8 見た目はアレ
ドゴオオォォォンンン……
「っ!?何、今の音は!?」
辺りに響く轟音。それは此方に来て初めてのイベントの気配であった。
「これで自動車事故です、とかだったらイヤだよ……?」
しばらく音の発生源に向かって歩いていると、
ガグオオォォォンンン……
だいぶ近くなった気がする。
それにしても何の音だろうか。硬いもの同士がぶつかり合ってる音だと思うのだが、全く同じ音が二度聞こえたから人為的なものだと考えられる。
斧で木を切る音?……いや、もっと硬いものがぶつかる感じだ。
戦闘音?……いや、それなら様々な音が聞こえてくるはず。ときの声とか、打ち合いの音とか、悲鳴とか……
むむむ……全くわからん。危険かもしれないし、慎重に行こう。
ガインッ!ズズゥゥゥンン…………
三回目の音が聞こえたとき、音の正体がわかった。いや、音の原因を作った人物が見えた。魔女の帽子を被った人間だ!
「これであの人がコスプレイヤーでない限り、ここは異世界で確定だね。それにしても……」
彼女の格好がかなり特殊なのである。
服装はいわゆる『魔女』なのだが、左足に足枷がついていて、足枷から鎖がのびてその先にメロンサイズの金属球がついているのだ。そこだけ見ると、囚人とか奴隷とか、マイナスな印象だ。
顔は帽子で隠れて良く見えないけど、髪の毛は長くないようだ。
かなり変わった設定の、いや、魔女狩りで一度は捕まり逃げ出した魔女、という設定のコスプレかも……?
とにかく、変わった格好の人間がそこにいることは間違いない。
「あの、すいま」
ガオゥンッ!ズッズゥゥゥゥンン…………
ひぃぃぃ…………
お腹に響く轟音にも驚愕だが、それよりも今、この目で見たものを未だ信じられなかった。
彼女が右足を大きく後ろに振り上げ、足元の金属球をシュート!その金属球は剛速球って飛んでいき、鎖の長さに余裕がある距離で何かに当たって轟音を響かせた。
その行為も目玉が飛び出すほどなのだが、その金属球が当たった『何か』、それが私の目に全く映らないのだ。
当たった瞬間にその『何か』がバラバラになったとか、遠くに飛ばされたとか考えられるが、『何か』の破片もないし、金属球の先に物が落ちた形跡もない。
それより、金属球が壁のようなものに行く手を阻まれた感じがした。
当たった後金属球が地面に落ちるとき、金属球がズルズルと何かに沿って落ちているようだった。しかし、その壁のようなものは私には見えない。……なんだろう。トリック?
色々とおかしな点は多いけど、ここは異世界だからと割り切ろう。それよりまずは会話を試みなくては……
彼女が鎖を引っ張って金属球を引き寄せてる今がチャンス!驚かせないようになるべく正面方向から歩いて近づく。あえて足音をたてて。
彼女が鎖から手を離した!今だ!
「すいませんっ!」
ビクゥッッ!
ぎょっ!?
飛び上がるかと思う程わかりやすく肩をぶるっと震わせた彼女に吃驚して、私も一歩後ずさる。
……驚き過ぎじゃない?悪戯が見つかった子供みたいな反応だ。
「……あのぉ」
「…………」
「……大丈夫ですか?」
目を見開いたまま此方をじっと見つめる彼女。口も半開きだ。……虫が入るよ?っていうか、声をかけただけでこの反応。ここは余程人が立ち入らない場所なのだろうか。
……いや、待てよ。小説では言葉が通じていたから考えもしなかったが、国どころか世界が違うのだ。言葉が通じる可能性は極めて低いのでは……?
……詰んだかもしれない。
「えと、あの……オラ?」
何故スペイン語……
「おら?」
首を傾げながら彼女が復唱する。ちょっと可愛い。
こうして見ると中学生くらいの顔立ちだ。咲よりも若く見える。
「あの、こ、こんにちは」
「『こんにちは』、というよりはまだ『おはようございます』、じゃな」
「え?」
めっちゃ流暢な日本語が彼女の口から飛び出した。
「わ、私の言葉がわかるの?」
「何を言っておるんじゃ。馬鹿にしとるのか?」
「い、いや。そういう意味では……」
まさか日本語が通じるとは……
異世界で日本語が通じるのは普通なのか?……いや、語尾が普通じゃなかった。
「にほん語というのは知らぬが、わしらが今使っておるのは『きづあ大陸語』じゃ」
「き、きづあ?」
百パーセント聞いたことが無い大陸の名前だ。これでここが異世界なのは確定。それから、ニホンという国はないようだ。
「それよりおぬし」
「おぬし……」
「おぬしはどこから来た?」
「……な」
なぜそれを聞く!?
え、何?私、そんなに怪しい?
初対面の人にまず聞くことが『出身』なの?それがこの世界の常識なの?
それは私にとってとてもマズい。この世界の情勢も全く分からないし、この人がどういう立ち位置の人かもわからない。下手なことを言えないし、本当のことを言うと危険かもしれない。
「いや、『出身』じゃなくて、どっちの方から来たかを聞いておったんじゃが……」
「…………向こうです」
正直に私が来た方角を指さす。
「……そうか」
「……なにかマズいことがあるんですか?」
「いや……、いや。おぬし、もしや神か?」
「……え?…………んん!?」
なぜそうなる!?
なぜ向こうから来ると私が神様になるの!?
初対面の人を神様認定する条件って何?それがこの世界の常識なの?
それは私にとってとても……いや、別にマズくはないけど、崇められるとかは面倒だなぁ。そうです、神様です、なんて畏れ多くて言えないし……
「あの、なんで私が神様だと?」
「それはもちろん、おぬしがそこの結界を超えてきたからじゃ」
「結界?」
「そう。結界じゃ。目には見えんが、結界を超えることのできる人間はおらん。できるとしたら神様だけじゃ。そして、おぬしは結界を超えてきた。じゃからおぬしは神様じゃ」
『QED、証明終了』とか『そうだろう、ちがうか!?』が後に続きそうなセリフだ。
……いや、そうじゃなくて。
結界。小説にもしばしば登場する、攻撃を弾いたり害あるものを絶ったりと、防御・防衛に用いられる膜あるいは壁のようなもの。色があったり不可視だったり、触れられたり通り抜けられたり、様々な描写の結界がある。
その結界が、私が来た方向にあるらしい。
「結界に詳しいの。やはり神様なのか」
「あ、いや。私は神様ではないです」
「そうなのか?わしに気づかれず近寄るとはおぬしやるな」
「それは、どうも……」
この人、めっちゃ真直ぐな性格してる!
好感は持てるけど、詐欺に簡単に引っ掛かりそうで不安だ。
それでもかなりの実力者か、……とんでもない自信家のようだ。
自分の力を隠さないモノホンの強者タイプか、この村ではオラが最強だぁみたいな井の中の蛙タイプか……どっちもあり得るな……
「馬鹿にしおって。わしはこれでも地魔法が使えるのじゃ。本当に強いのじゃ」
「……はぁ」
「んな!?おぬし、地属性じゃぞ?上位の魔族でも行使できるものが少ない、あの……」
「いや、属性ごとの魔法の難度とか知らないし……」
それにしてもやっぱり魔法使いだったか。
服装からして魔女のソレだったから、まさかとは思ったけど。捻りもへったくれもない。
魔女は魔女の格好なのは約束事なのかねぇ。
「おぬし知っておるのか、この装束を!?これは西の文化における魔法を行使するものの正装らしくての。しかし、この装束を馬鹿にするものが多くての。おぬし、見た目に反して意外と博識じゃの」
「そ、そうなんですか。って、見た目に反してとはどういう意味よ!?」
「馬鹿にしておるのかと思っておったが、思いのほか話せるの。見た目はあれじゃが……」
「だから、どういう意味だってばよ!?」
更新遅れてごめんなさい!
コミケが楽しかったのじゃ!