、なぜ第七層への穴が、氷を突き抜けた湖底にあったのか。


「ここを訪れる人間は、本来は大量の水の中を通らねばならないんだ。エンキはその全てを凍らせ、術で穴を開けて下っていったんだと思う」

「そうですね、この氷は大昔から凍っていたようには見えません。太古の魔法使いは、最後の障害として大量の水を用意したのでしょう」

「そうじゃない」


僕の言葉にアドニスは首をかしげる。


「深さ1ダムミーキ、このぐらいの深さなら現代の魔法使いだって潜れる。すべては仮定、仮定に仮定を重ねた話だけど、この水は凍りつく前は、第五層を突破した者に対する障害として機能したはずだ」

「それは、どういうことです……?」

「つまり……」


僕は一度、ドーム状の空間を見て言う。これが凍りつく前の、液体の時期があったとしたら、それはなぜ第七層への穴から落ちていかなかったのか? それは、その液体自体が穴を避けていたからでは……。


「この大量の氷は、本来は一個(・・)の不定形生物(・・・・・・)だとしたら……?」

「な……」


その想像にはヴィヴィアンも声を上げる。


「こ、これだけの氷が、水がすべて生物だったのですか? スライムみたいな」

「そう、エンキは魔法でそれを凍らせて、光術系の魔法で穴を開けて下層へと降りていった。だから穴の一番下にクレーターがあるんだ」


我ながら大雑把な想像で、なんだか神話じみている。海とは怪物の流した涙だとか、大陸とは死んだ神の肉体だとかの話に近い。


「すべて仮定だよ、どちらにせよ僕らはもう第七層に降りる。この階層の真実なんて本当はどうでも良かったんだけど……」


僕は口元に指を当てて考える。

この氷は元々は第七層への穴に被さっていた、超巨大なスライム。そして僕は連想する。あの太古の魔法使いの成れの果て、西から東へ届くほどの翼を持っていた怪物のことを。


「もしかして、こいつ(・・・)は……」


僕は連想する。あの西から東へ届くほどの翼を持っていた怪物のことを。


「もし、こいつが生命だとしたら」


「味方につけられるのかも知れない。もう一度、こいつをエンキにぶつけることが出来るかも……」



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