6 異世界に来れ…た…のか?
そうして程なくして意識を失ったらしい私は、気づいたら林の中の小さな池の縁に倒れてたってわけ。
起き上がって周囲を見渡して、第一話に至るってわけ。
で、滑って倒れてふりかえって、ロープが切れてることに気づいてわけ。
……はぁ。
これは非常事態だ。
ロープがあるからこそ、安心して此方に来たのだ。ロープが切れたということは、簡単には元の世界に帰れない。
帰れないってことは、帰れないってことは……
サーッと血の気が引いて、頭が急激に冷える感覚を覚える。
色々嫌な予想が頭を駆け巡る。
この世界に意思疎通のできる生命体がいないかもしれない。危険な魔物で溢れた世界かもしれない。意思疎通できる生物がいても、私のことを敵として扱うかもしれない。最悪殺されるかも。一番嫌なのは奴隷とか……
頬に水滴が溜まっている。……マスクつけっぱなしだった。
レギュレーターはとっくに外れている。空気が無いのだったらすでに影響が出てるはずだから、空気はあるっぽい。マスクも外しても大丈夫だろう。
私はマスクを外し、もう一度辺りを見渡した。
「森……というよりはやっぱり林ね。日が地面まで差し込んでるし。この木はおそらく照葉樹に分類される種類。シイとかカシとか……予備校で覚えさせられたなぁ。語呂合わせがあったけど、なんだっけ?」
針葉樹林と照葉樹林と夏緑樹林の語呂合わせがあったはずだけど、全く思い出せない。
やっぱり予備校の知識なんて受験でしか役に……いや、今いちおう役に立ったか。
「土の色は、日本と大差ないわねぇ。……ってか、ここ、本当に異世界?気温も向こうと大差ないんだけど。その上、植生も同じ感じだし。ただ地底湖が近くの池と繋がっていただけってことは……」
……ありえる。ありエール。
けっこうそういう噂って多いよね。実はこの洞窟はどこどこの湖と繋がっているんです、みたいな。
元々、そんなに大きくない地底湖に、この小さな池だ。可能性はなくはない。
「いやでも、そしたら行方不明者が見つかってないとおかしいか?私が運良くここにたどり着けただけ?」
ふと自分の腕を見る。必要ないかなって思ったけど、買っておいたダイビングウォッチがある。デジタル表記で8:21と表示しているのが見える。
潜ってから4時間以上。タンクの空気がなくなる時間をとっくに過ぎている。
約3時間もここに倒れていたのか。危険生物がいればすでにあの世だった。
……実はここはあの世なのでは?
なんかそんな感じの怪談話、なかったっけ?
私、怖い話嫌いだからすぐ耳塞いじゃって、まともに聞いたことないんだよね。
テレビで咲が見てても、私は音が聞こえないところに逃げてた。
「……そうだ、咲!ロープが切れてたら流石に気づくはず。あの子は勘が鋭いから、危ないとわかってたら私の後を追うなんてことはしないはず。……いや、勘が鋭いからこっちに来れると感づいて追ってくるかも……」
どちらにせよ、私に異常事態が起きたことにはもう気づいているはず。気づいたところで、な気もするけど。
とりあえず私は、私の現状の把握を優先しなくては。
まずは持ち物。
今、身に着けているのはダイビングウォッチ、タンク、フィン。それと、タンクに括り付けておいた耐水ケースに入ったスマホ……スマホ!?
そうだった!スマホ持ってきたんだった!
異世界なら必要ないかなって思ったけど、何故か持ち込んだんだった!
スマホが手元にないと不安になるよね。……なるよね?
私は急いでタンクを下ろし、耐水ケースからスマホを取り出す。
電源は……ついた!
「た、助かったぁ。これで助けを呼べる……」
スマホに映る『圏外』の二文字…………
「本当に来れた、異世界……」
いや、何回言うねん!
前回の後書きの通りですよ!