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Steady go  作者: kataru
19/21

19.ワイドショー

 西崎は二日目のゲネプロでも、穴をあけることなく舞台に立った。普段から体を鍛えている彼は体調もすっかり回復したようだ。

 翌日には無事に初日を迎え、その後一ヶ月に及んだ舞台公演も順調にその日程を消化していった。

 そして、明日の休演日の後、明後日はいよいよ千秋楽を迎えるのみとなった。

 驚いたことに、西崎は、倉石と現場で顔を合わせたとき、平然と普段どおりに接していた。おれにはそれが信じられなかった。倉石もひどく驚いた様子で、西崎が話しかけたときなど、傍目にも分かるくらい緊張して固まっていた。

 舞台公演中、倉石も妙な動きをすることもなく、西崎への妨害行為もなかった。おれは、ゲネプロのときの行為は今でも倉石の仕業だと思っているが、その後彼も自分のやっていることの空しさを感じ、考えを改めたのだろうと踏んでいた。


 今回の舞台は、多くの演劇雑誌で若手の演技が光る、と概ね好評をもらっている。中でもやはり西崎の演技は高く評価されており、どの劇評でも絶賛されていた。おれたちのダブルキャストについても軽く触れられていたが、日によって雰囲気が違う、演じる役者のキャリアの差か、という風にあまりいい評価はされていなかった。

 でも、それはそれで仕方がない。おれはおれでできる限りの事をするだけだ。

 と言っても、日替わりで演じてきた今回のキャスティングでは、明後日の楽日は倉石が舞台に立つ番だ。だから、おれの初めての大舞台は今日で幕を下ろすことになるのだが。


 その日、最後のミーティングで、演出家が突然言った。

「明後日、今回の千秋楽のキャスティングだが……木下で行く」

 ええ? おれ? 意外な言葉に驚いて返事もできないでいるおれの横で、倉石が不満そうに口を開きかけた。が、それよりも早く西崎が、賛成、と大きく拍手をした。

「木下が一番最初から、一番悩みながらこの役に取り組んできたんだ。彼が演じるべきだと思います」

 西崎の言葉に、ほかの役者たちもぱらぱらと拍手を始め、それがだんだん大きな拍手に変わっていった。

「最後までいっしょにやれるな、木下」

「明後日もがんばろうぜ」

「今日は早く寝ろ。徹夜で稽古なんかするなよ」

 帰り際、仲間からかけられる励ましの言葉に笑顔で返しつつ劇場を出ようとしたおれは、イラついたような表情で立ち去る倉石の姿を見た。

 さっきの西崎の言葉で現場の雰囲気がおれのキャスティングを認める方向に変わっていくのを、彼は面白くない表情で見ていたっけ。おれはそのときの倉石の表情が気になって仕方がなかった。また何かしでかすのではないかと。



 翌日。千秋楽の大舞台前の、久しぶりの休演日に、おれは昼近くまで惰眠を貪っていた。清水からの電話がなければ幸せな気持ちのまま後数時間は寝ていたかもしれない。

『おい、木下、大変だ。テレビを見てみろ。西崎のことが……』

 そこまで聞いて、おれは一気に意識を覚醒させ、テレビをつけた。ほとんどのワイドショーでそれが取り上げられていた。


 若手実力派俳優、西崎恵の知られざる過去!

 衝撃の事実! 実は、彼は不登校児だった……!

 今分かる真実 人気俳優の学歴は、なんと中卒!


 大げさな言葉が画面上で踊る。西崎の過去の学校生活が面白おかしくフリップにまとめられている。いったい、なんだよ、これは。

 なぜこんな報道がされているのか。憤るおれの耳に携帯の着信音が聞こえた。

 設定メロディーで、希からだと分かる。通話ボタンを押した途端、彼女の柔らかい声が聞こえて、おれはわけのわからない怒りでもやがかかったようだった頭がクリアになっていくのを感じた。

『ゆうき、大丈夫? 西崎恵さんが大変なことになってるね』

「ああ……。いったい誰がこんなことを! 倉石か? またやつの仕業かもしれない、くそっ」

『ゆうき、ゆうき、落ち着いて』

 希の穏やかなトーンの声がおれの苛立ちを押さえ込む。

「……ああ。おれは落ち着いてる。だが、こんなこと、許せないよ」

『あのね、ゆうき。気持ちは分かるけど、気にしちゃだめよ。西崎さんだってきっとそう思っているわ』

 希の言葉がおれには信じられなかった。

 気にするなだって? これだけのことをされておいて、泣き寝入りしろってのか? 西崎にしてみたら名誉毀損で訴えてもいいくらいだってのに。

『あのね、誰の仕業か知らないけど、こんな手に乗ったらだめだよ』

 希は、過剰な反応をすれば長引くだけだと言う。大げさにすればその分、落ち着くまでの間彼は仕事ができなくなる。それはきっと彼の望むところではないだろう、と。

 そう説明されると、おれは頷かざるを得ない。西崎が役者という仕事を何より、きっと自分の名誉なんかより大事にしているだろうということを知っているから。


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