7 周辺散策
いやいや、まだここが異世界と決まったわけではない。
まだ日本にだって『圏外』の場所だってあるよ。ここは林の中だし、人が住んでる気配はないし。
……電池がもったいないからスマホの電源を切る。
「とりま、ここが元の世界だった場合、電波の届く場所に出れれば安心。異世界だった場合……」
咲に読まされた小説では、異世界に来たら遭遇イベントが発生する、っていうのが多かったあとは歩いて行ける距離に町があって、門番に身分証の話を聞かされてギルドに向かって……
遭遇イベント……遭遇するのは魔物だったり、盗賊だったり、旅を共にする未来の仲間だったり。
魔物や盗賊は勘弁してほしい。私は身体能力は元の世界の平均以下。武器もないし、チート能力も授かってない。
……ナイフくらい装備しておくんだった。元の世界に戻れると思って、荷物は全部置いてきたから。
「どちらの世界にいるにしろ、移動してみないことには何も始まらないかぁ……ん?」
池の私がいる縁の反対側に棒状の物があるのが見える。
池をぐるりと周って近くに寄ると、それはピッケルだった。
「あれ?これは確か元の世界に置いてきたはず……ワンゲルの部室にあった古いピッケル……」
私は太陽と同じ方向に歩き出した。
目印にと、短くなったロープを二本の木を渡すように結び付け、フィンをロープに吊るした。見える限りどこまでも平坦な林だ。目印が無ければここに戻ってくるのは難しいだろう。
しばらく歩いていると、平坦だった地面が少しずつ下り坂になってきた。
フィンを外した足は何も履いていない。つまり裸足。落ち葉や枯れ枝で滑るし、転びやすいし、とにかく痛い。ピッケルを杖代わりにして歩く。
獣道があるかも、と周囲を見渡してみたが見つからなかった。それはそれで、危険生物の存在する可能性が低いということではあるのだが。
歩みが遅くなる。
体力も身体能力もない私にはまずい状況だ。
今は涼しいくらいの気温だから問題ないが、夜になったら流石に冷えるだろう。氷点下に達することも考えられる。そうなったら間違いなく凍死だ。
テントやシュラフ、マッチなんかは元の世界に置いてきてしまった。一晩、この場所で越すのは不可能だ。
いきなりピンチだ。ここが異世界だろうがなかろうが命の危機だ。
幸い、まだ日は昇っている。気温も上がっている。
日が沈む前に電波の届くところか、人の住む場所に辿り着かなければならない。
……背筋がすぅーっと冷える。
ずるっ
「うわっ!?」
ガザサササ
足を滑らして尻餅をついた。考え事をしていると周りが見えなくなるのは悪い癖だ。
普通のアスファルトの道でさえ躓いて転ぶのだ。足場の悪い下り坂で大丈夫なわけがない。
「いてて……」
ピッケルを支えにして立ち上がったときだった。
ドゴオオォォォンンン……
「っ!?何、今の音は!?」
爆発でも動物の鳴き声でもない。質量の大きな物体が硬いものに勢いよくぶつかる音。
まだ距離があるから確実とは言えないけど、音の方角はおそらく進行方向。
此方に来てから初めての大きなイベントだ!
やっと新キャラ登場だよ!
楽しみだねー!