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ドラゴンドレス!  作者: MUMU
第三章 雷火の淑女と書物の海
13/52

火と雷槌を束ねし御手は



アドニスが僕の頭を抱え、自分の腹のあたりに押し付けようとする。


「んーーーっ!!」


僕は唇を引き結んで顔を背ける。耳が腹部にむにょんと当たる。


「な、なぜ拒絶するのです。私の体に触れるなど嫌だと言うのですか」

「いっ、いいいいいや、そういうわわわ、わけじゃ……」

「そ、そう言えば先ほどのヴィヴィアンとかいう女性、体を締め付けるような服を着ていましたが、か、かなりの豊満な胸でしたね。あ、あなたは確か二年生で戦士科筆頭のヒラティアとも懇意だったはず、彼女もかなりの……。くっ! そういうことですか!」


そういうことでは絶対ないと思うけど僕には口を挟むだけの余裕がない。


「く、屈辱です。この私が、たかが胸の大きさだけで女性として否定されるなどと! あんなものただの脂肪の塊ではないですか。そもそも人を選り好みできるような身分ですか! 違いの分かる変態ですか! さあ、はやくキスを」


体が触れ合うと分かるが、おそらく僕は腕力でアドニスに勝てない。貴族の家系とのことだし馬術だの剣術だので鍛えているのだろう。その腕がしっかりと僕の体を押さえつけ、むき出しの肌を僕の顔にこすりつけるように迫ってくる。僕は首の力で何とか顔を背けて逃れる。耳にアドニスの体温と心音が伝わるような気がして僕の脳に血が充満する。


「そ、それともやはり最初は口と口で接吻したいと言うのですか。なんという大胆な要求をする方なのですか。神をも恐れぬ変態です。で、ですが、貴族として約定を結んだ以上は……」


がっし、と、アドニスの細い指が僕の顔を押さえ、ぎりぎりと顔を正面に向かせる。

その炎の化身のように象徴的に紅い唇が眼前に迫る。鼻が擦れあうほどに近い、息が混ざり合って体温が彼我を行き来する。


「んーーーーーーっ、んーーーーっ!」


僕は必死で手足をばたつかせて抵抗する。自分でも情けなくなるほど体力がない。


「おとなしくしてください。こ、こういう時は、ムードを重視するものではないのですか、それとも大声で叫びながらするつもりですか、けたたましい変態です」


僕は一瞬の隙をついてアドニスの手から顔を外し、息を開放するかのように口を大きく開いて、叫ぶ。


「違う!! 後ろだ!」

「えっ……」


アドニスが振り返る一瞬、そこに砲弾が撃ち込まれるかのような、一筋の青い線が飛来して僕らのいた場所を貫き、立ち木の根本をえぐり返し、泥と木片と、その土台となっていた大量の古書を跳ね上げる。

僕はその直前にアドニスに蹴り飛ばされ、アドニスはその勢いで後方に回転しつつ退避、片手をつきながら体制を立て直す。


「何奴!」


アドニスが叫ぶ。半ばはだけていたシャツが何処かへ吹き飛び、茶色い帯状の胸当てと水色の下着、それに靴下のみという服装になっている。

僕はというとアドニスが飛び退く瞬間、僕を思い切り蹴り飛ばしたために3メーキ(約2.99メートル)ほど吹っ飛び、でんぐり返しの姿勢のままで地面に少しめり込んでいた。


それは、一言で形容するなら宙に浮く魚。

マンボウのように円形に近いフォルムをしている。しかしその全身は透き通っており、腹ビレや目玉はかろうじて認められるものの、鱗の類は一切ない。その輪郭も体の細部も、水のゆらめきの中に溶けている。

体長は5メーキ以上、かるく馬一頭を飲み込むほどはある。そしてその体は完全なる純水。向こうの景色が歪んで見えており、魚の形状をしていなければ、それが何らかの意志を内包する生物だとは思えないほどだ。


こいつは確か、造魔透魚ゼラチナムフィッシュ。大爛熟期の魔法使いが生み出した古代の人造生物だ。

あらゆる物理干渉を無効化する純水の体と、その水を高速度で打ち出すという、シンプルな故に防ぎにくい攻撃を持つ。

遺跡などの周辺を徘徊していることがあり、多くの秘術探索者にとって脅威となっているモンスターだ。人里に現れたという例は近年に1、2例あるだけのはず。まして学都ワイアームの中にまで……。

まさか、これも僕の竜幻装ドラゴンドレスに惹かれてやってきたというのか? 人造生物まで惹きつけるとは……。


「ハティ様! 大丈夫ですか!?」


その叫びが遠くから聞こえる。

目を凝らせば霧にけぶる彼方、湖沼の沖にある小島にヴィヴィアンがいた。

彼女は両手で一冊の本を抱えており、民族衣装の帯が濡れて色が濃くなり、体からは水が滴り落ちている。そうか、水に潜っていたのか。

使い魔で本を取り出せるのは学生だけだと聞いて、ならば潜って直接取ってくればと思ったわけか。しかし何の本を……?


「申し訳ありません、つい離れてしまって――今参ります!」

「だめだ! 来るな! 水中であの衝撃を受けたら死んでしまう!」


あの鉄砲魚のような放水、高速度で、一定の形状を保ったまま打ち出される水は鉄の砲弾と何ら変わりない。大地をえぐり返すあの衝撃が、水を伝わって人体に直接届いたらと思うと寒気がする。おそらく鼓膜はもちろん、頭蓋骨の中で脳が砕かれてしまう。


「ですが――! 女性がいなければ!」


遠く響くヴィヴィアンの叫びをかき消し、


「貧相男! 私の陰に隠れなさい!」


アドニスが、杖を顔の前にかざす構えで僕の前に立つ。黄金の獅子を載せた黒い杖がきらめき、その黄金の輝きが水の魚を映す。

彼女の腰部がへたり込む僕の顔面を押す。


「な、なぜ学園の中に造魔透魚ゼラチナムフィッシュが……、ともかく一般生徒の歯が立つ相手ではありません。私が仕留めます」


アドニスの杖の先端に魔法の光がきらめく。僕の位置からは見えないが、おそらくは輝点が光球となり、アドニスの思考によってそれが魔法としての性質を備え、この世の摂理を超越した力となる。

炎が散る。鳥が尾羽根を降るような炎の動きが湖面を薙ぐ。

そして電撃が跳ねる。魔力で一定の空間に収束されながらも、空気の絶縁を引き裂いて花火のように周囲に拡散しようとする雷撃。


これは……。

これは確か、精霊魔法スピリティアの進化系統であり、その扱いの難しさと習得難度から、北方全体でも完全な使い手は数人だと言われる魔法の体系。


高めた魔力を熱に変換し、それを球状の力場の中に収束させる。

その魔力は炎のように伝播し、雷撃のように迅速であり、

大火のように際限なく広がり、稲妻のように一瞬である。

火のように燃やし、雷のように焦がす。

炎と電撃の両方の性質を持つという、まったく新しい物理現象を世界に齎す秘術。

その名は雷火刧サンドライア

今まで模試の時にしか会わなかったから知らなかった。アドニスが、こんな高度な魔法の使い手だったとは――。


崩星ほろぼせ!!」


光の槍が走る。もし、その膨大な光量に目を眩ませずに見ることができたなら、それは電撃の黄と炎のオレンジの中間のような色の光であり、魔力の力場で球状に収束されてはいるものの、電撃と炎が表面を駆け巡る、破壊の意志を秘めた凶悪な姿であったはずだ。

それはゼラチナムフィッシュの透明な体に一瞬で到達、まるで電気が拡散するようにその水の体の表面を、内部を走り、そして炎が燃え上がるような極限の高熱を与える。


この術の恐ろしさ、それは蓄えた熱エネルギーの量もさることながら、その途轍もない浸潤力・・・にある。

一瞬で電撃のごとく全身の隅々にまで浸透し、すべての場所に同時に灼熱をもたらす。防御も、耐えることも不可能に近い一撃必殺の雷火。それがこの魔法である。


爆音。

魔魚から爆発に近い勢いで水蒸気が上がる。電導と蒸発、水の魔物に対して有効なこれらの「性質」や「結果」を、ある程度恣意的に引き出すことができる。それが雷火刧サンドライアの真価だ。

蒸気が上昇気流に巻き込まれ、真上に竜巻のような白煙が打ち上がる。

後には体の表面をガタガタに歪ませたゼラチナムフィッシュがいた。その表面が蠕動して元の魚の姿に戻ろうとしているが、かなりの量の水分を吹き飛ばされたのは間違いない。その体表にばりばりと電撃が走り、いくつかの場所では煮え立つように大きな気泡が生まれている。その人造生物としての構成術式そのものが損傷したようにも見える。


「よし! 効いています、次は倍の威力で――」


彼女に尻で押されながら、僕はその魔力の輝きを呆然と見つめて――。


にむ。

唇が何かに触れた。


「ん?」


そう言えば、アドニスは小さな薄水色のパンツだけを履いた腰で僕の体を押していた。

そして僕は地面にへたり込んでいたため、顔の高さがちょうどアドニスの腰のあたりに来ている。

そして僕の唇が、彼女の臀部に触れてしまったものらしい。

頭の中に閃光が炸裂し、声が喉の奥から膨れ上がってってちょっと待ってウソでしょ!?




龍の尾ドラゴンテイル! 幻装ドレス!」


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