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ドラゴンドレス!  作者: MUMU
第四章 栄華の塔と漆黒の骨
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秘密と女と魔具の店



とにかく試着室が狭いために、三人も入ればもはや立つ場所もない。僕は尻餅をつく体勢になって引き倒され、赤黒の帯のような独特の民族衣装がするすると床に落ち、柑橘系の匂いが漂う、これは臭い消しだという柑橘油の匂いか、その奥から何かしら濃密な気配、ヴィヴィアン本来の南国の気配が感じられる。


「は、ハティ、見ちゃダメっ」


ヒラティアが僕の目の高さに腕を回し、それを渾身の力で締め付ける。

うまく入っていればヤシの実すら潰せるヘッドロック。僕の頭蓋骨がぎりぎりと悲鳴を上げるが、息が詰まっているため声を出せない。いかん、走馬灯が見える。


「ヴィヴィアン、先日のことですが……」


と、試着室の外から声がした。


「はい?」

「あの話、本気なのですか、刻名魔印(エルダースタンプ)の製造機を破壊するという……」

「はい、もちろんです」


ヴィヴィアンの答えはあっけらかんとしたものだった。


「その製造機さえ破壊してしまえば、ハティ様が秘術探索者(マギウスディガー)になる道も開けるのでしょう? それならば、やる以外にありません」

「そんなことをしたら犯罪者ですよ! 入学など認められるわけが……」

「大丈夫です、証拠は残さないように、うまくやればいいのです。それに、アドニス様は黙っていていただけるでしょう?」

「な――!」


なんという堂々たる要求。アドニスもさすがに絶句する。


「もちろんヒラティア様も黙っていていただけると信じています」

「そ、そういう問題ではありません。それに、七つの試練場はその第一層ですら過酷を極める場所と聞いています。第五層ともなれば、生きて帰れる保証すらないのですよ」

「それは熟慮すべきことですね。ですが、今のままではハティ様はご自分の夢を叶えることができないのです。夢を叶えるために、できることはしなくては」

「――貴女に何の得もないでしょう!」


アドニスが語気を荒げ、強くそう叫ぶ。


「得……ですか?」

「そうです。一体どうしてなのです。貴女は術の媒体として生まれついた一族、それは伺いました。ですが、それで命まで賭ける義理はないはずです! それに、分かっているのですか、術の媒体として付き従うということは、あの貧相男に付き添って南方へも行くということ、古代の遺跡に潜り、凶悪な怪物とも戦うということです!」


アドニスは、ときおり熱くなる傾向があるとはいえ、貴族としては似つかわしくないほどに激昂していた。それはヴィヴィアンの暖簾に腕押しな態度に業を煮やしたのか、あるいはアドニスの中で何か琴線に触れるものでもあったのか……。


「私は、その役目に疑問を感じたことなどありませんが……」

「……。……私の生家、アイレウス家は大爛熟期(テンパネス)より続く魔導師の家系です。大災厄によって北方人類が衰退して以降もある程度の力を有していましたが、ここ数十年ほど凋落が続いていました」


突然、そのようなことを言う。


「そうなのですか?」

「そうです。それというのも家を継ぐ人間に才能が乏しかったからです。我々は魔法の実力によって地位を築いた家柄ではありますが、そのように魔法だけで万事が成立した大爛熟期は遠い昔。現代は魔法の実力はもちろん、財産を運用する商才も必要とされたのです。そして家を継ぐはずだった兄上にはそのような才能はなかった。貴族らしく誇りと自尊心に溢れた方ではありましたが、幾百の魔法を収めるような卓抜の才能も、財産を狙う有象無象から家を守る強さも持っていなかったのです」

「それは……大変なことですね」


どう答えてよいか分からなかったのだろう、ヴィヴィアンはそうとだけ言った。


「違います」


アドニスは吐き捨てるようにそう言う。


「例え当主に才がなくとも、家が没落するとも、それは世の定め、仕方ないこととも言えるのです。問題は私が(・・)そんなアイレウス家に生まれたことです。私は家格が傾いていることと、兄上では家を守っていけないことに気づいてしまった。そして父上や、家を取り巻く親戚たちも私に期待をかけた。だから……」



「……つ、追放したのです、兄上を……」



それは、まるで自分の心臓を握りながら話すかのような、絞りだすような言葉だった。自らの身体を切り刻みながら語るかのような、そんな重く辛い過去だったことが伺えた。


「私と親族たちはある罠を仕掛け、兄上がその財産と権利の一切を手放さざるをえないような状況を作ったのです。端的に言うなら騙して家督を奪ったのです。それに気づいた兄上は失意のあまり南方へと失踪してしまいました。親族の意向があったとはいえ、首魁はこの私です。私はアイレウス家を守ることを選んでしまった、そのために兄を犠牲にすることを選ばざるを得なかった。兄上を放逐するつもりまではなかったけれど、それは言い訳にもならない……」


がしっ、と、試着室のカーテンが外側から握りしめられる。外側から猛風が打ち付けるように、アドニスの血を吐くような声が響く。


「よいですか、誰かが何かのために行動するということは、確固たる信念と、痛みに耐える覚悟が必要なのです。だからそれを産み出す強烈な動機が必要なはずなのです。

私は、アイレウス家の家格を守ることが全てにおいて優先すると信じた。だからそのように行動したのです。しかし、貴女のことは分からない。なぜそこまで尽くすのです、一族の教えだというだけでは納得できません。それとも、貴女は何か企んで……」

「私には、アドニス様の言われることのほうが分かりません」


静かな声で、ヴィヴィアンはそんなことを言う。


「私に得がなければいけないとは思いません。私はハティ様に使える竜の巫女なのです。ハティ様のやりたいことを手伝うことが私の願いであり、ハティ様の願うことが私の願いなのです。アドニス様にとって家を守ることが最も大事であったように、頑張っている方を応援することが私の最大の願いなのです」

「な、なぜ、そこまで……」

「理由はハティ様がそう願っているから、それだけで十分です。私が手伝うことで、誰かが幸福になれるなら、それはとても素晴らしいことではないでしょうか? それだけで十分ではないでしょうか? たとえそれで私が傷ついたり、あるいは命を落としても、私は死の直前まで誰かの幸福のために生きられたのです。それならば、私の命は十分に満ち足りていたのではないでしょうか?」

「なぜなのです。なぜ、そこまで純粋に尽くせるのです……」


アドニスの、困惑とも嘆きとも、あるいは憤慨ともつかない沈黙の気配が伝わってくる。

その時、僅かに開いた視界に、誰かの目が見える。

それはヴィヴィアンの目だった。白のワンピースに着替えており、赤の混ざった褐色の瞳が僕を見ている。そして唇に人差し指を当て方目をつぶる。


「――それに、アドニス様は誤解しています」


そのように言う。その秘密めいた仕草の中で、ヴィヴィアンは何かを楽しむような、ぞくぞくと高揚するような「喜」の気配がにじんでいる。


「誤解、ですか?」

「そうです、私は貴女の思うほど純粋ではなく、村の教えを守るだけの従僕でもありません。私は竜の巫女ですが、一人の人間でもある……」


むせかえるような汗の匂い、ヴィヴィアンにとってその言葉はよほどの喜悦を伴うのか、話すだけで背筋を快感が駆け上がる、そんな風に見える。


「私は、とても悪い女かも、しれませんよ」


と、カーテンが動くシャッという音が聞こえる。相変わらずヒラティアによって視界は塞がれていたが、外から僕たちが見えないように、カーテンをそっと動かして出て行った。


「ああ、なかな――似合ってい――」

「はい――りがとうご――動きやすく――」

「では――――のまま――購入――」


最後のヴィヴィアンの言葉はただの戯れとして扱われたのか、アドニスは特段、気にしていないようだった。服についてのやり取りを交わしつつ、声が遠くなっていく。


「ハティ……」


と、ヒラティアの腕が僕の胸のあたりに降ろされた。

僕は背後から柔らかく抱きしめられるような体勢になり、僕の肩に、ヒラティアの顎がそっと乗せられる。僕の背中越しに、ヒラティアの心音が伝わる。


「ハティ……危ないことはしないでね……お願い、お願いだから……」

「……」


僕は即座に否定したかった。

試練場など行かない、製造機を破壊するなんてとんでもないことだ、と。


だが、なぜか言葉が出てこない。

さっきの、ヴィヴィアンの真っ直ぐでひたむきな言葉。

僕に、僕の夢に尽くすことだけを願うあの言葉の前で、僕は何も言えず、ただヒラティアの腕をそっと握るだけだった――。







「えへへ、でも久しぶりだねえ、二人で買い物に来るなんて」

「そ、そうね」


ヴィヴィアンたちと奇妙な遭遇を交わした後、

ヒラティアはそのことには触れず、なぜか、前よりもいっそう明るく振る舞ってるように見えた。

僕もその話には触れにくかったので、ヒラティアに調子を合わせながらデパートの中を歩く。


「ねえねえ、下着も見ていい?」


また別の店を示してそう言う。いかにも上品な淡い色合いのお店で、よく見れば店内には下着姿の女性が椅子に腰掛けたり、ポーズを取って立っている。あれは操幽霧(スピリットフォグ)の使い魔だろうか。

ともかくひと目で男子禁制だと分かる店構えである。


「うん、いいけど……僕は別のお店でも見てるよ」

「わかった! じゃあ何かあったら大声で呼んでね!」


そう言って彼女が消えると、僕は女性の多いフロアでぽつねんと一人残されてしまう。

急に緊張というか場違い感というか、いたたまれない感覚が湧いてきて、僕は広いフロアをそそくさと歩く。まさかこんな場所で大型の魔物に襲われるなどなかろうとは思うが……。

そうやって、喧騒や華やかさから遠ざかるように歩いていると、

ふいに、奇妙な横道を見つけた。

ほぼ円形のフロアから、腕が伸びるように一本だけ張り出した通路があり、その奥に妙に暗い印象の店舗がある。

そこは昇降機からもっとも遠く、他の店舗や観葉植物などで絶妙に隠されており、意図的にその場所を目指してジグザグに歩かない限り踏み込まないような位置にあった。


一部ペンキが剥げて木の地肌がむき出しになっている看板に、こう書かれている。


「アレッタの魔法具店……?」


やけに年季が入っているが……そうか、これはおそらく、このゼオールデパートが存在する前にこの土地にあった店だ。

デパートの建設にあたり、以前からそこで店を構えていた人々は土地を売るか、あるいはデパートの中に店舗を移すことを条件に土地を明け渡したと聞いている。これもそうしたものの一つだろう。古い時代、ワイアームが学問の街ではなかった時代の猥雑な空気がわずかに残る……ような気がする。

と、そこでふと気づく。このあたりは操幽霧(スピリットフォグ)の使い魔もどこか雰囲気が違う。ネグリジェのようだが異様に布地が薄い服とか、目の醒めるような鮮紅色の下着を着た使い魔が、そこらの柱にぽつねんと背凭れて僕を見ている。使い魔は感情に乏しいが、アルカイック・スマイルとも言える玄妙な笑みを浮かべていて、それが妙に扇情的な雰囲気を醸しているようにも見える。

すると、使い魔の一人が僕のそばに来て、着ているものをアピールするための動作か、くるりと回る。おそろしく薄い、短い丈のスカートがふわりと浮き上がって……。


「あ、し、失礼」


僕はそちらを直視することができず、逃れるように目の前の魔法具店に入る。

そこで、朝にふと思ったことが想起される。

そうだ、僕も何か護身用の手段を探していたところだった。魔法具店ならちょうどいい、武器や道具でも探してみようか。


「あらあ、いらっしゃいませえ」


そう声をかけるのは黄色い服を来た妙齢の女性である。カウンターの奥で水晶を磨いていた彼女は、体のラインにぴったりと吸い付くマーメイドドレスを着ていたが、ボリュームのある体が服を押しのけてはちきれんばかりだった。決して肥満ではないが、二の腕や腰部の肉付きがたっぷりとしていて肉感的で、手を動かすたびに全身の肉がふるふると揺れているように見える。

店内の様子はというと、異様に暗い。

窓一つない店内は、さらに入り口が暗幕で遮られ、ピンクのガラスが被せられたランプだけが光源であった。


「学生さあん? こういうお店は初めてかしらあ?」


看板の通り、店主の名はアレッタと言うらしい。なぜか妙に絡みつくような発音で、磨いていた水晶を置き、両手でカウンターに手をついて僕を見る。腕の間に彼女の豊満な胸が挟み込まれ、そこで彼女の服が胸元がかなり深くなってるデザインだと気づく。

化粧は薄めだが、唇だけは青く塗られていて、長めの黒髪の奥には切れ長の目が覗いている。



「え、ええと……何か武器でもないかな、と」

「あらあ、案外にサディストなのねえ」



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